次々と降り注ぐ魔力の弾丸は、スネークとティアナから逃げ隠れの手段を奪っていった。
 廃墟を模した訓練スペースの一画は、すでに更地と言って差し支えないほどの荒れ果てた有り様
である。隠れられる場所など、もうそこには残っていなかった。「遮蔽物ごと」ぶっ飛ばす、と言
ったその言葉の通りだ。こんな時くらい有言不実行でいて欲しかったが、現実は甘くないらしい。
 容赦なく放たれる砲撃の数々は、彼らから確実に体力を削り取っていた。
 いくらバリアジャケットがあろうと、殺傷非殺傷も関係ない。いつ何時どのタイミングでも、砲
撃を一発喰らったらそこでお終いだ。シューターならまだ耐えることはできるが、ひとつ当たれば
続けて何十発も撃ちこんでくるのだからティアナにはどうしようもない。まして正規のジャケット
がないスネークは言うまでもない。
 つまり彼らの感想はこうだった。

「……勝てる気がしません」
『勝てる勝てる勝てるのっ! 諦めちゃだめなの! もっと熱くなるのぉっ!』
「シャーリー、うるさい」

 疲れていて、突っ込む余力もないスネーク。言葉遣いにまで表れている。

「よく頑張ったね、二人とも! でもそれもここまで! あなたたちはここで終わるのっ! 主に」
「主に砲撃的な意味で」
「……ひっ、人の台詞を取るのはどうかなと思うよ?」

 ぷっくり頬を膨らましたなのは(仮)、結構可愛いと思うティアナだった。
 しかしその割に攻撃力が高すぎて非常に困る。
 
 つまり、結論。

「撤退しましょう」
「同感だ。一旦体勢を立て直す」
「ふふっ、そうはいかないの!」

 折角引き下がろうとしたのに。やめてくれもう勘弁して頼む。そんな目で二人は天を見上げる。

「それにここから逃げたら、スバルが大変なコトになるのっ!」
「大変なこと?」
「そう! 日没までに全部のピポスバルを集めないと、スバルは――」

 眉を顰めて、ティアナは答えを待つ。
 しばしの間をおいて、なのは(仮)はこう宣告した。

「元に戻れなくなるの! 戻れたとしても、ピポスバルのあの姿のままなの!」

 聞いたスネークとティアナ、一瞬驚いた顔を見せる。
 そして、お互いに視線を交わした後――。

「……正直、もうそれでも良くないか?」
「はい。そもそも、ほとんど自業自得ですし」
「えええええええっ!?」

 予想だにせぬリアクションに、どういう訳か驚愕するなのはもどきだった。





 魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
 スバゲッチュ   第五話「ピポスバルの逆襲」 Bパート





「だっ、だだだだって、だってだって間に合わなくてスバスバスバルがあわわあわわわっ」

 ティアナとスネークの「もういいんじゃね?」的な反応を受け取ったなのはもどき。さすがに予
想外だったらしく、慌てふためくばかりである。
 しかし彼女たちの間には、もう既に濃厚な諦めムードが漂っていた。
 なにしろ、この偽なのはが出てきてからは反撃すらままならない状態だったのだ。
 当たり前だが捕獲数は58のままで止まっている。

「や、だって、頑張ったし。無理っぽいし、もうゴールしたいです」
「同感だ。このままだと犬死にもいいところだしな」
「あっ、あうう、あううあうあう……」

 宙を右往左往しつつあうあう言うばかりのなのはさんである。
 どうやら何か困っているらしいが、何の都合が悪いのだろう、と二人は首を傾げた。
 ピポスバル捕獲を止めるためにやってきたのではなかったのか? こちらから撤退すると言って
いるのに、何をそんなに慌てふためいているのだろう?
 二人は視線を合わせた。一瞬の交錯の間に、お互い全く同じ種の疑問を抱いていることを読む。
 そして言う。

「ということで、撤退します。シャーリーさん……シャーリーさん?」
『シャリオ君ならピポスバルへの対処に追われているぞ』

 通信で呼びかけたティアナに対し、代わりに答えたのはキャンベル大佐であった。
 それに続けて、別の音声が転送されてくる。ピポスバルどもの眠そうな声と、何かもう一杯一杯
っぽいシャリオの悲鳴が聞こえてきた。
 「かるぼなーら」だとか「なぽりたん」だとかいう単語が聞こえてくるあたり、空腹に我慢がで
きなくなってきたピポどもがいるのだろう。声から分かる眠気を鑑みるに、単に寝ぼけているだけ
かもしれないが。
 いずれにせよ、好都合だ。割と演技が上手い人ではない。

「キャンベル大佐、一度退却します。シャーリーさんには後で謝っときますから」
『いや、私は構わないが……いいのか? スバルが戻らなくなる、とか言っているが……』
「大佐」

 戸惑うような表情をウインドウ越しに見せるキャンベルに、スネークが声をかけ目配せをした。

『……よし、撤退だ。確かに、そもそもがスバルの自業自得だしな』
「決まりだな」
「じゃあ……偽なのはさん、そういうことですので。ここで失礼します」
「あ、え、え、えとえと、だ、ダメ! だめなのっ! 逃げちゃだめなの!」

 唯一撤退に対し躊躇したキャンベルまでもが逃げを選択し、なのはもどきはひどく慌てた様子で、
背中を向けたスネークとティアナの正面に躍り出る。
 その表情は戦士のそれとはほど遠く、先ほどまで苛烈な攻撃を加えていたのと同じだとは到底思
えないレベルだった。具体的に言えば半泣きといった感じだ。普段頻繁に見ているのが訓練や実戦
での顔であっただけに、ティアナにとっては新鮮な表情であった。

「そう言われても……偽なのはさん、どうして困ってるんですか?」
「ああ。そもそも、俺たちを追っ払うために来たように思うんだが」
「そっ、それは、そのぅ……」

 問われると、なのはもどきはしどろもどろになった。何やら言いにくいことがあるらしい。

「どうしてですか? 教えてほしいんですけど」
「それは……いっ、言えないの……」
「そうですか……とにかく、勝ち目のない勝負はしたくないですし。私、これでも凡人ですので」
「そそっ、そんな風に育てた覚えは無いの! もっとこう、絶対諦めない的なことを教導でっ!」
「俺は教導を受けていないぞ。魔法も使えないし、これ以上は勘弁願いたい」

 うっ、と言葉に詰まるなのはもどき。

「で、でもでも……そう、スバル! スバルが元に戻れなくなるの! それでもいいの!?」
「いいですもう。勝手にピポヘル被ったスバルが悪いんですし」
「そっ、そんなぁ……」

 なのはもどきがしょぼくれた。不撓不屈のあの高町なのはと同じ顔をしているだけあって、写真
でも撮っておけばプレミアつくかも、と馬鹿みたいなことを考えるティアナであった。
 そのティアナをちらと見て、スネークはこう切り出す。

「いや、しかし、残念だ。弱点か何かがあればよかったのだが」

 ティアナは目を向けた。視線の先の男は、心底悔しそうな表情をしてうつむいている。

「え? 弱点?」
「防御はジャケットで完璧、その上砲撃は一撃必殺だ。こちらとしてもどうしようもないからな」

 それを横に聞きつつ、ティアナも続く。ウインドウ越しにキャンベルも言葉を発した。

「ですね……はぁ、せめて一つくらい、弱点があればいいんですけれど」
『そうだな。手も足も出ない状況から、少しはマシになるのだがな』
「あ、あっ! あるの! 弱点、あったのっ!」

 かかった。

「でも、生半可な弱点じゃ無理ですし……それこそ、シューターが使えなくなるくらいの」
「ああ、少し装甲が脆くなる程度では無理だ。圧倒的に有利になるくらいのが欲しいものだ」
「ある! あるの! とっても有効な、有効間違いなしの弱点なの!」
『本当か?』
「本当なの!」
『そこを突けば、絶対に有利になるのか?』
「そうなの! もう大逆転、圧倒的になること間違いなしなの!」

 一気にまくし立てて、続ける。

「フィールドの南東の隅に、魔力発生装置があるの! それを壊せば、バリアが解けるの!」
「なるほど……いや、待てよ。装甲が落ちても、攻撃力が落ちねば厳しい」
「それは大丈夫なの! バリアと同時に魔力も落ちるから、攻撃も弱くなるの!」
「そうなんですか?」
「そうなの! だから戦うの! ティアナには、ここで戦ってもらわないと困るの!」

 そこまで聞いたところで、ティアナはクロスミラージュを天に向けた。銃口に魔力が集中し、球
状の弾丸が形成される。

「? ティアナ、何してるの?」
「いえ。折角タネが分かったので、とりあえず壊しておこうかと」
「そうなの……ん? あれ?」

 ようやくはっと気がついたなのはもどきだが、もう遅い。
 銃口から弾丸が放たれ、風を切り空を裂いて飛んでいく。なのはもどきがアクションを起こす時
間も無く、南東の遠方から爆発音が響いた。
 と同時に、なのはもどきの身体が強烈な光に飲み込まれる。

「ティ、ティアナぁ――っ! だましたのねっ!」
「だまされる方が悪いんです。つまり、アホなのが悪いんです」
「どう見てもアホだな」
『ああ。アホとしか表現できん』
「ううううぅぅううっ!」

 腕をぶんぶん振って抗議するなのはもどきだったが、どこ吹く風といった感じのティアナたちだ
った。



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