訓練スペースに突如出現したスバル城内部、あの懐かしい試験会場を再現した廃墟の中ではじま
った、戦いと表現するのもどうかと思われるピポスバル捕獲劇。
当初ティアナは、この任務はすぐに決着がつくだろうと考えていた。
お団子とかスパゲッティとかで、今までカンタンに釣られてきたアホスバルたちのことだ。隠れ
ている場所さえ見つければ即座に誘き出せる。必要ならクロスミラージュの早撃ちで動きを止め、
持ってきたゲットアミで一撃捕縛すればいい。今までのピポスバルの行動を覚えていたティアナは
開戦直後、そのように考えていた。だがその予想は甘かったのだと、直ぐに露呈する結果となった。
捕獲されたら流石にもうただでは済まされないと分かっているのか。待ち構えていたピポスバル
たちは、そう簡単には捕まってくれなかった。
「こ……んのッ! ちょこまかと!」
最初にお団子に釣られて出てきたマヌケな一匹を転送したあとは、遮蔽物の陰から陰へ縦横無尽
に走り回り、まったく的が絞れない。
察知できたものだけ集中してクロスミラージュの弾丸を当てようとしても、(ミニ)マッハキャ
リバーの動きが変幻自在だ。しかもかなりの速度がある。
さらにサイズが小さすぎることもあいまって、射撃が全く当たらないのだ。発射した弾丸は既に
二十近くになっているが、ピポスバルどもをぶち抜くことは全く叶わなかった。
「こなあああああああ!!」
「へっへーん、もうひっかからないのだー!」
「ひっかからないのだー!」
「のだー!」
「だー!」
「あぁぁぁもおぉぉぉおッ!!」
さらに言うと、学習したのかは知らないが「エサ」への食いつきも悪い。
イライラばかりが絶好調蓄積中であった。
「アンタたちッ! いい加減おとなしく捕まりなさいよッ!!」
「やだもーんだ」
「みのもーんた」
「ムカツクムカツクムカツクうぅぅっ!!!」
冷静さなど星の彼方。
まるっきり頭に血が上っている様子は、どこからどう見ても健康に悪そうだった。
そんな会話をしているうちにも一匹が飛び出してきて、銃口を向けると背中に悪寒が走った。
咄嗟に身体を右に投げると、それまでの立ち位置に向かって3匹のピポスバルが飛び込んでくる
ところだった。一瞬遅れていたら確実に、左手にあるゲットアミを直撃していた軌道だった。
すかさず弾丸をお見舞いする。しかし三発の橙色の魔力弾は、着弾の直前に動き出したチビども
の動きに対応できなかった。一発は堅い床を抉り、残りの二つは勢いが止まらず柱を削って、すべ
ての弾が霧散した。
捕獲にあたるティアナを苦しめているもう一つの要因は、ピポスバルたちを捕まえるのに必要な、
手の中のゲットアミそのものであった。
何しろ、クロスミラージュを打ち込んだ直後に捕まえようとしたら、ゲットアミは常に手に構え
ていなければならない。とすれば当然片方の手はふさがり、攻撃頻度は単純計算で二分の一だ。
そうして「速さ」を失ったティアナから、ピポスバルたちは隙をついて、ゲットアミを奪取しに
かかってきたのだ。
考えてみれば当然の選択である。シャリオの開発室から逃げた理由は未だにわかりはしないが、
ピポスバルたちとて当たり前だが捕まるのはイヤだ。
捕まりたくないなら、選択肢は二つある。追手の目の届かないところに逃げ込むか、追手本人を
戦闘不能の状態に追い込むか。
前者の選択は既に無い。しかし後者については、それほど難しい話でもない。戦闘不能にまでし
なくとも、捕獲が不可能な状態にしてしまえばいいのだ。
ゲットアミを奪うこと、それはティアナにとって戦闘不能も同義である。この大人数を全て捕獲
する手段は、他を置いてあり得ない。
小さなスバルたちは、それをどういう訳か理解していた。あれほど知力の低下した状態ではあっ
ても、こと戦闘においてはその限りでは無いらしかった。ムカツクことに。
「ちっ!」
またひとりが飛び込んでくるのをかわして、続くもうひとりをしゃがんで避けた。二連続突撃と
はいやらしい限りである。思わず舌打ちがこぼれるのも仕方がない。
「むぎゅっ」
が、飛び込んできたうちの二人目が、勢い余って柱に顔面を直撃した。
矢のようにぶち当たったのが、ずるりずるりとほっぺたを壁に擦ってずり落ちていく。
「きゅぅ……」
「『ゲッチュ』!」
そのまま目を回したピポスバルに、これぞ千載一遇の機とばかりにアミを振り下ろすティアナ。
柄の先端に取り付けられた網の目の内部に、すっぽりとピポスバルが収まった。
次の刹那、一瞬の淡い閃きの後に、捕獲されたピポスバルの身体が光な包まれた。
転送が始まったのだ。
「キリがない……!」
しかしようやくのことで捕まえたというのに、ティアナの表情は晴れない。声からも何ひとつ、
明るい感情が窺えなかった。
それも当然。捕まえたのは厨房の四匹を合わせると六匹目。城内にいる九十五のうち、まだ二匹
を捕縛したにすぎない。
対して、スバル城に入ってから戦闘はずっと続いていた。正確な時間はわからないが、体感の誤
差を鑑みても二十分は動いている。
あまりにも効率が悪すぎる。
「ああっ、しょうたいちょー!」
「わ、たしに……かま……うな……ぐふっ」
「しょうたいちょー!」
「しょうたいちょー!」
「むちゃしやがって……ふにゃっ!」
寸劇がうざったかったので、ティアナは無言で胸ぐらをひっつかむ。
クロスミラージュの銃口をその唇の中に押し込んで、これでもかとばかりにぐりぐりかき回した。
「ふ、ふくたいちょ〜〜っ」
「もがっ、もが、んう、うぅむーっ!」
「私の銃でッ! その口閉じてろッ! このクソガキどもぉぉぉぉおッ!!」
いい具合にぶっ飛んできたティアナだった。
魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
スバゲッチュ 第三話「疑惑のピポスバル」 Cパート
「こちらスネーク。『スバル城』を視界に捉えた。ずいぶん妙な城だな」
ティアナ同様にアミと銃を装備して、森を駆け抜けるスネークが視線を上げる。天高くそびえる
スバル城の頂が目に入った。青と白の縞模様に彩られた、ヘンテコな頂上である。
走っていくと、頭上に広がる緑の森林が、しだいにまばらになっていく。木々の向こうに現れた
ピポスバル達の居城は、何とも奇妙な姿をしていた。シャリオが出発の直後に「見ればわかる」と
通信をしてきたが、なるほどこれは分かりやすい。城とは思えないカラフルな彩色と、地球でいう
和洋中に、未来と過去をごったにしたような、みょうちくりんな佇まい。明らかに目立ちすぎだ。
『その中におよそ百人のピポスバルが立てこもってるの! 中は意外と広くて、廃ビルがいくつか
再現されてるみたいなの!』
「再現? ……そうか、訓練スペースの投影システムを利用したんだな?」
『正解なのっ!』
左側方の宙にウインドウが開き、説明するシャリオの声が中から流れてくる。ピポスバルたちが
転送されるデバイス開発室に戻る途中で、走る足跡と早い呼吸が聞こえてきた。
なるほど、とスネークは頷いた。この施設がもともと、新人たちの教練の使われる鍛錬場である、
ということは道すがら聞いている。
(まさかの三分間建築だな)
生滅自在の砦とは、さすが魔導世界ミッドチルダ。
皮肉なのはその技術の高さが、魔導の暴走体により示されたという一点であろうか。
『ティアナは正面から入ったから、裏をかいて他から潜入できたらいいと思うのっ!』
「了解だ……たった今、城壁に到着した」
足を止めると、いつの間にか森の終わりが訪れていた。最後の木の陰に身を隠したスネークは、
一面に立ち上がるラクガキだらけの城壁を見た。
ティアナが乗り込んだというのは、正面の城門からだったと聞いている。その門が見当たらない
となると、この場所は城の背後か側方か。
城壁そのものは高めに造ってある。だがロープをはじめクライミングの器具が揃っているので、
上れない高さがでは断じてない。
あとは場外の警備体制によってくるだろう。そう考えたスネークがシャリオに問う前に、彼女の
ウィンドウの隣にもうひとつが展開した。
『シャリオ君、周囲の監視はどうなっている?』
『城門前以外はけっこう手薄なの! 今は中のティアナに集中してるし、潜入のチャンスなの!』
「……大佐、見物に徹するんじゃないのか」
『少しは君のサポートを手伝わんといかん。シャリオ君も大変だろう?』
「本音は?」
『転送される映像より、こちらの方が鮮明なんだ』
隠しようがなく、キャンベル大佐の声はどこか楽しそうだった。
「確かにこの辺りの警備は手薄だな……通気口が幾つか見える」
鉄製のピックを両手によじ登ると、排気ダクトの終末が城の壁面から何本も突き出ていた。
どれもかなりの太さがあり、大人が一人なら何とか通れそうだ。
「入れそうだな」
『レッツゴーなの!』
飛び降り、走り、潜りこむ。
中は狭いが、やはり通れた。
潜入は果たされた。
「気になったんだが」
薄暗い鉄製のダクトの中を這いながら、開きっぱなしのウィンドウにスネークは切り出した。
何だろうと、シャリオがモニターの中から首を向ける。
「ティアナ・ランスターのデータを、出来れば貰えないか。技能と思考を知っておきたい」
『スネーク、さすがにそれは機密が……』
『分かりました、なのっ! すぐ転送するの!』
「大丈夫か? 無理をする必要はないが」
『毒を食らわば皿までなのっ! 無限砲撃地獄より全然マシだしっ!』
機密漏洩とか情報流出とかそんなチャチなレベルじゃあ断じてなく、なのはの制裁がひたすらに
恐ろしいシャリオである。この程度の隊則違反は何のそのだ。勝てば官軍である。
追って、シャリオの顔が映るパネルの半分に、バリアジャケットを身につけたティアナの全身をお
さめた写真が表示される。
兵士としてのそのあまりの若さに、常識に世界間レベルの隔たりを感じるスネーク。
だがそれを問う余裕はない。暗いダクトを進みながら目をやり、写真の下に示されたデータをチェ
ックする。
「使用デバイスは……この拳銃型のか」
『そうなのっ、双銃クロスミラージュ! ……でも……』
「でも?」
シャリオが言いよどんだ。
『今はゲットアミがあるから、片方しか使えてないみたいなの。私が、一人にしたから……』
ティアナは今も一人で、ずっと戦い続けている。
不利な状況に追い込み戦わせてしまっている現状に、シャリオは心苦しさを感じていた。眼の中
に影が差してうつむいてしまう。自分のミスが発端の事件に巻き込んで、そのうえ苦境に立たせて
しまっている。
『気に病む必要はないぞ。シャリオ君はこうして、頼もしい援軍を連れてきたじゃないか』
「猿蛇合戦で鍛えた腕だ。彼女にもすぐに楽をさせてやるさ」
『…………うんっ!』
二人が励ますと、しかし元気な声が返ってきた。いつまでも沈んでいては作戦進行に支障が出る。
立ち直りの早さは良いところだとスネークは思った。
ややあって、周囲から少しずつ音が聞こえ始める。
先行したティアナがピポスバルたちと交戦している音だというのは容易に想像がつく。魔力弾の
ものらしい壁を抉る音や、いくつか叫び声のようなものも聞こえてきていた。
深入りしてしまっては奇襲の意味がない。このあたりで下におりるのが得策か。
そう考えたスネークが膝で底面を打つと、がんがんという音が空気を打ってダクト内に反響した。
今この地点に、ダクトを囲むものは何もないようだった。
再び膝を打ち、今度は強引にダクトをぶち抜く。意外と簡単に底板は外れた。降り立つと、そこ
は廃墟だった。あの城の内部によくもここまで広大な、と思わせるほどのコンクリート製の廃ビル
が、360度周囲にあった。
「バーチャル映像か」
『みたいなの!』
間髪を容れずに、手近な柱の影に隠れたスネークが言う。技術の高さにやはり驚きは隠せないよ
うで、言葉の後に一瞬の間が開いた。
しかしそれもつかの間、すぐに薄暗い廃ビル内を隠密しつつ機動をはじめるのは流石と言うべき
だろうか。
廃墟の中には薄暗いながらも僅かな光があり、遠くからの音もまだ聞こえていた。周囲の警戒を
続けつつ、スネークはそれを手がかりに、シャリオの誘導を受けて、隠密のうちに足を進めていく。
『シャリオ君』
ふと前触れなく、スネークの右方から左手に向けて声が流れた。
キャンベルだ。何だか思案顔になりながら、視線をシャリオに向けていた。
その表情から真剣さを感じとり、シャリオは思わず走るのを止め姿勢を正して応じた。それを見
たキャンベルは、言葉を選んだ後、こう続ける。
『ピポスバルたちの映像を見たが……本当に、あれらが作った映像なのだろうか』
『それは…………でもっ』
『いや、思い過ごしならいいのだが……これほどの城を出現させる技術があるとは、思えんのだ』
言われてみれば。
確かに、砦の存在そのものは不思議ではない。訓練スペースには大量のデータが詰まっている。
掘り起こして組み合わせれば、城や廃墟を作ることそのものは十分できると考えていた。
ただそれには、ある程度技術が必要だ。
シャリオは小さく唸った。ピポスバルの知力は、平常時のスバルにははるかに及ばない。そんな
状態で果たして、訓練スペースのセキュリティをクリアし意のままに操れるのか。
『何か言いたそうだな、スネーク』
はっとしてシャリオが見ると、眉をよせて何かを考えているスネークの顔がある。
「ああ……先ほどの映像が気になっていた」
『映像?』
「ピポスバルが犯行声明を出すとき、何か原稿を読んでいたな?」
『うん、なの。漢字が入ってて、読みにくそうにして……えっ』
思い直して少しすると、シャリオも違和感に気が付いた。
原稿とは何だったか。ピポスバルたち自身が作ったものではなかったのか。
だとしたら、おかしくはないか。
自分で書いた文字を、どうして読むことができない?
あるいは、読めない文字をどうやって書いたのだ?
「読めない漢字が入った原稿を、魔法でも何でも、書けるものなのか?」
『……ううん、無理…………なの……』
そんな魔法はない。離れた位置や隠されたものを認識させる魔法はあっても、己がまだ知らない
知識を獲得する魔法などありはしない。
そのようなものがあったら、魔法など覚えたい放題だ。誰が訓練校になど通おうか。
『スネーク。君はどう思う?』
「わからん。が、一筋縄では行かないのは確かだな……」
そんな会話を聞きながら、シャリオは考える。ほつれた糸が見えてきていた。何か重大な真実が、
ピポスバル達にはまだ隠されているような気がした。
そうして、ふと思い至る。当初シャリオは、今回の事件がピポヘルの誤作動に由来すると、ずっ
とそう考えてきた。
しかしそれは、本当に正しいのだろうか。
ピポヘルはそもそも、知恵を与えるマジックアイテム。それが誤りでなく、もし本当に、正しく
作動していたのだとしたら――。
「考えているヒマはないようだ」
スネークが言うのを聞いて、シャリオの意識は思考の中から舞い戻った。
柱の向こう側に、ティアナがいた。
周囲には何名かのピポスバルが走り回り、ティアナを取り囲む輪を少しずつ狭め始めている。
間に合ってはいたが、余裕はない。考えている時間はない!
「……シャーリー、今はいい。後で、何か分かったら教えてくれ」
『了解なの!』
その返事を聞きとどけ、スネークは手の中の閃光弾からピックを抜いた。
そしてカウント。一秒、二秒。
「目を閉じろ!」
「!?」
ティアナの驚きの気配に遅れて、柱の陰から投げた閃光弾が炸裂した。
強烈な光が網膜に突き刺さり、逃げ遅れたピポスバルたちから完全に視力を奪い去る。ちょこ
まかちょこまか動いていたところから、驚きと光で二重に動きを止めた。転び、しゃがみこみ、尻
餅をついて、皆しきりに目をこする。
「ふゃっ! く、くせもの、くせものーっ!」
「めが……めがぁ〜〜っ……!」
『入れ食いなの!』
「全くだ……!」
廃墟の虚空を一直線に勇躍し、スネークは駈け出した。