人を笑うのにも限度ってあるよね。

「あんな笑ってたのがもう大人しくなった。流石みさえパンチ、何と言う威力」
「……いたいやんかぁ」

 話を聞いて大爆笑していたはやてが、頭を両手で抱えて蚊の鳴くような声で言った。

「命の恩人に何するんよ……」
「餓死寸前を救ってくれたのと、この一件とは話が別です。おでこ赤くなってら。やーいやーい」
「……夕飯、小麦粉だけでええか?」

 食事が粉末になってしまうので、床に額をこれでもかと擦り付ける。

「ま、冗談巧いんはともかくやなぁ」

 冗談ではないのですが。
 と思ったが、言葉にするのはやめておいた。他人が聞いたらただのホラにしかならん。

「お腹空いてたんなら、少し早いけどご飯しよか」
「早くしないと、俺の主食がそこの段ボールになる」
「醤油とお砂糖で煮てみよか? とろとろに甘辛に」

 冗談にマジレスしないでください。



 とかなんとかやり取りをしている相手が、この町在住の八神はやてさん。足が不自由らしく、車
椅子の女の子。
 いきなり飛ばされたどことも知れない土地で、飯も金もなく途方に暮れていた俺。それが自宅の
近くの公園に倒れていたのを見つけてくれた子だ。しかも持ってたお菓子を分けてくれたし。
 挙句夕飯までくれるって言うし宿までどうかって。

「すげー……世界が違っても、日本人ってすげー」
「何言うとんの?」

 食後満腹になって、しみじみと感傷に浸りながら食器を洗っていると(さすがに買って出た)、
後ろではやてが小さく噴き出した。

「日本人すごいよね。こんな怪しい奴にご飯くれるわ泊めてくれるわで」
「や、そら、人が死にそうな顔しとったら……」
「でも明らかに不審じゃん。何も持ってないし倒れてるし」
「子供に不審も何もあらへんと思うけど」

 ちょっとヘコんだ。
 そう言えばそうだ。体が子供からやり直しになったんだ……何てこった。

「ど、どないしたん? 床に手ーついて」

 はやてが心配そうな顔をした。

「…………ごめん……今まで黙ってたけど俺、俺、実は…………雑巾マンだったんだ!」
「正義の味方ゾーキンマン。床を見れば雑巾掛けポーズに即変身。水を吸ってパワーアップ!」
「天敵ギュニューマンだ! 液が床に落ちるとき、雑巾マンは恐怖におののく。悪臭的な意味で」
「ゲスト出演や! ギニュー特戦――」
「漫画がちがいます」
「ですよね」

 あまりにも下らな過ぎたため、二人揃って反省する。

「……あー、でもなんやろ。この気持ち」

 はやてがしみじみと呟いた。
 この台詞は……恋愛フラグ?

「恋だっ! 困るぞ!? 出会ってまだ一日も経ってない! 何と言う高速超展開!」
「ちゃうわ! そーやない! そうやなくてな、その、人とこうやって話すのが……久しぶりで」
「俺も久しぶりだ。白いのや黒いのとなら話してたけど、あいつら人間じゃないし」
「……ふふっ」

 冗談と取ったのか、はやては面白そうな笑みをこぼした。信じてもらえないって遣瀬無いね。

「親御さんはどうしたん?」
「居たらあんなとこで行き倒れてませんが」
「……そっ……か。なら暫く、うちに……居ってええよ?」
「それは困る。子供に養われるなど」
「今頷かないと、もれなく夕飯が段ボールになる予感」
「お願いします」

 嬉しそうに頷くはやてだった。



 にしても、八神はやてって。
 何処かで聞いたことあるような。



(続く)


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