次々と降りかかる弾丸の雨を自分のそれで打ち払いながら、ティアナは確かな勝機を感じていた。
 真っ向勝負を挑めば圧殺せしめられていたであろう、重さと迅さを兼ね備えた弾幕。まだ多くの
威力を残しているものの、その重圧は大部分がそがれていた。これならば隠れる必要もなく、正面
から対峙することができる。全身をさらけ出しつつなお凌いでいる、ティアナ自身がその生ける証
人だ。今まででずいぶん体力を削られはしたものの、それでもなんとかやり過ごせてはいた。

「ティアナのばかばかばか! あんなのずるい、ずる過ぎだよっ!」

 大幅なパワーダウンを喫した当の本人はそのように言っているが、今のティアナには右から左。
自分で自分の弱点をバラすなど、どう考えても自業自得でしかなかった。やられた方がアホなのだ。

「そっ……そうやって、私に話しかけてる暇があるんですかっ?」
「え……きゃぁあっ!!」

 残された力を振り絞るティアナが、不敵な笑みを浮かべて問うのと時を同じくして、もう一人の
戦士が「敵」の側方に勇躍する。
 虚を突いた見事な一撃であった。しかしそれでも勘か偶然か、間一髪で回避されてしまう。
 しかしその結果、弾幕のプレッシャーがわずかに緩められた。
 この機を逃さんとばかりに、ティアナは横殴りの弾丸の中を走りはじめる。なのはもどきの至近
距離に身体をさらしたスネークに援護射撃をくれてやりながら、膨大な数の光の中を、まっすぐに
駆け抜けていく。

「貸し一つ、ですねっ」
「馬鹿を言え。こちらの貸しだ」

 お互いがお互いの体力の消耗を感じつつも、気がつけば自然と軽口を出しあっていた。気遣いの
言葉をかけずとも、目を見れば相手の意志が理解できた。

「……そうやって、二人で話してる暇があるのっ!?」
「あっ、いえ、その、私たちはそちらの様に油断したりはしませんので」
「同感だな。一緒にしてもらっては困るぞ」

 先ほどのティアナの真似をするのだが、二人ともから切って捨てられ、ほっぺた膨らませて目に
見えて憤慨した様子のなのはもどき。外見年齢十九くらい。

「あのほっぺた、つついたら面白そうですね」
「リスみたいだな。中に何か入っているのか」
『もろもろと大量にヒマワリの種が出てきたら、わたしは絶対笑う自信があるぞ』
「もっ、もう、もうっ! かっ、かんっぜんに怒ったのっ!」

 通信ウインドウ越しにキャンベルまで混ざった結果、なのはもどきの怒りをさらに買ってしまっ
たらしい。一回り大きな弾丸が、吹雪のように横殴りに押し寄せてくる。
 だがティアナには、もはや思考に焦りはなかった。遮蔽物を頼りに接近を試みるスネークも、き
っと心は同じだろうという確信があった。
 威力を減じたとはいえ、猛攻にさらされていることに変わりはない。にもかかわらず、ティアナ
はこの追い込まれた状況で、自分の心が徐々に高揚していくのを感じていた。
 これ以上弱点をさらけ出す愚は、さしものなのはもどきであっても、もう犯しはしないだろう。
とりあえずの挑発くらいは(つい先ほどを鑑みるに)できるようだが、もはやそれが戦局に大きな
利をもたらすことはないだろう。
 自分にできることは、ただひとつだ。前を向いて、突き進むことだけだ。
 選択肢の少なさをそう単純に受け止めて、迷いをふっ切り、ティアナは光の中を駆けはじめた。
 前へ!





 魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
 スバゲッチュ   第五話「ピポスバルの逆襲」 Cパート





「どっこいそうはいかんざき!」
「どっこい正一いかんざき!」
「……うるさいのが来たみたいです」
「たしかにこんな予感はしていたが」

 誰がどっこい正一だ、と思わず心の中で突っ込んでから、ティアナはうんざりしたようにつぶや
いた。スネークが聞き取り、同じくふぅとため息を吐く。

『……君たち、あちらがターゲットなのを忘れていやしないか?』

 そういえばそうだった。
 と思いながら、ちょうど弾幕も収まったこともあって声のした方を振り向く。そこにはやっぱり、
おびただしい数のピポスバルどもの姿が!

「『もう二度とシャーリーさんを信用したりしないよ』」
『わっ、わたしじゃないのっ! 全員ここで、ちゃんと監視してるなのっ!』
「シャーリーさん耳元でうるさいです」
『うぅぅ……ティアナぁ、ひどいの……』

 ついつい口から出てしまったティアナの本音を聞きつけて、いつの間にかピポスバル地獄から復
活したシャリオがすっごいしょげていた。この際ちょうどいいのでそのまま反省していてください、
と、割と心の底からティアナは思う。

「なら脱走ではなく、残りの42匹の方か?」

 なのはもどきへの警戒を維持したまま、スネークがティアナに問いかけた。

「おそらく。でも、数は20くらいですね。重なってて、正確には見えませんけど」
「ほう。一見しただけで数えられるのか」
「目はいいんですよ。撃ち落とす弾丸の数くらいは視認できないと」
「なるほどな。俺も敵兵の数となると分かるが、こうも背が低いと見づらくて仕方がない」
「人口密度高そうですよね、あれ」
「どうしてああも密着するのだろうな。てんとう虫でもあるまいに」
『君たち、くれぐれも油断は……ああ、していないなら結構だが』

 そうこうしているうちに先走って飛びかかってきた一匹を手際よく取り押さえ、とりあえず手持
ちの縄(スネーク所持)でふんじばって芋虫みたいにしておいてから、そこらへんに転がしておく
ティアナたち。散々相手をさせられ続けただけあって、もうこのやかましいのの扱いは心得たもの
である。

「たっ、たいちょー!」
「し、しっかりっ! まけないで!」

 とたんにピポどもがやかましくなり、耳をふさぎたい衝動に駆られるティアナたちである。

「うぅぅ……よっ、よくもたいちょーをっ……!」
「はいはい、こうなりたくなかったら即刻お縄に……ん?」

 何やら背後から声が聞こえるも、思わずスルーしてしまいそうになるティアナ。
 しかし違和感をぬぐえずに振り返ると、そこには「しまった」という顔をして口を押さえている、
声の主であるなのはもどきの姿が。

「あっ、あわわわっ! ちっ、違うのっ、これはそのっ」

 ティアナの視線を真正面に受けると、わたわたわたと慌てふためきはじめ、何やらごまかそうと
するなのはもどき。

「いや、その……慌てているようだが、別にピポスバルの変装だったとしても驚かないぞ」
「そうよ。まぁ……ピポスバルが複数集合して、魔法で変装と強化をしてるとしても驚かないわよ」
「ぜっ、ぜんぶバレてるのっ!?」
「てっ、天才だよこのひとたち!!」
「あ、あいきゅー200くらいあるよ、ぜったい!」

 今まで以上にうろたえるなのはもどきと、にわかにざわめき立つピポスバルたち。もともとざわ
めき立っているという指摘はしない方針で。

『や、やったのティアナ! 天才の称号、もらっちゃったの!』
「シャーリーさんそろそろ黙って」

 そしてティアナのシャリオへの態度が、本格的にヤバくなりはじめてきた。

「いっ、いまだっ! こうなったら……みんな、私に元気を分けてなの!」

 そしてそうこうしているうちに、なのはもどきが何やら不穏な空気を醸し出しはじめた。

「はぁ? また一体なにを……」
「さーたーん!」
「さーたーん!」
『たっ、たいへんなのティアナ! ピポスバルたちが、ピポスバルたちが!』
「なっ……何だ、これは……!」

 あんまりにも慌てた様子でシャリオとスネークが言うので、いったい何がと振り返る。
 そうして目に飛び込んできたのは、なのはもどきに向かっていく、無数の光のかけらだった。
 なんと出所はピポスバルだ。さすがのティアナもこれには驚いた。
 まさかなのはもどきの呼び掛けに応じて、ピポスバルどもが魔力を分け与えているというのか?
 そしてこの魔力の授与は、どこまで行くのか。充実していく力の波動に、対抗する術はあるのか?

『サタンと白い魔王がかかってる……深いの!』
「黙れ」

 とうとうティアナがぶっ壊れた。

「ティアナ、受けてみるのっ! これが私の、全力全開っ!」

 とそうこうしているうちに、何やらヤバめな雰囲気がなのはもどきから。
 溜めを終えた、特大の弾丸。高く掲げたそれは、この場のピポたちの魔力を自分にプラスして作
られた、奇跡の球体。

「……マズいですね」
「ああ、マズいな。押し勝てるか?」
「厳しいです。魔力はともかく、質量は見掛け倒しみたいですけど」

 後ろのピポスバルは今の魔力授受で疲弊しているようだが、とりあえず「逃がさない」的な気配
をこれでもかと振りまいているので逃げは打てない。
 そして自分の弾丸で押し返そうにも、限界まで撃ち続けて五分五分といったところか。

「……あの、お願いが……あるんですけど」
「なんだ?」
「撃てるだけ撃ってみます。ですが、ちょっと反動がキツいと思うので……」
「支えが要るな」
「そういうことです」
『二人とも、無謀だ逃げろ! 正面から戦うつもりか!?』

 キャンベルが諌めるも、二人とも足を止めようとはしなかった。
 スネークがティアナの背後にまわり、背中に対して背中を合わせる。
 背後のピポどもを警戒しつつ、ティアナからの要求をも満たす、それが唯一の解答だった。
 疑念も不安もなく、ただ己の任を全うしようとする誠実な気配が、ティアナの戦意をさらに高め
ていった。

「ティアナ、無茶はいただけないよっ。たった二人で、何ができるの!」
「……スバルに言われるとは心外ね」

 心の中がかつてないほどに充実していくティアナの眼前に、巨大な塊が放たれる。

「忘れたの? 私とアンタも、たったの二人だったでしょうが!」

 ティアナは燃え上がるような気迫と共に、両の指で引き金を引いた。
 光の中に霞むなのはもどきの口元に、小さな笑みが浮かんでいるのを、ティアナは気づいていな
かった。



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