スバルにはロッテとヴィータ。エリオにはフェイト、そしてティアナにはアリアが。午後の自主訓練の時間には、しばしばそんな
担当の割り振りが行われる。それぞれの特性に合った上官がつくことで、得意な分野に磨きをかけるのが主な狙いだ。キャロは
特攻する癖が少し落ち着いたため(治りきってはいない)ペアを組まなくなってきていたが、スバルと一緒にヴィータたちについて
もらっていることが多かった。時間が合ったときには転送魔法をシャマルから教わったりもしている。自主訓練なだけあって、
そのあたりは割とフレキシブルだ。もちろん指導を受けずに単独でメニューを組んで動いたり、体調によっては各自の判断で休みに
することもある。
その日の午後は、午前中になのはが担当したティアナだけが生きていて、ヴィータが受け持ったその他3人は死んでいた。
前日までにリインフォース戦で取ってきたデータから上達を判断したらしく、その日の教導は普段より激しかった。最初の方は
それでも順調にこなしていけるレベルだったのだが、リイン2号が訓練場にBGMを流しはじめてからだんだん何かがおかしくなって
いった。恋しくて切なくて心強い唄ともに、徐々に徐々に機動速度が上がっていったヴィータ。相手が退けば追い詰め、押されれば
退く無駄のない戦い方は、例の男が監修したシミュレーションで身につけたらしい。「待ちガイル式トレーニング」と呼ぶらしい
その方法も、いつか経験してみたいとティアナは思う。ヴィータによると、あまりお勧めできないという話だが。
「やっ、や、やっぱり困ります!」
「おお? そんなこと言って、最初やる気になってたのはどうしたんだよ。今になって緊張してきたのか」
「き、今日は顔面の調子が……!」
「顔面関係ねーから。ほら、射撃得意だろ。氷の矢をこう、弾幕みたいにさ。ガガガガッと」
「弾幕は作れません! リインはおてんばでもなければ、ましてや恋娘でもありませんから!」
「濃い☆娘がどーし……おいやめろ。あたしに漫才させるんじゃない」
午後訓練場で待っていたティアナの前に現れたのは、ヴィータよりもさらに小型なリインフォース2号であった。リーゼ姉妹と
フェイトがグレアムに呼ばれたとかでティアナの相手をしてやれなくなったため、急きょヴィータが代役を用意することになったのだ。
ちなみに当人はやるつもりがないらしい。同じ人間の相手ばかりだと、教わる側もよくないのだとか。
さて誰が出てくるのかと思っていたが、これはちょっと予想外だ。彼女自身が戦闘をこなしているところを、他の新人たち同様、
ティアナはまだ一度も見たことがなかった。以前から面識のあるキャロ以外はみな同じだ。
「漫才したいならあれだ、適任なのがそろそろ帰ってくるだろ」
「でもヴィータちゃんも、けーとさんとよく言葉のサイコクラッシャーしてるじゃないですか」
「どんな会話だよ」
「おもむろにソーラン節を歌いだすヴィータちゃんと、即座にノリノリで踊りだすけーとさんはなかなかの名コンビだと思いました!」
「あ、あれはアイツが素麺とソーランを聞き間違えたのが原因でだな……!」
休みの時間に一緒にいるところはあまり見かけないが、この二人の仲が良いのは一目で分かった。考えてみれば何年も生活を共にして
いるらしいし、当然と言えば当然か。
「も、もういいだろ。ティアナ、今からリインが氷の弾丸ばら撒くから迎撃練習な。やりたがってたろ」
「ああああ、そのっ……こ、困りました! 持病のひざがしらむずむず病のため、今のリインは土竜昇破拳を使わざるを得ない!」
「だそうですけど」
「大丈夫だ。その奥義不発だから」
BGMをかけて訓練をおかしな方向に持っていった本人だから、こうして手伝ってもらうことにしたのだとか。人にものを直接教えたり
組み手の相手をしたりするのなんて初めてだから、たぶん照れてるんだぜ。とヴィータは言う。
なるほど確かに見ていて微笑ましいくらいにわたわたと慌てているし、目がなんだかきょときょとしていて顔も赤い。
自主訓練前だというのに、思わず微笑ましい気持ちになってしまった。姉は割かし淡々としているのに対して、妹はいつも楽し
そうだし表情もくるくるとよく動く。自分にも妹がいたらこんな気持ちになるのかなと思った。兄のことをを思い出して、少しだけ
胸が痛んだけれど。
「あの……でも、本当に大丈夫ですか……?」
「戦闘レベルは折り紙つきだから安心しな。油断すると死ねるぜ」
「で、でもリインは緊張のあまり、今すぐ紙飛行機に乗って飛び去りたいです! 折り紙だけに!」
今度やってみようとヴィータは誓った。
ティアナも「あ、それやってみたい」と思ったけど秘密だ。
「ううう……わ、分かりました。リインも弾幕サイドのはしくれですからっ」
「目を覚ませ。ここはミッドチルダだ」
「間違えました! オリ主サイドです!」
「もっと根本的なところの間違いだって」
「しかし残念ながらけーとさんの場合、お説教するよりされるのが関の山……だがそれがいいです! だってけーとさんですから!」
「何かやらかしてクロノに怒られなかったのって、そういや結婚式のライスシャワーのときだけだったよな」
「金銀虹色のライスシャワー、もう一回見たいと密かに思ってます!」
けーとさんとやらはどうやらかなり残念な人のようだ、とティアナは思った。
捜索対象のオリーシュとかいう男も話によるとなかなかの奇人ぶりらしいが、こちらもこちらで大した変人であるらしい。
「そ、それはさておき。そ、その、で、ででで、では」
「大王」
「デデデ大王ではありません! ハンマー族は以後発言禁止です!」
ついでにこの人も大丈夫だろうか。とか考えながら身構えると、リイン妹は緊張した面持ちになる。
そのままきっ、とティアナを見据えて、高らかに告げた。
「では、い、行きます! アイスストーみゅっ!」
緊張のあまり噛んでしまったらしい。
さすがのティアナもこれは気まずい。ヴィータは後ろを向いてぷるぷる震えながら地面をバンバン叩くばかりだ。リイン妹は顔が赤を
通り越してとんでもない色になっており、目もぐるぐる渦を巻いている。
そしてやけくそ気味に叫んだ。
「ふ、ふぶきぃーっ!」
ティアナは こおりづけになった!
「す、すみませんでした! これがフレイザードさんなら、クロスミラージュが犠牲になっていました!」
「犠牲の犠牲にな……」
「ちがいます! 魔弾銃的な意味でですっ!」
「いえ、その……あの後ちゃんと訓練もできましたし、大丈夫です。こちらも、ちょっと油断してました」
3割程度の確率で状態異常をもたらす威力120のその技だが、どうやらこういう時に限って当たりを引いてしまうものらしい。
バリアとかシールドとかそういうものを張る暇もなく、あっという間に綺麗な氷のオブジェが出来上がった。ヴィータが削り出して
くれたからいいものの、もし近くにいなかったら、と考えると今さらだがティアナも怖くなってくる。そういう時のために来ていた
ようなので、その仮想自体が意味のないものなのかもしれないけれども。
「そ、それであの、お詫びなんですけど……な、夏場いっぱいの無料かき氷券を差し上げたい次第です! どうぞ!」
「え……お、お前、それ、めったに出さない……」
「ヴィータさん?」
「うあっ、なっ、なんでもねーよっ!」
フレイザードさんが誰かはともかく、自分も最初から油断がなかったとは言い切れないとティアナは思う。その点を詫びながら、
素直に券を受け取ることにした。かき氷とやらが何かはわからないが、きっといいものなのだろう。リインの隣でヴィータが殺して
でも奪い取りたそうな目をしていたから何となくわかる。
「き、興味ないね! ばーか!」
などと、本人は心にもなさそうなことをのたまっている。
「うう……これでは、けーとさんにも顔向けできません。ここはもう少しあちらに居ていただき、その間に自分を鍛え直すしか!」
「もう時間ないぞ。そろそろ戻ってくるみたいだしな」
「あの……すみません、先ほどから何度か聞いているんですけど、誰のことですか?」
けーとさん、けーとさんと何度か聞いた名前がまた出てきたのを、ティアナが気づいて横から尋ねる。
リインとヴィータは互いに顔を見合わせた。捜索対象として説明はしてあったが、そういえば本名はまだ言っていなかったっけ。
「言ってなかったか。あたしたちの捜索対象のことだ」
「あれ? ヴィータさん、でも名前、オリーシュって……」
「その方が通りがいいんだ。本当の名字は確か……」
「72通りもあるから、何て呼べばいいのでしょうか!」
「そのネタ好きだな。まぁいいや本名出てこないし」
一緒に暮らしていたのではなかったのか。
スルーとかニグレクトとかそんなチャチなものではない恐ろしい事実に、ティアナは思わず背筋に冷たいものを感じる。
「変なこと想像すんな。本人が何でもいいって言ってんだから」
「そうなんですか」
「そうなんだ。最近じゃ自分で自分の名字を思い出すのにも手間取る始末だしな。仕方のない奴だまったく」
しかしヴィータの様子を見ると、どうやらそうでもないらしい。口ではやれやれといった感じに言っているが、話す表情はどこか
笑みが混ざっていて楽しげだった。
「今ごろあたしが頼んだ、おみやげのサイコソーダとミックスオレを買い込みに行ってるかな……へへっ、どんな味か楽しみだぜ」
「けーとさんはレッドさんに連敗したせいで、今はたしか無一文ですよ?」
「許さない」
「ポケモンを探しに行ってムイチモンだなんて、さすがけーとさんのセンスだとリインは感心したものです!」
「絶対に許さない」
果てしなく残念な人のようだ。
遊び人ってレベルじゃねーぞ。
「リンカーコアとか全部ぶち抜いてから、あいつ本当にやりたい放題やってるよな……」
「しかし見方を変えると、世界最強のトレーナーまであと一歩です!」
「コアを……確かその人、魔法は使えないっていう……?」
「まぁそうなんだが。あいつ自分でそれを選んだから……ま、存在自体が魔法みたいなもんだし」
「けーとさんのコアの一部は、おねえちゃんと私に引き継がれているのです!」
しかしながら、どうやらただ者でもないらしい。コアを自分から吹っ飛ばしたとはどういうことか。
帰り道を並んで歩きながらひたすら首をひねり、当人への興味が増していくのを感じるティアナだった。
(続く)
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【Before】
「昼飯何がいい?」
「そーめん」
【After】
「ヤーレンwwwソーランwwww」
「ドッコイショーwww」
「ハイッwwwハイッwwwwww」