「あいつら、訓練スペースで何を……?」

 機動六課オフィスを抜け、アスファルトをひた走るティアナが、ふと呟いた。
 あいつらとはもちろん、ピポスバルたちのこと。
 シャリオに「なのなのこうせん」を撃ちやがった挙句に逃走し、集団で訓練施設に立てこもった
あのやろうどもである。

『今のところ動きはない、なの。けど……』
「……良からぬことを企んでる、っていうのは確かですね」

 目的が分からない。
 いやまぁ確かに「スパゲティー100おくさら」という要求はあるが、実現するのはほぼ不可能
だと思うのだ。
 無理を言って困らせたいのならともかくとして、物理的な意味でどうしようもないのではないか?
 それにむしろ、本気で百億皿のスパゲティーをゲットしようとするのなら、むしろあのまま六課
オフィスにいた方がいいような気がする。
 事態が外に漏れたらマズいのは機動六課のみであり、ピポスバルどもに害はないのだから交渉の
良い材料にもなろう。
 全員が一か所に固まって、わざわざティアナの襲撃を待っている――というこの状況に持ち込む
意図を、ティアナもシャリオもはかりかねていた。

「それに頭が回らないドアホってことでしょうか」
『たぶん、なの』

 そんな訳で、とりあえずつけておいた結論は身も蓋もないものであった。

「ところで、シャーリーさん」
『はいなー、なの』
「その、『助っ人』って……どういう人なんですか?」

 そういえばといった様子で、通信の向こう側のシャリオにティアナが尋ねる。
 キッチンに向かう前、デバイス実験スペースから出発する前に、シャリオが呼んだとティアナに
言った「助っ人」は、まだ到着していないようだった。
 シャリオが言った時は、残されたフォワードメンバー、エリオとキャロのいずれかを呼んだ様な
口振りではなかった。
 そうなると残るは機動六課以外の者ということになるが……。

「……ギンガさん」

 何度か会ったことのある、スバルの実姉の名前。スバルについてティアナと同等、あるいはそれ
以上の知識を持つ存在。
 最近機動六課に出向するという噂も聞いていた。
 助っ人としてこれ以上の存在はいるまい。

『ううん、違うの』

 しかしモニターの中のシャリオは、首をちいさく横に振る。
 半ば確信を持って問うただけあって、ティアナはえっ、と声を出した。違うのか? なら誰を?

『以前起こったピポヘルの事件の解決に尽力した人なの。別の次元世界で静養中だったんだけど』
「それで、ですか」
『うんっ! 魔導師じゃないけど、とっても頼りになるのっ!』

 その人のことを思い出したのか、元気になっていくシャリオ。
 魔導師でないというのは驚きだが、この様子からすると本当に頼りになるのだろう。
 なるほど、とティアナは思った。訳の分からない「ピポヘル」なるアイテムが絡んでいるのだ。
その手の経験が有る者なら、有効な対策を知っているかもしれない。

「その人の情報、貰えますか」
『口頭になるけど……』

 それでいいかと問われ、ティアナは走りながら頷いた。

『通称『不可能を可能にする男』。どんなミッションでも生還するエージェント、抜群の隠密力を
持つ人なの』
「隠密……ですか」
『うん。そういう点で、スタイルはティアナに似てるかもしれないの』

 隠密と聞いて、ティアナはぴくんと反応した。
 魔導師でないというのにそれだけの腕を持ち、過去のピポヘル事件の解決に貢献した男。
 しかもシャリオが手放しで称賛する、自分と同種の隠密能力の保持者。
 ティアナの中で、好奇心が首をもたげてきた。どんな人なのだろうか。
 ただ以前であったらしょっぱなからライバル意識まで至ったかもしれないが、単に「肩を並べる、
同類の者」として興味を持つだけにとどまったのは、精神的に成長したからであろうか。

『あとね、あとね……うん、そう! リイン曹長にも似てるかもっ』

 そんなティアナの様子を見てとって、シャリオは小さく笑みを浮かべて言った。
 マズった、顔に出てたかと、何となく気恥ずかしくなるティアナ。
 でもやはり気になるので、ややぶっきらぼうに問い返した。

「明るい人なんですか」
『ううん、おもに箱住まい的な意味でなの』
「…………は?」
『……あっ、な、何でもないの、忘れていいよっ、なのっ! あは、あはははっ』

 小首を傾げるティアナだった。



 魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
 スバゲッチュ   第二話「風雲! スバル城」 Cパート



「ピポヘルとは、また……」

 一時は休暇中の緊急召喚に対し応答を渋ったものの、特殊強化段ボールが景品と聞きつけて光の
勢いで駆け付けた最強のエージェント、ソリッド・スネークがぽつりとつぶやいた。
 呼びつけた張本人、ロイ・キャンベル大佐に資料として渡された写真……その中に映る真っ白な
ピポヘルを見つめる目は、何かを懐かしむような、どこかやわらかい光を湛えている。
 ピポヘル。知恵を与えるもの。
 忘れられない戦士との出会いを、彼にもたらしてくれたもの。

「ピポ・スネークは、今頃どうしているだろうか」

 不精髭を生やした精悍なつくりの顔を上げて、スネークは一人ごちた。かつてメサルギア事件で
共に闘い、短い間だったが誰よりも認め合った、「もうひとりのスネーク」を思い出して。
 最新型兵器・メサルギアを奪取したピポサル兵が立てこもり実現不可能な量のバナナを要求し、
実現できなかった場合は地球全域に「ナマケモノ砲」を発射するという恐るべき脅迫文を発表した、
地球上の全人類の命運が揺れたあの事件――メサルギア事件。
 事件を解決するために敵本拠地に潜り込んだスネークのもとに送られた、一匹の勇敢なピポサル。
それが、ピポ・スネークだった。
 共に戦場を駆け、互いに勇気と知恵を認め合った戦士の面影を、スネークは一枚の写真の中に、
白いピポヘルの向こう側に思い出していた。

「ストーンヘッド、いや、ハカセか。今は彼のラボで、用心棒をやっているらしい」
「そうか――元気にしているのか。何よりだ」
「子供たちにも大評判だそうだぞ。ワニキャップ姿が愛らしい、とな」

 キャンベルが笑い、スネークも口元に小さく笑みを浮かべた。時が経てば経つほど、何もかもが
いい思い出になる。
 不思議なものだ。思い出とは。

「要するにピポヘルが暴走、魔導師が小型化し分裂。その暴走体を『ゲッチュ!』するわけだな」
「話が早くて助かる。その通り、『ゲッチュ!』だ。幸いゲットアミが使えるようだから、現地で
君も受けとるといい」
「そいつはありがたい。一度本物の『ゲッチュ!』をやってみたかったんだ」
「メサルギアの一件では故障していて、『ゲッチュ!』もままならなかったからな」

 しかし感傷に浸るのを程々に切り上げ、早速任務の話にはいるところは、戦場に親しんだ人間の
なせる業。
 大の大人が『ゲッチュ!』を連呼している様はなんとも可笑しいような気もするが、当人たちは
至って真剣そのものであるから気にしてはいけない。

「武器その他を含めて、サポートはシャリオ君が手配するそうだ。任務報酬は強化特殊段ボール、
あとは先方で旨い食事だな」
「武器も? ……そうか、銃が使えないのか」

 質量兵器と言ってな、とキャンベル大佐が付け加える。
 それを聞きながらホルスターから拳銃を引き抜くスネークは、静かに、不敵に微笑した。

「……いいハンデだ」

 メサルギア事件では不覚を取った、ピポヘルの暴走体。
 今度は、負けない。

「時間だ。転送までは付き添おう……健闘を祈るぞ、スネーク」
「ああ、ショウタイムだ――!」



 ピポスバルどもが立てこもった訓練施設に到着したティアナは、間抜けにもぽかんと口を開けた
放心の表情で、目の前に広がるその光景を見つめていた。

「……これは…………ナニ?」
『私に聞かないでほしいなの……』

 モニターの向こうがわのシャリオも眼前のその光景を意味不明のものとして捉えていたようで、
訳が分からないといった表情でティアナの問いに答えていた。
 訓練スペースにたどり着いたティアナを待っていたのは、その広大な敷地を埋め尽くすほどの、
あまりにも巨大な建造物であった。

「……お城のつもり?」

 そう、それは確かに城の様相を呈してはいた。しかし外観からして、明らかに無茶苦茶な。
 西洋の城を思わせる城壁が正方形に立ち並び、その四隅の塔の頂上にはスパゲッティの描かれた
旗が、ばたばたと風に靡いて音を立てている。
 その中央に聳え立つ「城」の本体は、ニッポンの城――かつてスバルが写真で見せた、スバルの
先祖が生きた世界の城を象った、瓦屋根の立派なものであった。ただしその色はカラフルで、本来
そこにあるべき荘厳さはどこにも見当たらない。
 青、白、赤に彩られたヘンテコなお城。
 その壁面にも、スパゲッティやらローラースケート(マッハキャリバー?)やらハチマキやらの拙い
落書きが、至る所に塗り散らかされている。

『どうやらピポスバルたちが、訓練場の施設データを、勝手にいじったみたいなの……』
「……センス悪ぅ」
「すごいでしょ、すっごいでしょっ!」

 愚痴のように小さくつぶやくティアナの足元で、あのこんちくしょうの声がした。

「あのね、あのね、この『スバルじょー』はねっ」
「……ゲッチュ!」
「えっ、まって、まだ、そんにゃあぁぁぁっ!」

 お前うるせぇとばかりに網を振るうティアナだった。捕まる方がアホなのだ。

「ティア、ティアのばかーっ!」
「ティアのばか、ひとでなしー!」
「おにーっ!」
「あくまーっ!」

 一匹のピポスバルを、説明させる間もなく捕獲・転送したのに対し、城の中にいるらしい無数の
ピポスバル達はかなりお怒りのご様子であった。拡声器でも使っているのだろうか、機械を介した
大きな声で、口々に文句を言っている。めちゃんこうるせぇ。

「でもそんなの」
『かんけーねぇ、なの』

 何気に息の合った二人であった。

「この中に、全員が立てこもっているんですね?」
『うん、そうみたいなの……あ』

 双銃デバイス・クロスミラージュを構え直し、背中にゲットアミを差すティアナ。
 その背に向かってシャリオは、何かに気づいたかように声を上げた。

「どうしました?」
『助っ人さんが、そろそろミッドに到着するの。迎えに行ってくるから……えと』
「……了解。サポートはしばらく大丈夫ですから、さっさと連れてきちゃってください」
『ありがと、行ってくるなのっ!』

 そう言い残し、シャリオの通信ウインドウがぷつんと途切れた。
 ふうと大きく息を吐いて、ティアナは「スバル城」を正面に見据え、呟いた。

「覚悟しなさい、スバル。全員とっちめてやるんだから」



 こうして、ピポスバルたちの意図がつかめぬまま、戦場はスバル城へと移された。
 残るピポスバル、95匹。



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