その日スバル・ナカジマとティアナ・ランスターは、肩を並べて機動六課のオフィスの廊下を歩いていた。
 手にはそれぞれ愛用のデバイス、マッハキャリバーとクロスミラージュが武装形態のまま握られ
ている。しかしその様子がどこかおかしかった。ローラースケートの車輪の接合部からは僅かに白
煙が上がり、小銃のグリップは普段は無い熱を帯びていた。

「まったく。瓦礫でコケた挙げ句、こっちに突っ込んでくるなんて…ドジなんだから」
「あはは…ごめんねティアナ、マッハキャリバーもクロスミラージュも」

 要するに、故障だった。
 対魔導師戦を想定したなのはとの模擬戦。ものの見事に避けられた突撃の代償である。
 とっさの事だったのでティアナも飛んでくるスバルを受け止められず、かろうじてデバイスを我が
身の盾にしてしまった。
 結果、スバルに返された機械音は「損傷軽微」の意であった。さすがにノープロブレムとはいか
なかったのである。
 そんなわけで訓練は一旦中断し、向かう先は機動六課メカニック・シャリオの部屋。シャーリー
の愛称で親しまれている、デバイスのそもそもの開発者だ。データや設計になのはやリインも関わ
ってはいるが、修理はやはり彼女以外いるまい。

「シャーリーさん、失礼します! …あれ?」

 目的地にたどり着き、ノックをして入室。しかしデスクには、誰もいなかった。
 きょろきょろと見回すも、人の気配はなかったのである。出払っているのだろうか。

「留守、かな?」
「みたいね。…あ、書き置き」
「『15分で戻りまーす』。じゃ、ちょっと待って…ん?」

 だがそこで、蒼い髪の少女は「それ」を目撃する。

「どうしたの、スバル」
「ティア、あれ何だろ?」
「?」

 ――もし、シャリオがあと5分早く、デスクに戻っていたら。
 スバルがそれを見つけることがなく、ティアナもまた気付かなかったら。
 きっとその事件は起こらなかっただろう。しかし、歴史にIFは存在しない。

「…ヘルメット?」

 これはとある少女が引き起こした、奇想天外な騒動の記録である。



 魔法少女リリカルなのはStrikerS外伝
 スバゲッチュ   第一話「スバルの出来心」 Aパート



「何だろ、ティア」
「あたしに分かるわけ無いでしょ。…でも、デバイスには見えないわね」

 一見、それはただのヘルメットだった。
 白塗りの土台の上に、ランプのような突起が乗ったヘルメット。無造作に机に置かれたそれには
何の文字も書かれておらず、単色で何とも味気のないデザインである。
 だが逆に、それゆえにスバルたちの興味を引く物体だった。
 こんなものが何でこの部屋にあるのだろうか、と。

「シャーリーさんの発明品かな?」

 デスクに身を乗り出してスバルが言う。
 この部屋にある以上確かに、何らかのマジックアイテムである可能性は高い。

「ちょっと、止めなさいよね」
「ううん、へーきへーき。魔力も何も感じないもん」
「それは、そうだけど…」

 さらに目を近づけるスバルに対し、たしなめるティアナの語気はやや弱めだった。
 確かに魔法の術式や魔力の流れといった、自分たちの知る魔導の気配を感じることはできない。
 確証はないが、普通のヘルメットということだって考えられるのだ。なのに口酸っぱく言うのは
アホらしいというものである。

(でも…)

 しかし、だ。
 用心に越したことはない。万が一もし、魔力が未知の技術で封じられていたら。
 ロストロギアに数多く関わっているわけではないが、中には魔導師の接近により目覚めるものも
あるという。そしてその大半は、覚醒させた魔導師に何らかの害を及ぼすものであるとも…
 そうなったら大変だ。まあ六課のオフィス内にぽいと置いてある以上まかりまちがってもそれは
無いとは思うが、そう、万万が一である。

「…スバル、行くわよ。外で待ちま」
「ティア、見て見て〜」
「ぶっ」

 思い至って言うが、しかし遅かった。
 嬉しそうなスバルの声に振り返ると、あのヘルメットはすっぽりきっちり、スバルの頭の上に鎮
座していたのである。

「ちょ、ちょっと、スバル!」
「あ。これ、軽いよ! 結構おっきいのに」
「早くはずしなさい! 何かあったらどうするの!」
「きゃー、ティアナのえっちー!」
「きゃーじゃない! えっちでもないッ!」

 慌てて脱がしにかかるが、ティアナの手はひょいひょいとかわされ逃げられる。
 テーブルを挟んで、ぐるぐる回る追いかけっこ。ティアナは真剣にフェイントを交えたりするの
だが、近距離戦闘に長けるスバルにことごとく回避され続けた。
 いつものように完全に遊ばれている。次第に苛立ちが募り、いい加減にしなさいと口で止めにか
かろうとした時。
 それは起こった。

「ただいま帰りましたーっ! さて、やっとピポヘルの研究に…あ、あれ?」

 シャリオが、帰ってきたのだ。
 はっと固まる二人。この状況は第三者からすれば、無断で部屋に入った挙げ句室内の備品で勝手
に遊んでいるようにしか見えない。最悪である。
 実際スバルは、遊んでいたわけなのだが。

「あっ…それ……」
「ごっ、ご、ごめんなさいっ!」
「こっ、こ、これは、すみません、すぐ――」

 このままだといかに温厚なシャリオとはいえ、怒られるのは目に見えている。
 慌てに慌ててスバルはヘルメットに手をかけ、ティアナはとっとと外せと言わんばかりに視線を
投げつけた。

「それ…かぶっ、ちゃった?」

 しかし、シャリオの反応は二人の予想を外れた。
 スバル、いやその頭の上。
 例の地味なヘルメットを指差している。その手は、小さく震えていた。

「は…い。かぶっ、ちゃいました」
「…ちなみに、何処に置いてあったり?」
「そこの、机に…あの、まずかったですか?」

 恐る恐るといった様子のティアナの問いに対し、シャリオはこう答えた。

「うん、結構…」

 二人がさっと蒼ざめた次の瞬間、スバルの体から突如として白い光がほとばしった。
 ティアナとシャリオが驚いて目を向ければ、何と頭上のヘルメットに乗ったランプが、警告灯の
ように赤く光り出していた。
 どういうわけかは分からないがどう見てもとにかく拙い。
 しかしどうする事もできず、やがて白い光が二人の視覚を完全に奪った。

「スバル! スバルッ!」
「危ない、下がって!」
「でも、スバルが!」

 しまいには白光だけでなく、何やら怪しい煙まで巻き起こる始末。
 強烈な閃光に網膜を灼かれて焦り、親友の名を呼ぶティアナが近付こうとする。
 しかしシャリオに後ろから腕を捕まれて動くことができない。
 もくもくと立ち上る白煙を前に立ちすくんでいると、ようやく光がおさまり、視力が回復はじめる。
 一体、スバルの身に何が。目元を覆っていた腕の間からゆっくりと様子を窺うティアナ。

「ティア〜っ!」
「きゃっ」

 煙を突き抜け、何かがぶつかってくる。腹部に衝撃が走った。

「ちょ、ちょっと、何!?」
「ティア、ティアっ…怖かったよっ…!」
「その声、…まさか、スバル!?」
「ええっ?」

 …まさか。でもこの声は。そう目を向けると、腰には確かに、何かが抱きついている。
 煙が晴れる。そこにいたのはスバルだった。スバルがぎゅっと、ティアナに抱きついていた。

「うぅ……あれ…ティア、どうしたの? シャーリーさんも…」

 そう、姿形は紛れもなくスバルそのものだった。どういうわけか服装がバリアジャケットに変わ
ってはいるものの、声、仕草、顔の表情、何から何まで、それはスバルだった。
 しかし、何かが違った。
 明らかに違う点。それは一言で言うならば。

 サイズだった。

 チビスバルとでも言おうか。ティアナに抱きつく身体は、どう見ても彼女の足下から膝元くらい
の大きさしかない。人間を縮小コピーした感じだ。
 …服やメットまで小さくなっているのはどういう話だ?

「う、ん…あ、ティアだー」

 と、ここにもうひとつの声。
 ぎょっとして振り向くと、そこにはもうひとつの、子供サイズのシルエット。
 いや、ひとつではない。煙が晴れるとともに、開発室を兼ねた広いシャリオの部屋を、埋め尽くす影が。
 地味な、あのヘルメット。白を基調としたバリアジャケット。全て、まさしく、それらは。

「ティア! 大丈夫?」

――小さなスバルたちが、

「どうしたの、ティア?」

――大量のチビスバルが…、

「あれ? えっと…ティア?」

――四分の一スケールの親友たちが!

「ティア」
「ティアー」
「ティア〜っ」
「何なのよ、これは――ッ!」

 シャリオの部屋は、ピポスバルで満たされた。



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