「うーん……シグナムさんは、スバルたちの参考にはならないと思う。部分的にだけど、無意識で戦ってるのに近いから」
「やっぱりそうですか……。皆で話し合って、同じ結論に至ったんです」
「もっと崩しに時間をかけていいんじゃないかな。あとから一気に畳み掛けるつもりで、4人全員で撹乱に回ってみたら?」
「あ……それもちょうど、話に出てきて……」
「新しい陣形とか、いろいろ考えてたんです。でもキャロが、妨害はちょっと苦手みたいで」
「それなら、召喚で代用してみるとか。鎖で巻いたりとかはリインさんに効かなさそうだけど、狭い場所ならなんとか」
「……猛毒のガスを召喚するのは、さすがの私も気が引けます」
「それ攻撃魔法だから」
「味方まで殺す気か」
訓練が始まってから、もうかなりの時間が流れている。その間新人の指導は主になのはが行っていたが、その内容は非常に新人た
ちの受けがよかった。
実力と知識に裏打ちされた講習と、莫大な戦闘経験を伺わせるアドバイスの的確さ。そして何より、仕事ができる。皺ひとつない
制服をぴっちりと着こみ、きびきびとノルマをこなしていく姿は、特にスバルにとって憧れる一面だ。
「リインさんには最近まで、いつもべこんぼこんにされて……あっ、その、負けるのに慣れろ、っていうんじゃないんだけどね?」
そう本人が語るように、現在の実力に至るまで多くの努力を重ねてきたというのが、ティアナが尊敬する点である。才能だけでは
越えられない壁というものがこの世にはあるのだ。なのはは十分それを理解した上で、新人たちに適切な努力をさせるよう努めた。
ティアナたちもそれを理解していた。
ティアナたちから向けられるそんな視線を、なのはも次第に気づき始めていた。掛け値なしに(少なくともなのははそう感じた)
向けられる敬意というのは、嬉しくもあり、何だか慣れないこそばゆさを感じさせられた。
休日、そんなことを話すなのはを見てはやてが一言。
「憧れの教官から、ただの玩具にランクダウンする日も近そうやけど。大丈夫なん?」
なのはは慌ててミッドへ飛んだ。
『また負けた。例によってリザードン様と一騎打ちにもつれたけど、ジゴスパークを体力ドット単位で耐えられるともうね』
「はぁ。そろそろ帰るんですか……あ。残念ですが、アトリエは私が占拠しましたよ。ふふふ、悔しいですか? 悔しいですか?」
『ああ、その件その件。今回のここが俺の最終目的地みたいなもんだし、アトリエは自由にしていいぞ。たまに遊びに行くけど』
「……歯ぎしりして悔しがるところを想像してたのに、期待を正面から裏切るなんてずるいですふぁっきん」
ミッドチルダに八神家が用意した詰め所。そこにはポケギアを片手に、淡々とした口調で通話相手を煽るキャロがいた。
近くにいたヴィータが言うには、グレアムから連絡用に預けられたらしい。厳重に保管しなくて大丈夫かなと思ったが、さすがに
通信機ひとつを奪いに来るほどガジェットも暇ではないかと思い直す。
『キャロは何か俺に恨みでもあるのですか?』
「恨みはありません。どんな死に方をするのかは興味はありますけど」
『キャロは何故俺を殺そうとするのですか?』
「なんですか人を殺人犯みたいに。やめてください傷つきます」
『キャロは何故常にアホ毛が一本立ったままなのですか?』
「……地毛です。ほっといてください」
『それ直すためにずっと帽子着けてるとはなかなか言い出せないよねぇ』
「死ねばいいのに。ああ、はやく死ねばいいのに」
死ねばいいのに死ねばいいのにと呪文のように連呼しているのを見ると、どうやら手痛い反撃に合っているらかった。フェイトに
保護されてから、だんだん特定人物への遠慮がなくなっていったように思う。キャロの顔がこういうとき口調に反して生き生きして
いるのは、キャロが持つ中でもトップクラスの謎のひとつだ。
「ワンチャンうまいこと完全犯罪の犠牲者になったりしません?」
『ノーチャンスだから。あと音がしたんだけど誰か来た? いえーいグリフィス見てるー? 俺ガッツ! 俺ガッツ!」
「映像なんてありませんよふぁっきん。入ってきたのはなのはさんです。何か用事がありそうですけど」
『なのはか。まぁ似たようなもんだ』
「元ネタ知らないんですけど」
『両者とも白っぽいし』
「話を聞いてください」
『キャロはシールケ役か。いや駄目だ、あの子アホ毛あったか覚えてねぇ』
今にも「バニシュ!デス!」と叫びそうな顔で、キャロはなのはにポケギアを引き渡した。そして何を思ったのか、くるりと踵を
返してヴィータとシャマルのいる方へずんずかと歩いて行った。
話を聞くと、ヴィータは嬉しそうな顔で、おもむろにハサミを取り出した。それを必死に引き止めるシャマル。ニヤニヤと見物を
決め込んだ猫姉妹。
斬髪式を依頼したらしい。
「あ、えっと……」
いつものことなのでそれはさておき、なのはは端末のスピーカに耳を当てた。そういえば声を聞くのは一ヶ月振りだ。
「替わったけど、」と言葉を続ける。すると懐かしいあの声が、「よう!」とスピーカーから響いた。
『なんでぇ黙って。いえーい寂しかったー?』
「ぜっ、ぜんっぜん! ……あの、けーとくん? 病気してない?」
『病気はしてない。ポケルスに感染したい』
いきなりいつも通りで安心する。
「また訳のわかんないことを……あ、ちょっと今いい?」
『どうしたキュアホワイト。キュアブラックと仲違いでもしたか?』
「プリキュアの話じゃなくて……あ、もしかして、ブラックってフェイトちゃんのこと!?」
『まあな。嬉しいだろ、プリティーでキュアキュア(笑)』
「私たちはおろか、全国の女子児童にも喧嘩を売ろうとしてる発言だよ……」
この先何かあったら守ってあげることにしているなのはだが、さすがに全国各地の苦情からは守りきる自信がなかった。
『大丈夫だ。大きなお友達たちにも売ってる』
そういう問題ではない。
「ちっ、ちがーう! また話があらぬ方向に脱線してる!」
『はぁ。何か話あった? ああ、ていうか悪いね。捜させちまって』
「あ、ううん。それはいいんだけど」
『お世話かけます』
「それほどでも。おかーさんとおとーさんも、心配してたよ?」
『翠屋のバイト予め中断しといてよかったわ。俺の枠まだ残ってる?』
「大丈夫だよ。待ってるって」
『ありがとウサギ』
「いえいえ」
『ありが冬虫夏草』
「人のトラウマ刺激しないでよ……」
話しているうち、なのはは昔を思い返す。こうやって馬鹿みたいな会話をするのも、考えてみたら身内だけのことだ。
きっとエリオやティアナたちの前では――慣れたらともかく、最初からは――フルスロットルでかっ飛ばすようなことにならない
のでは、となのははふと思った。
「けーとくん、ちょっと、あの……お話が」
『告発される』
「告白じゃなく!?」
『はやてから逃亡したカドとかで。あれ情状酌量して欲しいんだけど』
「いや、その、そうじゃなくて……エリオたちの前でいつもみたいに私を弄るの、やめてくれないかなーって」
『あいよ』
「え? ……い、いいの」
『いきなり見ず知らずの人間の前で弄ったりはなぁ。慣れたら頃合いを見計らうけど』
「さりげなく予告してるよこの人……!」
ちょっとだけ拍子の抜けたなのはだった。
本気で嫌なことはしないし、間違ったら間違ったで謝ってくる。結局のところ、彼はそういう人だったのだ。
「いいよっ。弄る間もないくらい完璧に立ち回ってるし」
『そうかえ。なら過去のビデオをヴィータが公開するのは』
「そ、それは勘弁……」
『まぁなのはは公私切り替え激しいからなぁ……原作どうだっけ?』
「知らないよ……」
『まーいい、誉めてやろうではないか。這いつくばって喜べ』
「暴君だ!」
『どうも、暴君です』
「ハバネロだ!」
『ハバネロではないです』
よくわからないノリも、何もかも懐かしいなのはだった。
『まぁいい、じゃあ先にフェイトに『ヌギッペシペシヌギッペシペシテンショーヒャクレツヌギッカクゴォ!』を仕込んで……おおっと』
なのはは驚きに目を剥いた。
「い、今なんて? なんて言ったの? すごく不吉な単語が聞こえた気がするんだけど!」
『*おおっと*』
「そこじゃない! そこじゃなくて!」
『ガッツとグリフィスでキュアブラックとキュアホワイトか……流行る!』
「戻りすぎな上に混ざってるよっ、ばか!」
『ばかって言うと、』
「え? ……ば、ばかって言う」
『こだまですか? …………けっこう!』
「児玉清になった!?」
結局いつも通りだようと嘆きながらも、ちょっと楽しいなのはだった。
(続く)