「ねえねえティア、おなかへったー」

 シャリオが頻繁に使用し、ほぼ彼女専用の場所ともなりつつあるデバイス開発用実験スペース。
 ただ開発以外にデバイスの修理や調整、果てはデータの打ち込みなどをも行うため、彼女以外の
職員も頻繁に利用している一室である。機動六課オフィス内でもデスクが多い方で、六課のメカニ
ックたちが行き来し作業するため、かなりの広さを持つことで知られている。
 その広々とした一室で、先程から全く同じ声が響き続けていた。
 声の向かう先はティアナ、主は大勢の小さな影たち。数は……少なくとも五十は居るだろうか。
ティアナの四分の一程度の背丈の影は、しかしよく見てみると幼児の格好ではなく、紛れもなくき
ちんとした少女の姿をしている。成長した姿をそのままに、サイズだけを縮小したような感じであ
ろうか。ただその目だけは、少々幼い。

「ティア、ティア、あそぼーよーっ」
「あのねティア、マッハキャリバーがさっきね、ティアー」
「ティアーっ」

 ティアナにまとわりついている、その無数の小さな人影の髪は、どれも同じ鮮やかな蒼。
 全く同じように、くるくるとよく動く大きな瞳。足に履いたマッハキャリバー、腕のリボルバー
ナックル。どういうわけか展開された、白を貴重とした身軽なバリアジャケット。
 そして頭の上に鎮座した。スバルが先ほどまで弄っていた白いヘルメットのような物体。
 おびただしい影はスバル・ナカジマその人であった。ただし縮小した、ミニチュアサイズの。

「ああああもう、黙れやかましい!」

 ティアナは怒鳴った。全く同じ声で次々と喋るちびスバルたち、はっきり言って超うっとうしい。
 反応して同時にうなだれるスバルの群れ。今のティアナは巨人ほどの大きさに見えるだけあって、
やはり迫力が違ったのだろうか。

「ティアにおこられたー……しょぼーん」
「しょぼーん」
「しょぼーん」
「しょぼーん」
「どやかましいっ!」

 余計うるさくなった。



 魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
 スバゲッチュ   第一話「スバルの出来心」 Bパート



「シャーリーさんっ、どうなってるんですか!」
「さ、さぁ……」
「さぁ……って! シャーリーさん!!」
「ちょっ、ティアナ、落ち着いてっ!」
「これが落ち着いていられますかッ!」

 それがスバルが勝手に備品をいじくった所為であり、それを止められなかった自分に責任を感じ
ていたことも忘れて、ティアナはシャリオに詰め寄った。その顔は鬼気迫る表情であった。
 唐突にミニチュア化して数を増やし、大群となったスバル。横目で見るとそのちびスバルたちは、
広いはずのデバイス開発室を所狭しと駆け回っていた。やかましいと叫んでも無駄だとティアナは
悟っていたため、もう何も言い出すことはなかったが。
 突然の異常事態に見舞われた親友は、精神まで少々幼くなっているようにティアナには感じられ
た。何人かは全く無邪気に笑いながら追いかけっこに興じているし、また何人かはデスクの上によ
じ登って、放置されていた工具を興味深そうに弄りまわしている。残りの一部はティアナの足に、
胴にしがみついていた。身をよじってティアナは逃れようとしていたものの、余程居心地がいいの
か一向に離れようとしないのでもう諦めている。
 「バカに磨きがかかった」とティアナは頭を抱えた。酷い言い草である。

「スバル、ちょっといい?」
「なんですかー、シャーリーさんっ」
「なーに?」
「なになにー?」
「……あー、うん。『そこの』スバル、ちょっと来てくれない?」

 シャリオが手招きして呼ぶと、同じ顔が一斉に振り向いて口々に喋り出した。顔の表情が豊かだ
からある程度はマシだが、はっきり言って不気味だし何よりうるさい。
 騒々しさに反応したティアナが再び怒号を響かせる前に、シャリオはピポスバルの一人に手招き
をする。そうして寄ってきた小さなスバルをひょいと抱き上げてデスクに載せると、ちょこんとし
ゃがみこんだ彼女の頭の上、すっぽりかぶったヘルメットに手を添えた。

「これは本当は、被った人に知恵を与えるものなんだけど――ちょっと違うみたい」
「……ですね」

 ティアナは頷いた。デスクに座った小さなスバルは、真剣な顔をして視線を向けるティアナとシ
ャリオを、きょとんとした眼で見るだけ。どう考えても「知恵」や「知識」を得たとは思えない。

「私がお世話になった人、ハカセからお借りしてたんだけどね」
「博士?」

 妙なニュアンスに違和感を抱いて、ティアナは聞き返す。だがシャリオはそれを気にすることも
なく、スバルの頭の上の白いヘルメットを見つめて、こう言った。

「ピポヘルっていうんだ、これ」

 深刻な中にも、どこか懐かしむような気配を視線の中に感じ取るティアナ。どうやらマジックア
イテムである以上に、思い出の品でもあるらしい。
 「どうしたんですか?」ティアナが訊ね、シャリオは語りだす。以前いろいろ教えを授けてくれ
たその人が、このヘルメットらしき物体の発明者なのだ、と。
 昔、ある生物が誤ってそれを身に着けてしまい、邪悪な心を持ってしまったがために事件に発展
したことがあるのだという。「その時ちょうど、ハカセのお世話になっててね」シャリオは言った。
親交深かったその「ハカセ」という人物がその事件の解決に取り組んでいて、その時何やら、いろ
いろと発明の手伝いをしていたのだとか。

「もう封印したし、大丈夫なはずだったのに」

 シャリオは続ける。事件が解決した後、研究用にとそのピポヘルを借りてきたのだと。デバイス
調整などの普段の作業の合間に、ちょこちょこと調査を進めていたのだと。回路は全て封印されて
おり、たとえ普通に魔力が通ったとしても、起動はしない状態になったのだと。

「となると……何か、変に魔力が流れた、としか思えないんだけどな……」
「あ、それなんですけど……マッハキャリバー、具合が悪かったんです。クロスミラージュも、さ
っきの訓練でちょっと」
「……あー……」

 困惑は消えないが、事情を掴んだシャリオは得心顔でスバルを見た。なるほど。魔力を通すデバ
イスの異常が、ピポヘルの機能に何らかの影響を及ぼしたのであろう。本来知恵を与えるはずの発
明品がスバルにこのような妙な効果を与えたのも、そう考えれば有り得ない話ではない。
 それを見るティアナは、申し訳なさでいっぱいになった。自分たちのデバイスの故障が、まさか
こんな事態を呼ぶことになるとは。

「すみません……私たちのせいで、こんなことに……」
「ううん。わたしも、ここにピポヘル放置してたし。スバルも、ごめんね?」
「んー?」
「なにー?」

 スバルは振り向いて首をかしげた。同じようにして、周りの他のスバルたちも目を向けている。
全く状況が分かっていないらしい。ティアナは思わず憤激しそうになり、そんな自分を抑え込む。

「とにかく、スバルたちを元に戻さなくちゃ!」
「できるんですか?」
「わかんないけど、ピポヘルは頭から外れると効果がなくなるの。全員から外せば、あるいは……」

 シャリオが奮起して言い、ティアナが問う。それに返し、二人してスバルの群れに目をやった。

「……でも何が起こるかわからないから、一応調べてからにしないとね」
「……ですね」

 シャリオはティアナの答えを聞き、ぱんぱんと手を叩いた。好き好きに部屋を走り遊んでいたち
びスバルたちが、動きを止めて目を向ける。

「はーい、スバルたち、いいかなーっ?」
「なーにーっ?」
「これからあなた達を元に戻すため、おねーさんたちが検査しまーす。協力してくれるかなー?」
「いいともー!」
「いいともー!」
「いいともー!」

 割と協力的なスバルたち。というよりも、何も考えていないというのがしっくりくるだろうか。
 ティアナは思った。本当に知力が落ちている。ピポヘルが本当に知恵をくれるのなら、この仕打
ちはあんまりではないか。

「さて。じゃあちょっと調べ……あれティアナ。左手擦りむいてるよ?」
「え? あ」

 言われて、驚いてティアナが見る。確かに、袖に隠れていた手の甲がうっすらと赤く擦れて、う
っすらと赤い斑点がにじんでいた。
 「さっきの訓練でやっちゃったんだ」ティアナは言いながら、渡されたティッシュでくっと手を
抑えた。先ほどの訓練ではバリアジャケットを装着していなかったが、そういう問題ではない。我
らが教導官高町なのはは、不必要に教え子に傷を負わせるような真似はしないものだ。おそらく集
中力不足だろう、確かに終盤はかなり疲労もたまっていたなと思いだす。
 と、その訓練着の裾が、くいと引っ張られた。
 見ると、ちいさなスバルが二人、心配そうにこちらを見上げている。周囲に目を向けると、他の
ちび人間たちも同様に、不安げな視線で見つめていた。うっと、ティアナは思わず出かけた言葉を
飲み込んだ。

「ティアー……」
「ティア、だいじょうぶ……?」
「……かすり傷だって言ってるでしょ。大丈夫よ、こんなの」

 弱弱しい声に対し、ぶっきらぼうにティアナは答えた。兄を失い家族を無くした彼女は、真っ直
ぐに向けられる情愛というものにあまり免疫が無いのだ。それゆえの反抗。
 だが決して悪い気はしない。なんだか小さな妹ができたようだと、ティアナは顔には出さず内心
で思った。これだけ大量の妹は、さすがに御免だけれども。

「でもバイ菌入るといけないから、シャマル先生の所に行ってこようか」

 ティアナはその言葉に、素直に従う事にした。確かにスバルの調査をするといっても、はっきり
言って「ピポヘル」とやらについて何も知らない自分には、できることなどほとんどない。
 手伝いくらいは必要かもしれないが、ちびスバルたちのあの協力的な姿勢を見ると、何だか大丈
夫なのではないかとティアナには思えた。しかし不安は残るので、念のために釘を刺す。

「いい? 私はちょっと出てるけど、絶対、ぜったい大人しくしてなさいよ? わかった?」

 気分はお姉さん。悪い気はしないものである。幼いスバルを見てきたギンガも、かつて自分に構
ってくれた兄も、ひょっとしてこんな気持ちだったのだろうか。
 シャリオがその様子を、何だか微笑ましげな眼で見つめていた。気づいたティアナは恥ずかしく
なって、語気を荒げ早口に続ける。

「聞いてるの? 返事は!」
「うん、わかったー」
「はいはーい」
「ちゃんとシャーリーさんの言う事聞くのよ! それと、『はい』は一回!」
「はーい!」

 背を向けて、開発室を後にしたティアナ。にこにこと緩んだシャリオの視線が背中に感じられ、
どこかむず痒さを感じながらの退室であった。

 一人のちびスバルがその背に向けた、ちいさなちいさな笑顔を、彼女たちは見ていない。
 小悪魔のような、悪戯を思いついた子供のような、それでいてどこか優しげな、表現するならそ
れは、そんな顔であったろう。



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