機動六課オフィス内、職員用食堂のキッチンにティアナはいた。
 通路内をとてつもない速度で疾走していく「小さな影」の向かう方向を、行く先々の職員たちか
ら聞き付け、シャリオが全てを分析した結果であった。いくつか見えたそれらのうち、少数が固ま
ってその方に走って行ったらしい。
 影の正体はピポスバルどもだと、そうシャリオとティアナが確信するのは早かった。
 幸いなのはそれら「影」の走りがあまりにも速すぎたためか、通りすぎるその姿がスバルである
と知れていないということであった。確認するようだが機動六課はロストロギア関係の事件を迅速
に処理する少数精鋭。そんな部隊の中で、ロストロギアとまではいかないものの、異世界の物品が
暴走したなどと知れたら大不祥事である。
 たとえそれが不運な事故だったとしても、世間様はそんなこと知ったこっちゃないのである。と
にかく早くピポスバルどもを捕まえないとマズい。

『キッチン内に四体いるの……ティアナ、気を付けてなのっ!』
「……了解っ」

 そこに響くのは、通信で入ってくるシャリオの声だ。正直言って脱力感が満載だが、そんなわけ
で一応は任務である。返事も一応はちゃんと返した。
 ちなみになのはとフェイトには、この一件はまだ伝えていない。
 ティアナは通信をしようとしたのだが、鬼気迫る表情のシャリオに止められたのである。「はず
かしいしゃしん」とやらを捨てずに保持していた彼女にとって、事情を説明することは例えるなら、
死刑の判決文を自分で読み上げる事に他ならない。
 ティアナも一応、それを呑んだ。スバルどもが提示した「なのはさん禁止」の指定を無視した場
合、宣言通りそれらが世界中にばらまかれることを懸念してのことであった。上官の名誉を失墜さ
せるわけにはいかない。

「……ところで、料理長はどうしたんですか? あの人が厨房に人を入れるなんて、想像がつかな
いんですけど」

 ふと思いが至ってティアナは尋ねた。今ティアナが立つキッチンには、誰の姿もなかったから。
 食事の質というものは組織全体のモチベーションにモロに影響する。そのことを考慮してはやて
が整備した機動六課の職員用食堂は、他のそれよりもかなり上質の料理を提供するものに仕上がっ
ている。
 それを率いているのがとある若きイタリア料理人なのだが、彼は厨房に人が入り込むのを極端に
嫌う人間であった。ハイレベルな料理人となると、その厨房は彼らの命とも言うべき機密の宝庫な
のだから当然である。それがこうも無防備に、厨房を開放してしまっているのが疑問だったのだ。

『そっ、それが……』

 言葉から勢いが失せていく、シャリオの通信。
 しかしそれを遮って、大きな声がティアナの耳に飛び込んできた。





『冗談じゃありませンッ!』





 途端に、どったんばったんと向こう側が慌ただしくなる。

『あっ……おっ、落ち着いて下さいなのっ、今ティアナが駆除しに向かってるなのっ!』
『キッチンにネズミが入るなど言語道断ッ!! 離しなサイ、手を離しなサイッ!!』
『は、早く、お願いティアナ……ハッ! そ、そのセッケンで何を……』
『キッチンではッ! セッケンを使いなサイッ!』
『そ、それは私じゃな……うむっ、もぷぅうぅっ! ――』



 ――それを最後に、通信は途切れてしまった。
 状況はよく分からないが、その料理長を何とかおびき出してだまくらかして、引き留めているら
しい。とりあえずシャリオが、なんだかとても大変な目にあっているのだけはわかった。

「……さて、じっくり探しましょっか」

 だが早く探し出して、助けてやろうという考えは微塵もないティアナだった。



 魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
 スバゲッチュ   第二話「風雲! スバル城」 Aパート



「あーっ、ティアだーっ」
「えっ……あ、ティア、ティアーっ」

 そうして暫くキッチン内を歩いていると、ティアナの背後にひょっこりと小さな影が現れた。言
うまでもなく小さなピポスバルたちである。振り向いて確認すると、数は四。

「出たわね妖怪」
「ようかいじゃないよっ、ピポスバルだ……わっ! わわっ!」

 口応えされてイラっときたティアナが、クロスミラージュで小さな弾丸を足元にふたつ、みっつ
と叩き込んだ。

「ひっ、ひどいよティア、いきなりっ」
「うるせぇ黙れ」
「はっ、はい……」

 うつむいたティアナの周囲にあふれ出す、余りにも重厚なプレッシャーに、ちびスバルどもは一
瞬で口を閉じた。
 それを前にして、少女が静かに口を開く。

「……言ったわよね、私? シャーリーの言う事聞いて、大人しくしてなさいって……どうしちゃ
ったのかな……?」

 空気が緊張し、底冷えのする恐怖感がピポスバルたちを襲った。
 それはあの時、ティアナが上官にお仕置きをくらった時に感じたそれと、全く同じ種の――。

「ひ……ひぃんっ……」
「はわわっ……」

 その時の記憶がよみがえったのか、恐怖に震える唇から小さく言葉が漏れてくる。
 その小さなシルエットに、ティアナはクロスミラージュの銃口をゆっくりと向けた。

「言うこと聞くフリだけじゃ……意味ないでしょ? だから……」

 一拍置いて、宣告した。

「……その頭、冷やしてあげる」

 既に涙目になって震えていたピポスバルたちが、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。



「あっ、コラ! 出てきなさいこのバカ! 他の仲間の居場所、教えなさい!」

 呼びかけるも、小さなスバルたちは既に逃走した後であった。もはや聞こえてはいるまい。聞い
ていても恐らく止まることはないが。

「クソっ、拙いわね……キッチン内に隠れる場所はいくらでもあるし、簡単には……」
『おっ、お困りのようね、ティアナ、なのっ!』

 呟いたのにタイミングを合わせたように、シャリオから通信が入る。なんだかとても疲れている
様子。

「……料理長はどうしたんですか?」
『グリフィス君にお願いしてきたのっ!』

 ティアナはじっとりとした視線を注いだ。押し付けてきたんじゃねぇか鬼め。

『…………そっ、それはともかく、スバルたちを見つけるいい呪文があるのっ!』
「…………」
『う、ううっ、本当なのっ、信じてなのっ』

 信頼を失墜させたシャリオが、なんとか説得して呪文を伝えた。

「シャーリーさん……ホントに、これでいいんですか? 簡単すぎません?」
『大丈夫だよっ、きっと引っかかるはずっ……なのっ』

 聞き届けたティアナが、そのあまりの単純さに、半信半疑といった様子で尋ね返す。しかしシャ
リオはなんだかとても自信満々。
 すると、そこに再び割り込む声が。

『な、なにやってもむだだもーん』
『もーん』
『もーん』
『もーん』

 非常にムカついたので、ティアナは策を実行に移すことにした。
 要するに居場所が分かれば、弾丸を撃ち込んで周囲ごと動きを止めるだけなのである。バリアジ
ャケットは展開されていたはずだから、物理衝撃で致命的な怪我を負う事はあるまい。
 サーチしてクロスミラージュの魔力弾を適当に打ち込めば、気は失わずとも行動の自由は奪える。
要するに一瞬だけでもいい、場所が知れればよいのだ。そしてシャリオのくれた呪文は、それを可
能にするらしい。
 ティアナはゆっくり息を吸い込み、シャリオが言った魔法の言葉を、厨房に響かせた。







「こなぁ――――――……」







「ゆきいいいいいいいいー」
「ゆきいいいいいいいいー」
「ゆきいいいいいいいいー」
「ねぇ」

 クロスミラージュの銃口を向けて、ティアナは思った。こいつらアホだ。



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