城門はひとりでに開かれた。
 どこの城門かというのは言うまでもなく、訓練スペースに出現した「スバル城」のことである。
中にピポスバルがたくさん潜んでいるらしい敵の本拠地、居城だ。
 その高くそびえる門が今、ティアナの目の前で、まさにおいでませ状態で開ききっていた。

「入ってこい、ってことね……上等じゃない」

 敵から何の音沙汰も説明もないのは恐らく、先ほどそのために出てきたピポスバルを問答無用で
「ゲッチュ!」したからだろう。捕まると分かっていてホイホイ出てくるアホはいないらしい。
 お陰で捕獲数は一人増えたが、転送してしまったため尋問の機会は失われた。城の内部の詳細が
分からないしピポスバルどもの正確な位置も不明だ。ここから先は未知の領域、相手の土俵で戦う
ことになる。
 罠もあるかもしれない。
 しかし望むところだ。チビスバルが被っているピポヘルは本来知恵を与えるアイテムらしいが、
少なくとも知力であのアホどもに負けるはずがない。
 というか負けてたまるか。

「悪いわね。アンタにも、結構苦労させちゃうと思う」

 シャリオが助っ人とやらの迎えに行ってしまったため通信の相手がいなくなり、ティアナは手の
なかにある銃に語りかけた。

『Don't worry.』

 ティアナは不敵な笑みを返した。プログラムとはいえ、頼もしい応えだ。
 クロスミラージュを片方だけ引き抜き、空いた手にゲットアミを握りしめて歩を進める。片手の
仕様、ワンハンドモードへ切り替える機械音声を聞きながら、門の向こうへ足を踏み入れた。

「増援はまだ来ないし、アテにし過ぎちゃいけない。大変と思うけど……百人斬り、いくわよ」

 門を越えると、扉があった。立派な門に劣らぬ巨大な扉だった。ピポスバルらしき拙い落書きや
「←ティア」と書かれた先にある棒人間や、壁から続く赤青黄のカラフルかつカオティックなペイ
ントがなければ、荘厳と言って差し支えないサイズの扉だった。
 それも門と同じように、ティアナの前で開いていた。その先は暗闇で、灯りは無いようだった。

「……迷ったら負け、ね」

 足が止まりかけた刹那、呟いてからティアナは歩みを再開した。臆した感情があったのでなく、
単に暗闇に戸惑いを覚えたのだった。だがそれも束の間で、扉を越えて完全に城の中に入る。中は
外観の巨大さから想像していたが、とてつもなくだだっ広い空間のようだった。入口から淡い光が
射し込んではいるものの、奥には到底届いていないらしかった。
 しばらく進むと、その光も途絶えた。暗く広大な空間。
 感触から察するに、足元はコンクリートだろうか。
 そんな分析をしながら、漆黒の闇の中でティアナは立ち止まった。魔法を探知させているクロス
ミラージュが反応しないことから、奇襲の可能性はないと判断したのだ。
 そうして息を吸い、口を開く。

「ほら、来てやったわよ! 暗がりに隠れてないで、さっさと出てきたらどう?」

 次の瞬間、ティアナは目を腕の下に覆い隠した。暗闇に馴れはじめていた目に、唐突に光が突き
刺さったのだ。しかし馴れきってはいなかったのか、視覚はものの十秒程で正常を取り戻した。
 まず足元を確認する。回復した視神経に入ってきたのは、やはりコンクリートの灰色の地面だ。
訓練用のバーチャルステージが使われていない時地面に張られているパネル……とは違うらしい。
あれはもっと光沢がある。

(手の込んだコトを……!)

 おそらく訓練ステージのデータを勝手に弄ったのだろう、とティアナは推測した。城の外観も、
たぶんそうだ。アホスバルのくせに生意気な。
 と思ったら。

「これって…………?」

 完全に復活した視界には、見覚えのある光景が広がっていた。
 コンクリートの支柱が立ち、壁面に青空がのぞく隙間が開いているその場所は、言うなら廃墟と
呼ぶにふさわしい建物だった。しかし、ただの廃墟ではない。
 間違うはずがない。ティアナがスバルとともに挑戦して失敗し、機動六課へのスカウトを受ける
切っ掛けとなった、あの場所だ。
 Bランク昇格をかけた、廃墟で行われたあの試験。その会場がそのままに、ティアナの目の前に
広がっていたのである。

『どう? どう、ティア?』
『あのときといっしょの、そのまんまになってるでしょっ!』

 どこからか声が聞こえるが方向が分からないし、肉声ではなく機械を介した音声になっている。
訓練スペースのシステムを利用しているのだろうとティアナは思った。たしか、放送機能があった
ような気もする。

「……なるほど、そういうことね」

 ティアナは言った。何となく、ピポスバルたちの意図を理解した。
 要するに嫌がらせ。
 あるいは弱点、と言った方がいいだろうか。
 自分が失敗したあの試験。その状況を再現することによって、精神的な動揺を誘おうという魂胆
なのだろう。そうティアナは考えた。
 なるほど確かに悪くはない。人間という生き物は自分の失敗と向き合うことが嫌いだ。そして、
それはティアナも例外ではない。
 だが。

「この程度で今のわたしが動揺すると思ったら、大間違いなんだから」

 あの時とは違う。
 強がって、突っ張って、一人で強くなるって思ってた、あの頃とは違うのだ。

『じゃあティア、いくよっ! いくからねっ!』
『ぜんいんみつけてつかまえないと、でれないからねっ! にげちゃだめだからねっ!』
「誰が逃げるっての。このアホスバル!」

 右手に銃を、左手に網を持ち、ティアナは精悍な顔つきでキッと前を見据え、無人の廃墟の上を
歩き出した。





 ただそれはそれとして。
 とりあえずはともかくも。

「さて、ここにお団子があります」
「えっ、おだんご!?」

 柱の影から早速一匹が釣れた。これは思ったより楽かもしれないと思うティアナだった。



 魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
 スバゲッチュ   第三話「疑惑のピポスバル」 Aパート



 少し時を遡る。といっても本当に少しだけ、ほんの五分ほど前のことである。
 ティアナがいざスバル城へ乗り込まんとしているその時、シャリオは助っ人としてミッドにやっ
て来るエージェント――ソリッド・スネークを迎えるべく、自室から出てオフィス内の移動を開始
したところだった。
 機動六課管轄の施設内に直接転送、という手段も無いわけではなかったし、タイムロスを避ける
為にもそうしたいのは山々だったが、もし万が一なのはやフェイトに見つかったら一発でアウト。
事情を話すとそのあたりを配慮して、オフィス近くの森で落ち合えるように調整してくれたキャン
ベル大佐には、今後全く頭が上がらないと思う。
 後にしたデバイス開発室も、今度こそ何も漏れたり盗られたりせぬよう万全のセキュリティをか
けた上厳重にドアをロックしてあった。外部から侵入される心配は無用。
 これはティアナのゲットアミから転送された五匹のピポスバルが、開発室内に残っているからと
いうこともある。ただこちらは、一応ロープでイモムシみたいにぐるぐる巻きにしておいたうえ、
デバイス(どういうわけかピポスバルに合わせて小型化していた、マッハキャリバーとリボルバー
ナックル。特にリボルバーナックルについては、クイントがそのあまりの変わりように草葉の陰で
泣いているに違いない)を没収し隠しておいたため、たぶん安全。というか場を離れる以上これを
超える対策は無理、とシャリオはみていた。

「急がないと、なの。ティアナが疲れきっちゃう前にっ、なの!」

 言いながら、目立たず見つからぬよう歩みを速めていく。
 基本を重視し体力をも念頭に置き、ランニングをはじめとした基礎体力や運動能力の強化を取り
入れたなのはの教導を受け続け、日々成長していくティアナの体力を疑う訳ではない。
 でも相手が約百人のチビどもとなるとそうも言ってられない。
 一刻も早く、増援が必要であった。一人頭百人と五十人とでは、やはり負担が段違いである。
 しかし。

「あっ」
「え? ……え、えぇぇっ」

 ここで問題が起きた。
 ピポスバルが脱走したとかティアナが「ゲッチュ!」をサボり始めたとかそういうチャチなこと
では断じてなく、いやそれでも結構困るのだが、問題はもっと直接の窮地として、道すがらやって
きた。
 なのはやフェイトといった最悪の相手ではないが、廊下でばったり出くわしてしまったのである。

「シャーリー!」
(ぎぎっぎぎギンガさん!?)

 どういうわけかオフィスに来ていたギンガが、曲がり角の向こうからひょっこり現れた。手の中
に小包のようなものを持って、ぱたぱた廊下を駆けてくる彼女がいたのである。

「どっどどどっどどどどうしてここにっ」
「出向の話が来てるんだけど、一足早くオフィスを案内してくれることになったの。なのはさんや
 フェイトさんにも挨拶しておきたくて」

 知り合いを見つけたというギンガの様子とは正反対に、シャリオは目も当てられないくらい狼狽
した。だって、これはマズい。大変マズい。
 何を隠そうギンガは、実はスバルの姉なのである。現在妹の身に起きていることが知られたら、
追及されるに決まってる。
 いや確かにそれは然るべき行為であるし、本来ギンガはシャリオが真っ先に現状を知らせるべき
スバルの身内なのだが、そういうことはギンガの口から出た名前によって頭から消えた。
 敵の、ピポスバルの手には例の「はずかしいしゃしん」とやらがあるのだ。頼み込めばギンガは
黙ってくれるかもしれないが、もし万一誰かの地獄耳に入りでもしてみろ。確実に御注進である。
 事件をなのはやフェイトに知られ、そこに手が伸びようものなら、紛うことなくそれは死の罰を
意味するのだ。大袈裟でも何でもなく、主に砲撃的な意味で。

「ところで、スバルがどこにいるか知らない? 買って来てって頼まれてたものがあるんだけど」
「ひぇ!? さ、ささぁ、午後は訓練ないみたいだから、自室で休んでると思います、なのっ!」

 そんなふうに考えまごついているうちに出遅れて、シャリオは「逃げる」という選択肢を失って
しまった。
 そしてこんなときに限って、尋ねられたのはよりによってスバルの居場所である。ツイてないと
しか言いようがない。シャリオは必死に誤魔化しを試みた。

「でも、そう思って行ってみたけど、スバルもティアナもいなくて。きっとあの子のことだから、
 訓練スペースか森で自主トレしてるかもって。どうかな?」
「くくくく訓練スペースにはいないと思います、なの! たぶん森、そう森の中なのっ! いまは
 たぶんスバルも集中してるから、わたしが預かって渡しておきますなのっ!」
「そ、そう? あ、でもそういえば今、森は蜂の巣駆除中で入れないとかなんとか」
(あああ駄目だ喋れば喋るほどボロがボロがっ、ていうか何それ! ハチさんのばかばかばか!!)

 生まれてこの方、これほどテンパったことがあるだろうか。
 生まれてこの方、これほど節足動物を恨んだことがあるだろうか。
 あるわけがない。特にハチの方は。
 しかしとにかく、シャリオは超必死だった。かつてないほど必死だった。
 その気迫の結果か、神が彼女に微笑んだのか。

「じゃ、じゃあ、これ、お願いするね。確かに、今会いに行ったら邪魔になっちゃうだろうし」

 ギンガは口を開くのを止め、なんと手にしていた包みを渡してくれたのだ。
 助かった! 受け取りながらシャリオは思う。これで何とかなった。後は立ち去ってスネークを
呼んでくるだけだ。生き残った!
 が。

「……えっと、シャーリー?」
「ひゃいっ! な、な、何でしょうか、なのっ」
「それで、どうしたの? さっきからその、『なの』って」
「あ」

 いかん。

「こっ、こここれはそのっ、えと……い、今の機動六課での流行、最先端のしゃべり方なの!」
「……りゅ、流行?」
「ほほほホントなの、ホントにホントなのっ!」

 口をついて出た言葉。一見すれば大嘘っぽいが、実際嘘八百である。

「そ、そうなんだ……」
「そうなんです、なのっ! 嘘偽りなく超本当なのっ! あまりの愛くるしさにスイーツ(笑)が
 泣いて謝るくらい、オフィス内なのなの口調禁止令が出ちゃうくらいとんでもない代物なのっ!」
「……え? じゃあ今、その喋り方はマズいんじゃ……」
「あ、そ、それはそのあうあうぁぅぁっ」

 隠し通せるかと思った途端に、なかなか素敵な墓穴である。

「でも……確かに、ちょっと可愛い……かも?」
「で、でしょっ、なの! それはもう可愛いって評判なのっ! 何か何ていうかとにかくっ」
「な、なるほど……でも、世の中何が流行るかわからないって言うし。知らなかった……」

 しかしギンガは何とか納得したようで、機動六課メンバー奥深しと頷いてくれている。
 スバルの居所については頭から抜け落ちているようで、シャリオはやっと心の底から安堵した。
今回の事件がバレたら、自分もそうだが間違いなくスバルにも迷惑がかかるだろうし。
 それにもし根掘り葉掘り問われていたら、それを誰かに聞かれていたらと思うとオモシロすぎて
笑えない。まさに寿命が縮まる思いだった。もちろん星光崩壊的な意味で。

「じゃ、じゃあ、私は急ぎますのでこれで、なのっ!」
「あ……ちょ、ちょっと待って」

 待ちたくないです。
 とは言えないので、はやる思いを抑えて踏みとどまる。
 回しかけた首をギンガに向け直すと、スバルに比べて大人っぽい印象の彼女にしてはめずらしく、
もじもじとした仕草でシャリオの方を見つめていた。
 少し待つと、ひとつ深呼吸。
 そうした後で、まるで何かを決心したかのように前を向き言った。

「その、私もどうかな、って思って……な、な、なの」

 シャリオは固まった。

「………………へ?」
「……な、なにもそんなに呆けなくたって……そんなに似合ってないかな……な、の」
「あ、いや、そういうわけじゃ……なの」

 唖然として石化していると、似合っていないと勘違いしたのか顔面を真っ赤にして俯くギンガ。
 流行とか最先端とか、超絶可愛いとかいうのを、どうやら本気にしてしまったらしい。説得され
たとかそういうレベルではなく、どこから見ても完璧に信じきっている。
 いったいなんだ。なんなんだこの流れ。

「う。意外と、難しいな……なの。もうちょっと自然に、なの。こ、こうかな、なのっ」

 そうこうしているうちに、「なのなの口調」を頑張ってマスターしようとするギンガ。その様は
なんというか一生懸命で、見ていてどこか微笑ましい。
 シャリオは思った。ギンガさん、なんかめちゃくちゃおもしろい。

「もっとすらすら言うといいの。無意識で言えるように、何度も練習するといいです、なのっ!」
「そ、そっか、なの……ねぇシャーリー、自然に言えるまでどのくらいかかったの?」
「まるまる1ヶ月もかかったの! それはもう超絶凄まじい艱難辛苦の連続でっ」

 いつか悪い男にでもコロっと騙されるんじゃなかろうかと思いながら、つい調子に乗ってしまう
シャリオだった。





「……大佐。確かこの任務、緊急じゃなかったのか?」
『そんな筈は……シャリオ君も、確かに切羽詰っていたんだが……』

 そして放置され、無線でキャンベルに問いかけるスネーク。
 ティアナのもとに増援が届くには、まだ少し時間がかかるようであった。



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