「遅れてすみませんなの! キャンベル大佐っ、ご無沙汰していますなの!」

 迎えの途中で出会ったギンガに散々ホラを吹きデマを教え、なのなの口調習得の武勇伝(嘘)に
ついつい力を入れて話し込んでしまったシャリオは、結局予定より5分以上も遅れて、スネークが
待っている森へと到着した。
 もうこれだけで言語道断、軍隊ならば厳罰が下ってもおかしくないような所業であるが、同僚を
誤魔化すのについ熱がとシャリオが言うと、まあ仕方がないかというような雰囲気がスネークと、
通信ウィンドウの向こうのキャンベルの間に流れた。
 任務の前に無用な軋轢を生むのは、彼らもきっと避けたかったのだろう。シャリオとしては内心
冷や汗ものだったが、何はともあれ助かった。

『それにしても、君の顔を見るのは久し振りだな! 無事なようで何よりだ……が、その口調は』
「あっ、え、えと、これはっ」
『また妙な趣味に走ったんだな? 今回の敵に奪取されて喰らった、というところか』
「うぅ……そうなの。すみませんなの……」

 モニターの中から通信で話しかけるキャンベルに、委細をあっさり見抜かれてしょぼーんとなる
シャリオだった。
 「やれやれまたか」といった口振りからすると、どうやら前にも似たような事があったらしい。

『どうしたスネーク? さっきから妙に静かだな』

 ウィンドウの傍らに立つ男、迷彩服を着てバンダナを巻いたスネークは、再会を喜び合う二人の
前で、沈着な彼に珍しく意外そうな顔をつくっていた。

「いや……あれの作者が、女性だったとは思わなかった」
「今は男女平等の時代ですっ、なの! 機動六課も男子より女子の方が多いですしっ」
『人材不足の管理局だ。どこからでも引き入れられるような仕組みはきちんと整っている』
「そうだな。いや、すまなかった」

 軽量を維持しつつ銃弾さえ跳ね返す、スネークを魅了してやまない特殊強化段ボール。
 制作者は何処の大博士、その道の権威かと想像を膨らませていた。
 それがまさか、このようなうら若い乙女であったとは。そんなふうにスネークは驚き、内心では
素直に感嘆した。
 ここ機動六課は強力な人材を次々と引き抜いて構成された、別名「夢の部隊」だとか何とか噂さ
れているのは聞いたことがある。
 人手不足の時空管理局にそんなコトがある訳がない――と聞いた当初は思っていたのだが、この
女性が一介のメカニックとして収まるのだ、あながち誇張でないかもしれないとスネークは思った。
戦闘員のデバイスを一挙に引き受けるのだからただの技術者という扱いではないかも知れないが、
それでも、有能な職員をかき集めているのだろうということは簡単に想像できた。

「はじめまして、シャリオ・フィニーノ一等陸士なのっ! シャーリーって呼んでくださいなの!
 ちょっと口調がおかしいのは敵の攻撃のせいなので、気にしないでください、なの!」
『前にも話したと思うが、シャリオ君はハカセの助手をしたことがあってな。その時知り合った、
 共通の教え子のようなものだ』
「そうか。俺はスネーク。ソリッド・スネークだ。スネークと呼んでくれ」
「お話しはキャンベル大佐に聞いてます、なの!」
「そいつは光栄だと言いたいが……大佐」
「その子はどうせ自分で調べる。ある程度は話さざるを得まい」

 名前を交わして、自然に握手をする。
 お互いに、上司や同僚から話には聞いていても、直接顔を合わせるのはこれが初めてだった。が、
第一印象は二人ともまずまずのようだ。
 打ち解けるのは一瞬だ。名刺みたいな洒落たものはないがと言うと、シャリオはばつが悪そう
に笑って、自分もそうだと返した。馴染むのがずいぶん早い女性だとスネークは思った。
 語尾がなのなの状態でなければもっと好印象なのだが。

『あまり時間も無い。本題に入ろう』

 画面越しにキャンベルが言った。シャリオが頷き、スネークは表情を引き締めた。
 割と和やかだった邂逅の雰囲気が、一気に緊張を含むそれへと変わる。

「敵は『ピポスバル』なの。機動六課の魔導師スバルが、小型化して分身してしまったの!」
「…………」
『シャリオ君……その口調はどうにかならないのか……』
「すっ、すみません、なの……」

 だがその一人がなのなの言っているようでは、緊張の糸はゆるゆるに緩んでしまうようであった。
台無しである。済まなそうにするシャリオだった。

「数は?」
「およそ百なの。今は立てこもってて、同僚のティアナ……スバルの相方が潜入してるの!」
『立てこもっている……? 何か、要求があるんだな?』
「『スパゲッティ百億皿、さもなくば全世界に『なのなの光線』を発射する』、って……」
『今後ミッドチルダから『緊張』の二文字が消し飛ぶわけか。また厄介なモノが出てきたものだ』
「なるほど、面白すぎて笑えないな。何処の誰だろうか。そんな物を作ったのは」
『私が知るわけないだろう。そこのシャリオ君なら知っていると思うがね』

 再び気を取り直して続けるが、二人はうっすら笑みを浮かべてシャリオを見た。
 スネークがさっそく自分に親しみを持ってくれたのは作戦行動上好ましいことではあるのだが、
なのなの口調の自分はどうやら弄られキャラとして認識されてしまったようだった。
 羞恥に顔を伏せながら、自分はそのような運命にあるらしいと、シャリオは己の在り様を覚るの
だった。
 というか今日は踏んだり蹴ったりだと思った。



 魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
 スバゲッチュ   第三話「疑惑のピポスバル」 Bパート



「こっ、これが今回の敵っ! その名もピポスバルなのっ!」

 この空気を何とか払拭すべく、シャリオは慌ててウインドウをひとつ開き、ピポスバルの画像を
目の前のスネークと通信越しのキャンベルに提示した。今回の騒動を引き起こし、シャリオを窮地
(砲撃的な意味で)に追い詰めている、真っ白なピポヘルを被ったスバルの姿がそこにあった。
 キャンベルもスネークもシャリオ弄りを止め、食い入るようにその姿を見た。なるほど確かに、
その頭に乗っかっているのはピポヘルに間違いない。スネークがかつてメサルギア事件で挑んだ、
ピポサルたちが被っているのとまったく同じものであった。
 となると気になるのは、どうして封印されたはずのピポヘルが暴走したのかという一点になる。
 だがその前に感想をひとつ。

「サルじゃなかったか」
『当たり前だ。さすがにサルに魔導師は務まらんだろう。なぁ、シャリオ君』
「あ、あはは……」

 ひどい言われようだった。

「ところで、そのゲットアミは大丈夫なのか? 『ゲッチュ!』の方は」
「あ、はい、大丈夫なの。ゲットアミはティアナが一本持ってる他に、ここに一本、予備が一本」
「そいつを聞いて安心した。これが有ると、捕獲がずいぶん楽だからな」

 シャリオの手の中にあったゲットアミを見てスネークが尋ねると、頼もしい答えが返ってきた。
通信越しにその会話を聞くキャンベルは、何だか懐かしそうな顔をしていた。
 転送と捕獲を兼ねたあのガチャメカは、ハカセと同様の長い付き合いだ。
 メサルギア事件が落ち着いた後、もうこれ以上使われることはないだろうと思っていたのだが、
どうやらその予想は軽く裏切られてしまったらしい。
 望ましいことではないのだが、昔懐かしいあのメカを見ると、色々なことが頭を過る。

「シャーリー、敵が立てこもっているのは何処だ?」
「訓練スペースに基地を作って、そこにいるの。ティアナが潜入、既に交戦中なの!」
『先行している魔導師の体力も無限ではない。早く駆けつけてやった方が良さそうだな』
「はいっ! なの! それで、今回の武器ですけど……」

 そうだった、とスネークは言った。ミッドチルダでは拳銃はご法度。たとえ緊急事態とはいえ、
もし万が一使用がバレでもしたら一気に犯罪者扱いなのだからたまったものではない。

「武器以外はこちらで用意してきた。君のあの段ボールも含めてな」
「光栄です、なのっ! えっと、まず……」

 シャリオはゲットアミを手渡したあと、その握りの感触を確かめているスネークの足元に、拳銃
型の武装を二挺、緑色の手榴弾のような物体をいくつか並べて見せた。
 いわく、バナナガンの類似品。ピポ・スネークが使っていたような、殺傷力の無い銃とのこと。

「こっちの緑のは閃光弾なの。ピンを抜いて3秒で、強烈に発光するの!」
『シャリオ君、大丈夫なのか? そちらはともかく、銃の方は』
「大丈夫なの。管理局の基準はちゃんとクリアしてるの! ……一応」

 カートリッジ内蔵により、弾丸から魔力以外の要素を排除しました。
 発射についても火薬ではなく魔力を用いるため、魔導兵器の条件はクリアーです。
 認証した使用者以外は、超絶複雑なセキュリティにより拒絶します。汎用兵器ではないのです。
 どう考えてもグレーだけど仕方がありません。命には替えられないんです。なの。

「理念は真っ黒じゃないか」
『まるで合法ドラッグだな』
「ぁぅ」

 しょぼーんな顔になった。
 とはいえ、思い直す。

『仕方がない。借りていきたまえ、スネーク』
「……まあ、無いに越したことはないが……」
『なに、ミッドの法律は熟知している。少なくとも法では裁けまいよ。剣やハンマーを堂々と振り
 回す魔導師もいるらしいからな』

 仕方なしにスネークは銃を受け取り、リロード用のカートリッジを手渡されるのだった。



「っくち!」
「どうしたヴィータ。今日は暑……っくしゅん!」
「あら、冷房はあんまり効かせてないと思うんだけど」
「あんでもねぇ……ったく、誰か噂でもしてんのか?」
「そういえば主はやてが、楽しみだった苺大福が無いと言っていたな。その件じゃないのか?」
「ばっ、ばっ、バカ、んなことしねーよっ! なななな何だよそれっ! 超心外だぞッ!」
「あ、はやてちゃんですーっ」
「あわあわあわわわわわわっ」
「嘘ですーっ」
「リインてめえぇぇッ!!!」

 そんな守護騎士たちだった。



「シャーリー、ところでだが」

 そうこうしているうちに装備の準備も整い、そろそろ任務開始かという時になって、スネークは
シャリオに切り出した。
 もう出発なのだが、何だろう。そんな風に思ってスネークの顔を見る。そうして、はっとした。
 そこには、戦士がいた。生死の境に命を懸けて走り抜けた、つわものがそこにいた。修羅の道を
行く者特有の、研ぎ澄まされた迫力の宿る静かな瞳に射抜かれて、シャリオは慄然とすると同時に
頼もしさを覚えた。熟練された戦士の力は、きっとティアナを助けてくれるだろう、と。

「今回の敵には……そうだな。映像はないか? 情報がほしい」
「映像? あ、確か、最初の、開発室の記録があるのっ」
「何でもいい。乗り込むのは、それをチェックした後にしたい」

 前回不覚を取り、縄目の屈辱を味わった相手、ピポサル。その本拠地に乗り込むとき、スネーク
とて装備は万全だった。だが最善の行動をとり極限に警戒を高め、それでなお無様な敗北を喫した
のは、スネークにとって忘れられない苦い思い出だ。

『君の言うことはもっともだが、今は緊急だぞ。どうしてもか、スネーク』
「ああ。どうしてもだ」

 あの時ただひとつ惜しむらくは、情報。
 突入の前に、もっと内部の構造が分かっていれば。敵の切り札「メサルギア」のセキュリティが
解析できていれば。ピポサルたちの弱点となるものを割り出し、用意することができていれば――
あのミッションは、危険を犯さず完遂できたかもしれない。戦友ピポ・スネークにも、最後の戦い
までサポートができたかもしれなかった。

「じゃあここから、そのまま西――あの枯れた木の方に向かってください、なの! 詳細な位置と
 ピポスバルの映像は、追ってウィンドウを送るの!」
「わかった。じゃあ後はよろしく頼む」
「ガッテン承知なのっ!」
『健闘を祈るぞ、スネーク』

 開発室へ戻るシャリオと、ウィンドウを閉じるキャンベルの声。
 深く耳に刻み入れ、スネークは立ち上がった。



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