信じられない程に身体が軽い。
 手の中の双銃がまるで羽毛のようだ。
 動いていて疲れるどころか、闘いの熱がこんこんとわき出して滾っていくのがわかる。
 どうかしてしまったのかと、弾丸を放ちつつ思ってしまったくらいだ。自分の体はもしかして、
異常な何かに見舞われていたりはしないか?

(……いや)

 己の中で発せられた問いに否の返答を叩きつけながら、振り向きざまに右手のトリガーを引いた。
輝く弾丸が下に弧を描いてカーブし、飛びかかってきたピポスバルの腹部に直撃、昏倒させる。
 そのまま左手のゲットアミを一閃させる。またひとり、捕獲が成功した。
 スネークの捕獲数はもう既に20を超えているだろうが、後衛を務めることになったティアナで
さえ、「ゲッチュ!」数はもう2ケタに達していた。恐るべきペースだというのは肌身にしみて分
かる。
 疲れを感じにくくなっている。
 そんな自覚が、ティアナにはあった。機動六課にスカウトされる以前なら、これほどの運動量、
いつへばってもおかしくないレベルであった。飛躍的な体力の上昇を実感する。感覚が肉体に追い
付いていないという奇妙な状況になって初めて、ティアナは己の成長を噛み締めるに至っていた。

「こちらスネーク。敵の勢いが衰えてきた……シャーリー、残り何人だ?」
『サーチできるのは5人だけなの! 他なきっともう脱出して、別の区域に移動したの!』
「……スネーク、陣形変更! ツートップで一気に殲滅します!」
「……了解だ。無茶はするなよ!」
「お互い様ですっ」

 息ひとつ切らしていないティアナの快調ぶりを読み取ったのだろうか。逃げ惑うピポスバルたち
をゲットアミ片手に追い掛けながら言ったスネークの、言葉の調子もどこか軽快なところがある。
不敵に笑んで軽口を返し、ティアナは駆け出した。スネークの背後にまわろうとしていた一匹に、
走りながら弾丸を撃って牽制した。走る脚力もまだまだ万全、と感じとる。
 基礎体力強化、「絶対に生きて還る」ための訓練。
 今ここには居ない高町なのは教導官の、日々の教練の成果だと確信する。
 そのなのはの思いを身に感じた気がして少し胸が熱くなった。
 今更になって何を、と直後に自分を責め立てた。
 戦いにおいて己の持つ技を出し切り、思考を巡らせ知の限りを尽くし、そして最後に物を言うの
はタフさや体力といった肉体的な能力だ。最終的に生死の境を決定するのはその、己の身体の限界
値だ。
 我らがスターズ分隊長はその点で、誰よりも自分の身を心配してくれていた。こうして動き続け
て成果が見えて、それで実感するのは情けない話だがそう思う。亡き実兄ティーダの辿った道と、
同じ結末を見るのではないか――そんな懸念が恐らくは在ったのだろう。

(強くなりたい……か)

 兄が死んでからずっとそう思って生きてきたし、今だってその思いは変わらない。
 亡き兄の夢を叶え、無念を晴らしたいと心から願っている。そのために必要な知と力を身に付け
ることは、今もなおティアナの目標であり続けている。
 それには厳しい訓練が必要だし、時には己の肉体の限界に挑戦状を叩きつけることだって必要だ。
 激しい特訓そのものの意義は、なのはでさえ完全に否定するようなことはしなかった。あの時彼
女が怒ったのは、単にその理由だけではないのだろう。
 あの時のなのはの気持ちが、今なら良く分かる。
 スバルはいつだってそばにいてくれた。
 付き合った時間の短いエリオもキャロも、自分を信頼してくれた。
 ヴァイス陸曹もアドバイスしてくれたし、ヴィータ副隊長も気にかけてくれていた。シャリオだ
って今でこそトホホな感じだけど、デバイス調整の折りにはきっと、自分の安全を第一に考えてい
てくれたにちがいない。
 自分はそういう人たちの気持ちを、蔑ろにしてはいなかったか。
 人と人とを繋ぐ「情」といったものを、必要ないと切り捨ててはいなかったか。自分ひとりが夢
を追いかけ、その果てにどんな悲惨な末路を辿ろうと、構わないとは思っていなかったか。
 人が死ぬ、その時の悲しみを――誰よりも深く知っていた筈なのに。

「…………」

 何故だか酷く胸が苦しくなったティアナは、下の唇を裂けんばかりに噛みしめて駆け出した。
 走りながら撃ったクロスミラージュの弾丸は、前に立つ者――スネークの体を、今度は掠めもし
なかった。
 その後ろ姿に、ホテルアグスタでのスバルの背中が重なったような気がして、ティアナは真直ぐ
に見ることができなかった。





 魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
 スバゲッチュ   第四話「ティアナの本気、スバルの本気」 Cパート





「こっ、こんなのっ、きいてな……ひゃんっ!」

 「ゲッチュ!」され尽くされて、この場に残った最後のピポスバル。その後頭部にティアナ特製
の魔弾が叩き込まれ、間髪を容れずにスネークのゲットアミが一閃した。次の瞬間にはもう、その
小さなシルエットは何処にも無い。
 ピポスバルたちの作った戦場にはもはや、ティアナとスネーク以外の人影は無かった。廃墟を模
したその場所の音といえば、クロスミラージュの発砲が谺するのが耳に残っているだけである。

『す……すごいの、二人ともっ! たったの二人で、あの大群を追っ払っちゃったのっ!』

 戦いの余韻を引くその沈黙は、興奮しきったなのなのシャリオの通信によって中断された。頭が
戦闘から醒めきらなかった二人も、それでやっと現実へ回帰する。
 見回せばもう、その廃墟の一画にピポスバルはおろか生物の気配は無かった。あのチビどもは随
分と数があったはずだが、いつの間にか捕獲しきってしまっていたらしい。
 当然脱出した者も居ようが、捕まえた数はかなりのものになっているはずだ。
 そう思ってティアナが口を開き、スネークが声を出そうとするが、その役はキャンベルが買って
出た。

『随分捕まえたな。シャリオ君、いったい今ので何匹くらい『ゲッチュ!』したんだ?』
『カウントは57……ううん、今ので58になってるの! 凄いペースなのっ!』
『それほどか! 成る程、急造のコンビネーションの割には悪くなかったということか』
「スタイルに共通する部分が多かったからな。銃も使うし、隠密は得意だとも聞いている」

 本当は俺は隠れるのが嫌いなんだがな、とスネークは付け加えて、手の中のゲットアミを背中に
差した。背にはシャリオから手渡されたホルダーが備わっていて、がちゃりという音と同時に固定
され動かなくなる。
 移動の邪魔にならないようにと渡されたアイテムであったが、きっちり機能しているようだ。こ
れで妙なモノさえ作らなければというところだが口にはしない。もう既に自業自得な目に合ってい
るからだ。
 もちろんなのなの的な意味で。

「ティアナ、怪我は?」
「……他人の心配より、自分の心配をしてください。それ、正規のジャケットじゃないんですから」

 シャリオから渡されたスネークの防護服を指差して、答えたティアナの態度は何故だかつっけん
どんなものであった。
 何か気を悪くすることでも言ったかとスネークは思ったが、そのようなティアナの内心の機微な
ど解るはずがない。なのはとの模擬戦での一件はつい先日のことであるが、その委細までを彼が知
る術はないのだから。
 しかし、その様子を見たシャリオだけはピンと来た。
 ミニチュア化してこんな状態になってしまう以前に、スバルから聞いたことがある。恥ずかしか
ったり照れたりする時に、ティアナはそういう、素っ気ない態度をするのだとか。きっとそれだ。
シャリオは確信した。そういえばスバルの積極的な友愛表現にも、同じように反応していたっけと
思い返した。
 果たしてそれは正しかった。
 改めて見回してみるとティアナの身を心配する人はこんなにも多い。出会ってまだ一時間と経っ
ていない、スネークですらそうなのだ。
 そしてその思いが、実際に言葉にされているのを聞くと、筆舌に尽くしがたい面映ゆさにティア
ナは襲われた。正面から受け止めるにはこそばゆすぎる事実であった。

「……何か気になることを言ったか?」
「あ……い、いえ、そんな。そういうことじゃ……気にしないで下さい。すみません」

 しかし、目の前のこの男は一時的なパートナーとはいえ、先程出会ったばかりである。それにし
ては先の態度は、己の私情を顕にし過ぎた。その点を素直に謝って、ティアナは脇道に逸れた思考
を呼び戻す。

「体調は?」
「問題ない。そっちこそ大丈夫か。このまま行くのだろう?」
「御生憎様。半端な鍛え方はしてませんからっ」

 なのはへの感謝だとか何だとかは、今するべきことでは無い。
 今はただ、進むのみ。敵を討ち果たすのみ。

「それはいい。この流れに乗って、一気に片をつけようじゃないか」

 魔導の銃を握りしめ、見つめる先には廃墟の出口がある。入り口とはちょうど逆の方向で、しか
もそこいらの壁にはいつの間にか、順路を示していると思しき矢印マークなどが書いてあるから分
かりやすい。

『ふっ、ふ、ふーん、す、すこしはやるみたいだなっ!』
『でもここまでだよっ! こんどというこんどは、この『ひみつへーき』がこてんぱんに!』

 勝手に入ってきた通信はぷっつりと切れた。言わずもがな、ティアナの回線切断である。

「……早く黙らせに行きましょっか」
『ひっ、ひどいよティアっ! わたしにももっとしゃべらせ』

 また切られた。懲りないピポスバルだった。

「アホはほっといて……ところで、シャーリーさん? 動機の推測、終わりました?」

 ピポスバルからの通信を着信拒否状態に設定し、ティアナが言う。シャリオは聞くと、通信機の
モニター越しにしぶそうな顔をした。
 ティアナが言う動機とは、スネークが合流した直後にピポスバルがうっかり漏らした「計画」の
単語の関係である。

『それなんだけど……まだ分からない、なの。色々考えてはいるんだけど、どれも理に適わないの』
『いずれにせよ、この後何かあるかもしれん。気を付けろスネーク、ティアナ』
「……大佐。楽しんでる間があったら、少しは考えてくれ」
「何を言う。こうしてお前たちの活躍を見ながら、思案に暮れているじゃないか」

 とは言うものの、どう見ても楽しんでいるのはモニターの向こうのキャンベル大佐であった。

「さ。では、今は先に進みましょう。その『計画』とやらごと潰せばいいだけの話です」
「それもそうだな。とっとと終わらせよう」

 実際、彼らは今回の圧勝でかなり勢いに乗っている。
 この破竹のごとき流れを維持していけば、きっとすぐにこの「ゲッチュ!」劇も終了するはずだ。
 誰しもがそう思った。

「気になったんだが……『秘密兵器』とか言っていなかったか?」
「どーせ下らないハッタリでしょう」
「だといいが」

 しかし人生、そこまで甘くはないものである。この時言ったスネークの、その懸念は的中した。
 廃墟を駆け抜け、開けた土地に出たティアナ達は、バーチャル映像でつくられた空に、ひとつの
シルエットが浮いているのを見る。
 それが落とす陰に気づき、目を上げた彼女たちを待ち受けていた人物とは――。







「ティアナっ! ここまでなのっ! 全力全開、私の魔法であなたを止めてみせるのっ!」







「あれは? 白いジャケットを着ているが……機動六課の腕章? ティアナ、同僚か?」
「…………」
「? どうした?」







「\(^o^)/」
「ティアナ?」



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