「『ゲッチュ』!」
突然の閃光手榴弾を受け、そこここで目をこすったり回したりしているピポスバルたち。
完全に行動不能となった彼女たちのひとりに向け、スネークのゲットアミが一閃した。お決まり
のセリフとともに、捕獲したピポスバルが光の粒となって転送される。
突然の闇討ちに、戦場は混迷を深めた。逃げ出そうにも閃光が効いていて、真っ直ぐ立つことも
できない。そのくせ敵が居るのは分かるから、ピポスバルたちにとっては恐怖である。
「……いただき!」
初めてゲットアミを使った「ゲッチュ」でテンションが上がったスネークは、この機を逃さずに
次々と追撃を仕掛けていく。
唸りを上げるスネークのゲットアミ。
そのひとつひとつに続いて、ピポスバルたちの悲鳴が響き渡る。
「にゃぁっ! ひ、ひきょうものぉーっ!」
「『ゲッチュ』!」
「きゃっ……こ、これで、かったとっ!」
「『ゲッチュゥ』!」
「おもうなよーっ!」
「『ゲェッチュゥゥ』!!」
使っている内に興奮してきたのか、「ゲッチュ!」のトーンが上がっていくノリノリのスネーク。
その時ティアナを包囲していたピポスバル、総勢八名。それらが全て、なす術もなくアミの中へ
吸い込まれ、捨て台詞的な何かを残して露と消え失せていく。
そうしてやがて、悲鳴が止む。場にいた全てのピポスバルは結局、ハイになったスネークによっ
て捕縛され尽くした。閃光弾の安全ピンを抜いてから、この間およそ三十秒足らず。瞬く間と言っ
ていいほどの、僅かな時間の出来事であった。
もういいかとティアナが薄目を開いて、言った。
「……『援軍』さんですね?」
視界に異常がないことを確認しつつ、続いて両目を開放し、ティアナは目の前の男の全貌を見る。
踏んだ場数の多さは直ぐに知れた。
額のバンダナの下から覗く静かな眼が印象的な男だった。精神を極限まで研ぎ澄ませた者のみが
持つ、魔性染みた輝きが察せられる。
スネークもまた、シャリオとやり取りをするティアナに目を向ける。援軍を信じ、たった一人で
奮闘し続けたこの少女は、現場に駆け付けるときに写真の中で見たより幾分か手練れているように
感じられた。
若いことに変わりはないのだが、未熟者の青々しさはさほど感じない。
くぐった修羅場の数は関係ないのだ。相当の修練を積んでいる。身に纏う雰囲気にも、並みの兵
にはない力強さがある。
兵士として、戦士として。
奇妙な話だが、このとき、彼らの間には何かが通じていた。沈黙の中で、認め合うものがあった。
「援護感謝します。助かりました」
「間に合ってよかった。シャーリー、見ての通り無事のようだ」
『よかった……ティアナ、ゴメンなの! 私が遅れちゃったばっかりにっ』
「大丈夫です。それより今の、何匹行きました?」
『え? えと、えっと……うん、捕縛数は八なの! 開発室に戻りしだい確認するの!』
言いながら、スネークとティアナは背を突き合わせて銃を構えた。
ティアナを取り囲んでいたピポスバルは全て捕縛されたことになるが、まだそこかしこの石柱の
陰などに潜んでいるかもわからない。
『他のピポスバルは?』
ウインドウからキャンベルが問いかける。
「さっきの八匹が第一波。後ろから二陣目が来ると思います」
「ということは……残りは八十五か、先は長いな。どこかの誰かのおかげで」
「ええ、本当、時間がかかって大変です。某メカニックさんのおかげで」
『ああ、手間がかかる。誰かさんのおかげでな』
『ぁぅぅ、ごめんなさいなの……』
ウインドウの中でしょぼくれるシャリオを見て、皆小さく吹き出すのだった。
「ティアナ・ランスターです。借りは、いずれ返します」
「ソリッド・スネーク……スネークでいい。あっちはロイ・キャンベル大佐だ。倍返しを期待する」
「三倍でも?」
「それは嬉しいな」
名前を交換し、軽口を交わす。唇には不敵な笑みが浮かんでいた。
果たされた邂逅は、お互いになかなか上々のもののようであった。
ティアナが追い込まれていた形勢から、事態は一転し。
反撃がはじまる。
魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
スバゲッチュ 第四話「ティアナの本気、スバルの本気」 Aパート
『うぅぅぅうっ、ティアのばかっ! うそつきっ!』
『うそつきーっ!』
『うそつきっ!』
さてここからが本番といったところで、また例のあんにゃろうどもの声がした。
魔法銃を構えたふたりが側方に首を向けると、少し大きめのウインドウが開いていた。中からは
口々にティアナを非難する声が聞こえてくる。
曰く、うそつき。やくそくやぶり。
他、ひきょうもの、ホラふきなど。なかなか言いたい放題である。
「嘘吐き? 何がよ」
無視してもよかったがいい加減うるさいので、ティアナは反応してやることにした。
言いたい放題な割にこれしかボキャブラリーがないのか、という突っ込みはさておいて。
『ティア、いってたもん! ひとりでくるって、ちゃんといってたもんっ!』
「何だ? バレたら拙かったのか。正面から乗り込んだと聞いたから、てっきり大丈夫かと」
「いえ、まぁ……気にしないでください。どーでもいいですし」
『さすがティア! やくそくなんかへーきでやぶる!』
『そこにむかつく!』
『はらがたつ!』
今の物言いには少しカチンと来たティアナ。
そもそも、うそつき呼ばわりされる筋合いは毛一本ほどもない。「なのはを呼んではいけない」
と条件を付けられただけで、援軍禁止とは一言も聞いていないのだ。要するに情報が漏れる危険の
ない人物であれば、こちらは誰でも呼んでいいはずなのだ。
しかしその気持ちは、シャリオが横から代弁してくれた。
『そーなのっ! そんな約束最初からないのっ! 「なのはさん禁止」って言われただけだしっ!』
『ちがうもん! ティアひとりじゃないとダメだもん! そういういみでいったんだもん!』
『嘘なのっ! そんなの、ひとっっっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜――――――――…………』
ためるためる。
まだためる。
『……………………〜〜〜〜〜〜〜〜――――ことも言ってないのっ! そっちが嘘つきなのっ!』
『いーけないんだー、いけないんだー』
『せーんせーにいってやろー』
『うぅーっ、ムカツクの! 完っ全にアタマ来たのっ! こうなったらせんせー……じゃなくて!
なのはさんに頼んで、ボッコボコのけっちょんけちょんにしてもらうのっ!』
『本末転倒だぞシャリオ君』
子供の喧嘩を白けた目で見る一同だった。
「とにかく! アンタたちの遊びに付き合ってやってんだから、これくらいは通してもらうわよ」
『へ、へー、ティア、ひとりでできな』
「…………あ゙?」
『ひぃっ! ひゃ、ひゃいいぃっ! わかりましたぁっ!』
話を引き継いだティアナが告げると、ピポスバルたちはシャリオの時とは違って、意外と素直に
条件を受け入れた。
背中にいるスネークにはティアナが何を見せたのか分からないが、相当恐ろしいものを目にした
のだろう。モニターの中で応対に当たったピポスバルは、随分とおびえた様子をしていた。
声にも随分と凄味があった。
「……? どうしました?」
「いや、なんでもない」
白い悪魔の弟子はみなこうなのか……とは、とても言い出せないスネークであった。どこで誰が
聞いているかもわからない。
『あぁっ、だっ、だめだよっ、そんなかってにっ』
『だ、だって……だってぇ……ふぇぇ……っ』
『まっ、まずいよっ、そんなことしたら、『けーかく』がっ』
「……計画?」
『あ』
そうこうしているうちに、ピポスバルのうちの一匹が、何やら口を滑らせた。
しまったという表情で、聞き逃さなかったティアナにおどおどとした視線を向けている。
「へぇ、『計画』ね。へぇ……」
「まるっきり無計画と思っていたが……目的は別にあるのか」
『あ、あわわわわっ』
言ってしまったピポスバルは、見ていて可哀そうになるくらいに狼狽した。
『ちっちちちちちがうよっ、もくてきはホントに、ホントにホントにスパゲッ……』
「心当たりは?」
「いえ、何も。そもそもおかしいと思ってたんです。百億皿とかどう考えても無理だし」
「違いない」
誤魔化そうと試みたが、まるっきり効果の無い二人だった。
「……シャーリーさん。今までの行動から、考えられる目的リストアップしてもらえます?」
『了解なの! てってーてきに洗い出してやるの!』
『ばかーっ!』
『ばかーっ!』
『ひえぇ、ご、ごめんなさい、ごめんなさぁいぃーっ!』
モニターの中で味方から袋叩きにされる間抜けなピポスバルだった。
『ううううぅっ、こ、こーなったらっ!』
『み、みなのものっ! であえ、であえーっ!』
「いーっ!」
「いーっ!」
「いーっ!」
と思ったら、ウインドウ内からの合図でそこかしらの柱の陰から現れるピポスバルたち。
数は先ほどのそれを超え、見えているだけでも十以上いる。その後ろに控えているのを含めると、
おそらく二十は下るまい。
勝手に情報をバラしたくせして、興奮し取り乱すとはいかなるものか。
逆ギレにもほどがある、とティアナは思った。スネークも同感のようで、正面を向き直りながら
溜息をひとつこぼした。
その腰に巻いてあるホルスターにふと気がついて、ティアナは口を開き、尋ねた。
「装備は?」
「魔法銃が二丁、閃光弾が残り二つ。その他は……戦闘には役に立たない。隠れる助けにはなるが」
やっぱりか、とティアナは思った。
そもそもスネークが魔導師でないということは聞き及んでいる。
それに、自分を助けてくれたときスネークが放った閃光は、魔法の類によるそれではなかった。
魔法関係の装備が充実していない、というのは、予め想像ができていた。
とはいえ、なかなか厳しい。魔法への防御手段があれば、前衛を頼んで即興コンビネーションを
組むことだってできたのだが。
「バリアジャケットは? 正直、魔法を防げないと……」
「残念だが……ない。隠れて撃つしかないか……」
『スネーク、その件だが』
申し訳なさそうな返事にかぶせて、キャンベル大佐の声が通信越しに響いた。
見ると、二つ並んだウインドウのもう一つで、シャリオがニコニコ笑ってこちらを見ている。
『実はそのスニーキングスーツだが、シャリオ君の作でな。魔法に対してかなり抵抗力があるぞ』
「――だそうだ。優秀なメカニックに感謝する」
『そのへんは抜かりがないの! こんなこともあろうかと! なの!』
機動六課職員は伊達ではないということか。
これで妙なものを敵に握られたりしなければ、文句は全くないのだけれども。
「魔法生物との戦闘は生まれて初めてだ。指示をもらいたい」
「……前衛をお願いします。取り逃がしはこっちで捌きますから、存分に暴れちゃってください」
「了解した。……そのアミを預かろう。二丁を使うには重荷だからな」
その申し出は、ティアナにとってとてもありがたい。片手がふさがっている現状を何とかしてく
れるなら、それは願ってもないことだ。
一度に合わせられる照準の数が、単純に計算しても二倍になるのだ。一丁の片手持ちにだって、
魔力の一点集中、特殊な弾丸の生成など、こちらにしかないメリットはある。しかしこれらの技能
は今は必要ない。ただ単純に多くの敵を打ち抜くことが必要な現在、手を使わされるゲットアミは
はっきり言って邪魔だった。
だが、スネークは大丈夫だろうか。
魔法防御の手段があるとはいえ、第二陣のピポスバルたちは、ティアナが戦った数よりも多い。
長柄の得物を二本も抱えた状態で、果たして前衛が務まるのか?
「心配ない。言っていないかもしれないが、これを使いたくてうずうずしてたんだ」
「……はぁ」
そんなふうに援軍の身を案じていたティアナだったが、スネークは本当にやる気のようだ。止め
てもきっと無駄だろう。
そういうことなら、と、ティアナは手にあるアミを差し出した。
スネークは受け取ったゲットアミを、両方ともその手に構えてみせる。
そして心底楽しそうに笑顔を浮かべて、次のように叫んだ。
「ゲットアミ『達人二刀流』!」
『ダメ押しというやつだなッ!』
何やら遊び始めたメタルギア組に、ティアナは思った。バカばっか。