(検査は……というかあのチビたち、大人しくしてるかしら)

とスバルの体を心配するのが半分、面倒見のいいお姉さん気分が半分といった感じで、シャマルか
ら消毒と絆創膏の処置を受け部屋へ様子を見に戻ってきたティアナ。彼女はしかし、部屋の中に足
を踏み入れて直ぐに異変に気付いた。
 室内は明らかに異常な様相を呈していた。
 まず明白に、視覚的に酷い有り様である。机の上には小さなローラー、おそらくマッハキャリバ
ーのホイール、の痕が縦横無尽に走り、デスクに付属している椅子があちこちでひっくり返っている。
 どうみてもあの小さなスバルたちが暴れまわった痕跡としか考えられない。あれだけ元気がよか
ったちび人間のことだ、これくらいのエネルギーはあるにちがいない。
 さらに言うと、あれほど沢山いたはずのミニチュアスバルたちが、文字通り影も形も見当たらな
いのである。
 それも根こそぎ、まさに一人残らずだ。どうやら自分の言うことを聞き入れ、大人しくすると言
ったのは嘘であり、シャリオに協力する気は毛頭なかったらしい。自分の言葉など、毛程にしか思
わなかったのだろう。
 ティアナはひどい裏切りをされた気分になった。
 ふつふつと何か、熱い何かがわいてくる。

「あの馬鹿ども……ッ」

 震える拳を握りしめて呟く。声からは怒りの感情が、溢れんばかりに滲み出ていた。去り際自分
に向けてきた心配げな顔に、小さな妹ができたがごとき可愛らしさを感じたのは、すでにもう頭の
中から吹っ飛んでいる。
 騙されたのだ。要するに考えが甘かった。どんな姿であろうと、スバルはスバルだったのだ。自
分を振り回し引っ張り回す、アイツはいつだってスバルなのだ。

「……うぅ」
「……! シャーリーさんはっ」

 ゼッタイユルサンと心を固めたティアナは、呻き声を聞いた気がして、はっと辺りを見回した。
そうだった。ここにはちびスバル以外に、目付役のシャリオがいたはず。
 右を見、左を探し――いた。うずくまったシャリオの、制服の袖がデスクの陰から覗いていた。

「シャーリーさんッ! 大丈夫ですか!?」

 立って姿を見せないこと、聞こえた声がうめくような、くぐもったそれであったことに、ティア
ナは慌ててデスクを飛び越し駆け寄った。よもやピポスバルたちをおさえようとして、危害を加え
られたりはしていないか。
 やはりしゃがみこみうずくまっていたシャリオ。しかしその制服に傷も埃も、マッハキャリバー
のローラーの痕跡も無く、ティアナはひとつ安堵の息を吐いた。外傷はないようだ。
 しかしシャリオの様子がおかしいのは変わりがなく、あの小人どもに何かされた可能性はかなり
高い。「大丈夫ですか」や「何があったんですか」と問いながら手をとり肩を貸し、近くにある無
事だった椅子にとりあえず座らせた。
 するとシャリオは、切羽詰まった表情でこう言う。




「ティアナ……ティアナっ、もって、持っていかれちゃった、なのっ!」




「…………『なの』?」



 魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
 スバゲッチュ   第一話「スバルの出来心」 Cパート



 不意に、機械音がひとつ。ティアナが振り返ると、そこには独りでに開いたモニターが。

『やっほー、ティアーっ』
『ティア、ティア、みてる?』
「……説明しなさい。何をどうしたのか」

 中にはやはりと言うべきかなんと言うべきか、あのチビどもであった。
 それに向かって心もち額に血管マークを三つくらい浮かべ、ティアナは静かに厳かに問う。先程
かわいく思った面々を、今は虫くらいなら視線だけでぶっ殺せるというレベルのにらみつけである。
 まだ事の真相を言わないシャリオはというと、その姿を見つけるなり「スバル! お願い、返し
てっ、おねがいっ! なのっ!」と、やっぱり妙な口調で繰り返しながら、モニターにかじりつき
はじめていた。何か重要なものを、おそらくは持っていかれたのだろうと勝手に推測する。そのヘ
ンな語尾も、ひょっとしたらそこに起因するのか。
 いずれにせよ、シャリオに迷惑をかけて自分の言う事を(嘘まで吐いて)聞かなかったのは事実。

「なに持ってったか知らないけど、さっさと返して部屋を掃除した方が……身のためよ」

 クロスミラージュをぎりり、と音を立てて握りしめてティアナは言った。怒りを内包しにじませ
た、おどろおどろしいプレッシャーがそこに在った。
 その迫力と恐ろしさに、モニターの向こうで騒いでいた小さなスバルたちが水を打ったかのよう
に静まり返る。かと思うと、幾人かが慌ててあたふたと動き出した。ペースに飲まれる、まずいと
でも思ったのだろうか。
 一人が急いで走って行って、どこからともなく小さな紙を持ってくる。表面に文字が書かれてい
るようだ。モニターの向こうが何処かは分からないが、黒い文字列がうっすら光に透けて見える。
 そしてティアナの射抜くような視線の矢にたじろぎながらも、ちいさなスバルの一人がそれを読
み上げた。

『わ、わ、われわれは、24じかんいないに、スパゲティ100おくさらをよーきゅーする!』
「……へぇ」

 呆れを交えた目で見る。

『ほ、ほんと、ほんとうだよっ! うそじゃないもん!』
「……」
『ひっ』

 一蹴されたちびスバルのひとりは、ぎろりと鋭い眼光を受けてへたりこんだ。よほど怖かったの
だろうか、眉がハの字に下がる。

『ひっ……ひっく』

 めそめそと泣きべそをかく。

『ああっ、だいじょうぶ?』
『ほんと、ほんとう、だもんっ、ほんとう、ひ、ひっ、ひえぇぇぇぇんっ』

 しだいに目尻から大粒の水滴が浮かんできて、恐怖のあまりかびいびいと泣き出した。まわりか
らわらわらとチビどもが寄ってきて慰めはじめる。
 少々の罪悪感。しかし同情は許されない。ティアナは抑え込み、怒りのそれとわかる声で告げた。
くだらないことを言ってる暇があったらさっさと戻ってこい。
 だが残りのちびスバルたち、なんだかまだめげていない様子。
 手にした紙を目で追う一人。それをまわりから覗き込むのが多数。そのうち何やら一生懸命な声
が、モニターの向こう側から届いてきた。泣きだした一人も立ち直って、その輪に加わっていく。

『え、えと、えーと、きょひ、した、ばあい……これ、なんてよむの?』
『ぐずっ……ん? え……きんよかい?』
『えっと、ちょんちょんがないから……ぜん、じゃない?』
『そうそう! ぜん……よかい。あれ?』
『『よ』じゃなくて、『せ』だよきっとっ』
『おおーっ!』

 ティアナは思わず怒りを忘れ、涙をぬぐった。憐みの涙であった。

『んと、ぜん、せかいのにんげんに、しゃーりーさんとくせいの、『なのなのこうせん』をはっし
ゃします!』

 それを聞くと、何やらシャリオのほうから慌てたような声がする。
 見ると、「それは、それだけはっ」とスバルたちに向かって呼びかけている。持って行かれたと
いうのは、おそらくその発生装置か何かか。
 それにしても、とんでもない焦り方だ。それほど恐ろしいものなのか?

「駄目ッ! そんなものを使ったら、世界中がとんでもないことになるのっ」
「しゃ、シャーリーさん、そんなに危険なものなんですか?」

 あまりの言葉に驚いて尋ねる。シャリオはそれはもうと言わんばかりに首をブンブン縦に振った。
余程まずいコトが起こるらしい。

「あれは危険なのっ、あれを受けると私みたいになっちゃうのっ」
「……は?」

 目が点になる。追って説明するように、スバルの自慢げな声が届いた。

『そうなんだよっ! ぜんせかいのにんげんが、せりふのさいごに『なの』をつけてしまう、『なの
なのくちょう』になっちゃうのっ!』

 ティアナは思った。超くだらねぇ。

「あー、はいはい勝手にすれば」

 ティアナはそう言って、通信機モニターのスイッチに手を伸ばす。はっきり言ってもうどうでも
いい。

『ああっ、だめ、きらないでっ!』
『だ、だめだってば、ティアのばかーっ!』
『ばかーっ!』
『ばかーっ!』

 が、しかしスイッチを押すことは叶わなかった。察知した無数のちびスバルたちの顔が、猛烈な
勢いで画面いっぱいに殺到してぎゃーぎゃー騒いだからだ。ものすっごいうるせぇ。

「バカはアンタ。ガキの遊びに付き合ってる暇はないの。検査するからさっさと戻って来なさい」
『うーっ、いいもんいいもん! ティアがこなかったら、なのはさんとフェイトさんのはずかしい
しゃしん、ばらまいちゃうもん!』
『いいもーんだ』
『いいもーんだ』

 スバルたちは口々に告げた。なんだかとてもムカついたティアナである。

「またそんなホラ吹いて……あれ、シャーリーさん。どうしたんですか?」

 気づいたティアナが、シャリオを呼んだ。その両肩が、大きくびくりと跳ね上がる。
 不審に思って顔を覗き込んでみるも、気まずそうに目を背けられる。

「……」

 逆から覗いてみる。やはり視線をそらされる。

(まさか……)

 しばらくじっと見つめると、シャリオはおそるおそる目を上げ、苦しげに笑顔を作ってこう言った。



「……てへ、なの」



 胸倉をつかみ上げた。



「なんで持ってたんですかッ!」
「だ、男子職員の端末から押収した、……なの」
「なんで捨てなかったんですかッ!」
「な、なんとなく、もったいなかったからなの」
「命とどっちが大事ですかッ!!」
「そ、そりゃなのはさん怖いけどほら、えと……ご、ごめんなさいなのっ!」
「あああああああああああもおおおおおおおおおおっ!」



「……覚悟しときなさいよ……全員捕まえて、思いっきり拳骨お見舞いしてあげるんだから」

 そんなわけでティアナは結局、スバルたちを捕獲することになった。
 なのはたちに援軍を呼ぼうにも、「恥ずかしい写真」の所持を知られたくないシャリオにそれは
止められた。そのため単独での出撃が決定したのである。シャリオの自業自得と一蹴してもよかっ
たが、一度強力に頭を冷やされている身としてはいくらなんでも――と思ったが故の譲歩であった。
あの時は教導上の話だったから気絶程度で済んだが、今回のそれが全く個人的な話であることを考
えると、頭を冷やすだけでは済まないかもしれない。
 それに何やらちびスバルたちも、

『なのはさんよんじゃだめだからね!』
『ぜったいだからね! やくそくだからねっ』

という風に繰り返し、隊長達の介入をひどく嫌がっている様子であった。ティアナと同じ命運を辿
ることを恐れたからか、それとも別の理由でティアナだけの追撃を希望しているのか。要求を呑ん
でやる必要はなかったが、しかし全世界の人間がなのなの口調になってしまっては困る。らしい。
 それにしても変な念の入れかただが、とにかく一刻も早く捕まえなければならない。スバルが元
に戻るかどうかはもう二の次である。

「……こんな虫取り網で、本当に何とかなるんですか」

 とりあえず、スバル達の一部が訓練スペース付近に逃げ込んだらしいことが今のところ分かって
いる。そこに向けてとっとと出陣しようとしたティアナであったが。
 その手に渡されたのは一本の虫取り網であった。

「大丈夫なの。それはゲットアミっていって、捕獲と転送を兼ねたスグレモノ……うぅっ、そん
な目で見ないでなのっ……」

 懐疑心から目を向けると、シャリオがしおれた。なんだかとても小さく見えた。

「……じゃあ、サポートお願いします。一人では限界があると思いますけど」
「……仕方ない、なの。助っ人を呼ぶの」

 単独出撃を控えたティアナに、シャリオはちいさく呟いた。振り返り、尋ね返す。

「助っ人?」

 ティアナには当然、思い当たる節は無い。
 しかしながら、なんだかシャリオは自信ありげの様子であった。確かに一人であの大量のスバルをとらえる
のはキビシイ。ここはお願いした方がいいであろう。

「……じゃあ、お願いします」
「後から合流させるから、先行をお願いっ、……なの」
「……あの、その口調、気が抜けるんですけど」
「うぅ、あんなもの作るんじゃなかったなの……」

 覇気を込めたつもりのシャリオ。しかし、なんだか締まらなかった。



 どこかの世界の、ある国の、ちょうど暑い夏の日の事。
 とある施設のおおきな部屋で、受信を告げる無線機がひとつ。

「私だ。キャンベルだ……おお、君か! 久しぶりだな!」
「いやいや、メサルギアの件ではむしろこちらが世話になった。あの特殊段ボールはあいつにも大
好評だったぞ。頑丈でどう扱っても壊れないとな」
「ん? あいつがどこに行ったか? 今は長期休暇中だ。近くには来ているが……どうした慌てて。
何かあったのか?」
「なんと! ピポヘルをかぶった魔導師が分身! ……白い悪魔? お仕置き? む、それは
ともかく、助っ人だな?」
「……そうだな。製作者に是非一目と言っていたから、君の頼みなら聞くと思うぞ。やってみよう」
「渋ったら賞品を付けるがいいか? 分かった、ではそちらに送ろう。2時間もかからんだろう」



 どこかの世界の、ある国の、ちょうど暑い夏の日の事。
 とあるホテルのちいさな部屋で、受信を告げる無線機がひとつ。

「大佐……折角の休暇だ」
『何、危険は皆無だ。捕獲任務だからな』
「勘弁してくれ……そういうのは専門家がいるだろう」
『そう言うな。捕獲対象はなかなかの美女だぞ。年下だがな』
「……いや、だが」
『要人ではない。ついでに言えば、そうだな。あの特殊強化段ボールを覚えているか?』
「ああ……あれはいいものだ。銃弾まで弾くのに手触りはそのまま、まさに最高傑作だった……それが?」
『その製作者の依頼でな。賞品にあと2、3個は作ってくれるそう……どうしたスネーク?』
「――――」
『スネーク? スネーク! ……無線も切らずに離れたな、あいつめ』



 はるか彼方の世界の、百戦錬磨のエージェントをも巻き込んで。



 ながい戦いがはじまる。



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