今度こそ誰にも見つからないようにオフィス内を移動し、シャリオはやっとのことで自分のデス
クがある、デバイス開発室――今回の騒動の発端となったピポヘルが置いてあった部屋に戻った。
 警戒していた甲斐があったのか、今回は見とがめたり、話かけてくる職員は居なかった。シャリ
オはほっと胸を撫で下ろす思いで足を止めた。目の前には部屋の自動ドアがある。
 ゲットアミによる転送の設定は、標的がここに定められている。つまりゲットアミにより正しく
移送が行われていれば、ピポスバルたちはこの部屋の中に拘束されることになっていた。事実最初
にオフィス内から行われた転送は成功していた。追加で送られてきたものを合わせると現在、十五
ほどのピポスバルがこの部屋の中にいるという計算になる。
 いや。それももしかしたら、もっと増えているかもしれない。
 誰かに見られたり聞かれたり、万が一盗聴などがあったら流石にマズいということで、オフィス
の中を移動している間、シャリオは通信を切っていた。スバル城の内部の様子は分からない。知っ
ているのはスネークが前衛、ティアナが後衛で、即席のフォーメーションを組んだというところま
でだ。戦闘はもう始まっているに違いないだろう。そうすれば恐らく、先ほどより「ゲッチュ!」
の効率は飛躍的に上昇しているはずだ。
 戦闘においては、1足す1は2の式が確実に成立するとは限らない。
 互いに足を引っ張り合って1や0になることもあれば、欠点同士を補ったり長所を高め合ったり
して3や4になることだってあるのだ。強力な連携を持つティアナとスバルの例は後者にあたる。
ティアナがスネークと組んだ場合どうなるかはそう簡単に予想できないところもあるが、少なくと
も両者の表情を見る限り、二人とも第一印象は悪くない様子だった。銃を使うところや隠密能力、
知力をフルに駆使して戦う点など似通っている点も多い。前衛後衛で役割を分けてしまったことが
プラスかマイナスかは少し判断しづらいところもあるけれど、お互いに足を引っ張ることはきっと
ないだろうとシャリオは思っていた。
 そうなると部屋の中には今、さらに捕縛されたピポスバルがいるかも知れないと思われた。あれ
から今まで、一体どれくらいのピポスバルを「ゲッチュ!」しただろうか。
 控え目、3匹だろうか。
 でももうちょっと捕まえて、5匹かも。
 いやいやもしかしたら、もしかしたらひょっとして、10匹くらい捕まえちゃってたりとか!
 などと期待しながら、シャリオは一歩足を踏み出した。しゃっとドアがひとりでに開く。
 その向こうには、シャリオの想像を超えた光景が広がっていた――!

「ほどいて、ほどいてよーっ!」
「にゃぁぁーっ!!」
「い……たぁぃ…………」
「きゅぅぅ…………」

 シャリオは目が点になった。
 いったいこれはどうしたというのか。
 先ほどまで捕獲が完了していたピポスバルは、総計十五。それ以上でも以下でもなかった。
 そして通信を切ってから今まで、それほど時間は経っていない。だいたい三分、長めに見積もって
もせいぜい5分がいいところだ。
 だというのにこれは何だ。
 何だこの大量のピポスバルは。

「さ……三十以上は居るの……!」

 シャリオのデスクの上、本棚の前、イスの下機械の横印刷機の後ろデバイスケースの上。
 ゲットアミの追加機能、強力なバインドによって拘束されたおびただしい数のピポスバルが室内
に居た。シャリオの言葉の通り、その数は明らかに、先ほどまで捕獲していた数の倍以上である。

「こんなにカンタンに……つかまっちゃうなんてぇ……」
「くやしいっ!」
「でもびくんびくん! …………じゃなくてなのっ!」

 思わずノってしまうあたりどうしようもないが、それでも責務を思い出すのは流石というか何と
いうべきか。自分のデスクまで一直線に駆け寄って、そのまま何やらパネル上のキーボードを操作
しはじめた。通信を再開するために。
 この捕獲スピードは明らかに異常だ。
 何か妙な事態が起こっているのかも知れない。悪くない状況ではあるのだが、何が起こっている
かわからない。例の模擬戦での一件の後だから大丈夫だとは思うが、ひょっとしたらもしかすると
ティアナがまた、己の限界を無視して過剰に魔力を消耗している可能性かもしれなかった。スネー
クが傍にいるから大丈夫とは思っていたが、自分と同じスタイルの熟練の兵士を前にして、冷静さ
を保つことができなかった――という可能性だってゼロではない。
 もしかしたら。もしかしたら。嫌な予感だった。ティアナの身に何かが。それともスネークの魔
法銃が暴走したのかも。焦りに焦ってウインドウを開く。もし何かあったら、わたしは――!
 しかしそれは杞憂に終わったと、シャリオはすぐに知った。



 魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
 スバゲッチュ   第四話「ティアナの本気、スバルの本気」 Bパート



「『ゲッチュ』ぅぅぅッ!!」

 通信パネルを開いたシャリオがまず聞いたのは、スネークの大爆音の勝利の雄叫びだった。
 耳が痛い。比喩ではなく物理的に。

「おっ……音量っ……音量、下げっ……!」

 準備の無かった鼓膜をやられて、身悶えしながら装置のツマミを回す。映像を映し出すパネルに
「volume」のウインドウとメーターが現れ、ぷるぷる震える指でボタンを押すとメーターの位置が
真中から下方へと落ちて行った。それと同時にやっと音量が下がる。
 キンキンと悲鳴を上げる耳を押さえながら見ると、パネルには両手にゲットアミを持ったスネー
クが映し出されていた。
 二本のアミをヌンチャクのように自在に振り回し、先ほどまでティアナを追い詰めていたピポス
バルを逆に追いかけまわして捕まえようとしている。逃げるピポスバルもそれはそれは必死らしく、
かなり切羽詰まった表情で逃げ惑っていた。

「こっ、こんなのっ、きいてな……ふにゃっ!」
「アパム! へんじをしろアパム! アパー――――…………きゃっ!」

 暴れまわるそのスネークの、追いかけるその右から左から、橙色の魔道弾がふたつ高速で走る。
 背を向け逃げる二匹のピポスバルの後頭部に、一発ずつ精確に着弾。こぶし大の石をぶつけられ
たような衝撃を頭に受けて転倒し、ぐるぐると目を回してしまった。

「ティアナ! 上だ!」

 振り向いたスネークが叫ぶより早く、そのはるか後方に立つティアナは、たん、と足音を残して
跳び上がる。
 その銃口の向かう先には、奇襲をかけようと天井から飛び降りたところのピポスバルが三人目を
剥いていた。横に避けるならまだしも自分から突っ込んでくるとは思ってもおらず、ピポスバルた
ちは一瞬の逡巡を見せる。
 その瞬き程の時間が全てであった。空中で仰向けになったティアナの視線は弾丸の軌道に乗り、
標的を既に射抜いていた。
 両手の指がトリガーを引く。引く。引く。ダダダン、ダダダン、と小気味の良いリズムで音が鳴
り、クロスミラージュの口が続けざまに火花を噴いた。光り輝く弾丸は定められたかのように的に
叩き込まれ、顎を狙った射撃が反撃の間さえ許さず敵を昏倒させる。
 そしてそのまま体を捻り首を曲げ、先ほどまで自分がいた地面に目を向ける。視認するより早く
背を反らして腕を回した。
 銃口が地面を向き、向いた先にはもう一匹がいた。

「ど、どうして――!?」
「不意討ちは文字通り、不意を突いてこそ。残念だったわね」

 不意を叩こうとした不届き者に、二発の弾丸が吸い込まれた。
 倒れこむと同時に三つのピポスバルが地に落ちる。
 ティアナはすらりとした足で虚空に半円を描き、たたん、と足音を残して降り立った。

「大丈夫か!」
「ですからっ! 後ろは気にせず、前だけ見ててって言ってるじゃないですか!」
「いや、すまん。だが頭上は人間の絶対の死角だ。心配にもなるだろう……『ゲッチュ』!」
「……お気遣い感謝します。でもホントに大丈夫ですから! 『ゲッチュ』! 『ゲッチュ』!」

 スネークからゲットアミが一本投げて寄越され、行動不能となったピポスバルに、二人は悠然と
言葉をかわしながら振り下ろした。スネークの前で昏倒した二匹、ティアナが撃った四匹が次々に
アミの中に捕獲され、光の粒となって消え転送される。
 シャリオはその光景を、通信越しに半ば呆然と眺めていた。
 数十秒と経たぬこの僅かな時間で、あれほど手こずっていたピポスバルを、六人も「ゲッチュ!」
するとは。
 いや、先ほどウインドウを開いたとき、スネークは「ゲッチュ!」を叫んでいた。それを入れる
と七人になる。七人も。こんな短時間で!

「『ゲッチュ』! ……あ、シャーリーさん。どうしたんですか? そんな顔して」

 今きっと、相当呆けた顔をしているんだろうとシャリオは自分で思う。


 しかしそんなことは気にならなかった。
 シャリオは笑顔で口を開いた。

『ううん、何でもないの! 二人とも思いっきりやっちゃってなの!』
「言われるまでもないさ。とっとと片付けよう」
「同感です。……こいつら全部捕まえて、ボッコボコにお仕置きしてやるんだから……!」



 何とかなるかもしれない、とシャリオは思った。
 百人のピポスバル捕獲というあまりに絶望的な任務、しかも失敗したらなのはさんのお仕置きと
いうおまけ付き。その如何ともしがたい戦いに、やっと一筋の光が差した。希望のひとかけらが見
え始めていた。
 ティアナに頼んでよかった。スネークを呼んでよかった。

『二人ともっ! ありがとうっ!』

 思わず叫んだシャリオに、ティアナとスネークは敵を見据えたまま、無言で親指を立てて答えた。


「さあ、続きと行こうか! ティアナ!」
「大人しく投降しなさいっ! でも投降しても撃つ!」
「ひぃぃんっ、にげろーっ!」
「た、たすけてぇぇーっ!」

 どうしようもない状況だったが、もしかしたら本当に、何とかなってしまうかもしれない。シャ
リオには今はじめて、その実感が浮かびつつあった。





 しかし真実はまだ、彼女たちの知らぬ場所に在った。
 そして恐るべき、最悪の敵の存在も……。



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