「何ぞ、白」
「異世界の魔法を、ちょっとだけ見せてほしいんです。教導の参考にしたくて……」
「………………」
「……少しならば構わぬそうだ」
「ありがとうございます! ……それとその、シロって言うの、他の呼び方に」
「何故だ、白」
「……ううぅ……」
「…………」

 それは五日前のこと。
 「何時でも」来ていいという言葉を受け、夜遅くに訪ねてきたなのはの、カイムへの頼み。
 ころころと変わる表情。男に薄れていた、感情の発露。

「これは?」
「お昼ごはん、持ってきたんです。もしよかったら、一緒に食べませんか?」
「きゅる」
「……あの黒金にすれば良かろう。泣いて喜ぼうぞ」
「…………」
「……それは、そうなんですけど」
「フェイトさん、なかなか時間が取れなくて……」

 それは、三日前のこと。
 森にやってきたキャロとエリオ。結局カイムは棒のようなパンと、名も知らぬ果実を受け取った。
 返り討ちにした獣の肉ではない。それは久方ぶりの、人間の食事だった。

「も、もう一度戦ってください!」
「……ティア、また舌噛んでる」
「う、うるっさいわね! アンタ少し黙りなさいよ!」
「……五月蝿い事この上ないな……カイム」
「………………」
「カイム?」

 それが、昨日のこと。
 結局再び黒焦げにななったが、再戦を申し込んだティアナとスバルの見せた、姦しいやり取り。
 忘れかけていた、かつての友との喧騒にも似て。



 生きる目的を失い、空虚に朽ちゆく未来を避けえなかった男の心は、しかし最近になってかろう
じて、「人間」を思い出しつつあるようにドラゴンには感じられた。
 当人の仕草に人間らしさが戻ってくるという段階には到底至らない。が、カイムが光に満ちた魔
導師たちに出会うたびに、少しずつその『声』から、疲労と虚しさの気配が失われはじめているの
は竜にもわかるのだ。
 最強の契約者としてその雷名を連合軍に轟かせたカイムであるが、そもそも人外の精神力を纏っ
ていたわけではあらぬ。
 心の強い人間は竜も稀に目にしたことがあるが、そのような者たちはどれも復讐の鬼に身を堕と
しはしないものだ。だがこの男は全てを失った時、憎悪に身を投げる事を選んだ。身を切る悲哀に
耐えきれず、ボロボロに崩れた傷を炎で焼き塞ぐことを選んだのだ。砕けた鉄を溶かし繋いだ、男
の心の深奥はそんな継ぎ接ぎの刃を思わせた。

「……」

 住居を用意するというはやての申し出を退け、カイムとドラゴンはまだ森の中で暮らしている。
ミッドチルダの気候は温暖で、人間であるカイムが素のままに寝る事も差支えはない。この世界に
来て日が浅いため季節があるのかは分からないが、その中で言うなら春か、秋か。
 いずれにせよ、静かな夜であった。
 獣の声はない。都市の騒がしさも届かない。真の静謐を知る者はやはり隠者の他にはあらぬなと
老成した事を思いながら、ドラゴンは草原に身をたゆたえていた。そばで眠るはずのカイムは今は
泉だ。水を汲んでいるらしい。
 住まいの提供を拒んだのは、未だに精神癒えきらぬカイムが人間として生きていくことに不安を
覚えた、竜と竜騎士双方の結論だった。適当な誤魔化しにはやては首を傾げたが、それも仕方のな
い話。
 有り得ぬ話だが仮に今、目の前に赤い瞳の兵が現れたら、カイムは喜んで斬るだろう。喜色を顔
に張りつかせ、口元を邪悪な微笑みに彩りながら――そんな「人ならぬ人」が、人間の世に生活の
場を置くのはまだ早い。

「……人間、か」

 漏れた鼻息で、茂みが揺れた。
 神の眷族たるべき竜。その在りようがここまで変わるとは、良し悪しは別として夢にも思わぬ事
であった。契約相手とはいえよもや、人間一人をこれ程までに思いやるなど、ほんの十年前には考
えられないことだった。人間など所詮地を這いずる蟻に過ぎず、そして契約した直後はカイムでさ
え、その例外ではなかったものを。
 カイムがドラゴンにもたらしたように、キャロを筆頭とした魔導師たちが、カイムにちいさな変
遷を起こしつつある。その源たる、人間が持ち竜が持たぬ、何らかの力をドラゴンはそことなく感
じ、そして認めていた。

「………………?」

 聞き慣れぬ音に、ドラゴンの長い首が月明かりの下で起き上がる。
 ぴ、ぴ、と、規則正しい高い音だった。森に住み着いてそう長くなる訳ではないが、今まで暮ら
した中で聞いた虫の声の中に、少なくとも似たものはない。
 出所は何所か、耳で探るとそれは横たえた身体の横、ぐるりと曲げた尾の先にあった。
 わざわざ荷を負う事もないとカイムが草地に突き立て残して行った、いくつかの魔の武装。その
中でも一際目立つ巨大な剣の下に、同じく男が置いて行った小さな腕輪が置いてある。
 カイムがこの日魔導師の一味から受け取った、手首に巻きつける型のそれは通信機だと聞いた。
喋ることのできないカイムが自分から使う訳はなく、渡されてから今まで当然のように何の音沙汰
もなかった機械が、初めて電子音を立てている。

『あれ? あの人は』

 機械を腕に巻いた時の外側、硝子のような透明な面が光ったかと思うと、その上にウインドウが
開き、中に一人の女の顔が映し出された。
 はやてだ。画像の向こうからこちらの様子をぐるりと見回し、竜の姿を認めた後にきょろきょろ
視線を動かしている。

「カイムは居らぬ。……というよりもお主、言葉を話せぬ者に渡してどうするつもりだったのだ?」
『あ、それはせやから、ドラゴンさんに代弁してもらえばええかなって』

 なるほど、とドラゴンが内心で呟いた。契約者が無条件に使う『声』ではなく、今まで彼ら魔導
師に使ってきたようなエルフが魔力を込めて飛ばす種の思念波はこの世界の人間の精神にも届く。
六課からの連絡はその通信機を使い、カイムに言いたいことがあればドラゴンが思念を飛ばして伝
える、ということか。

「して、何ぞ」

 ドラゴンが問う。それまで割と緩んでいたはやての表情が、すっと引き締まった。

『明日、任務があります』

 はやてを見る裂けた瞳が、ぴくりと動いた。

「敵が来るのか。あの鉄屑どもが」
『確実とは言えないんやけど、その襲撃に備えての警護任務で、人手は多い方がええから』
「伝えておく」

 協力を、と言おうとしたはやての言葉を遮って、ドラゴンは先に答えを出した。
 ガジェットは鉄屑の分際で、自分たちの平穏を乱した大敵。しかし機械兵に意志があるはずはな
く、背後にそれを操る何者かが居ることは容易に想像がつく。
 その者に、己が文字通り竜の逆鱗に触れた事を、身をもって思い知らせてやる――六課への協力
はそういう意図があったから呑んだのだ。敵が少しでも来うるのなら、協力を断る理由はない。
 聞いたはやては一つ礼を言い、集合の時刻と場所とを伝える。その折にドラゴンが飛んで行ける
よう、飛行の許可もとったと口にした。
 空を飛ぶのに許可が要るのか。
 とは思ったものの、内心に留めておき口にはしなかった。これだけ魔導の文明が栄えた世界だ、
細かい規則もあるのだろう。人間の社会とはそうして保たれるものだ。本来は。
 耳を傾けるドラゴンに、ざっと任務の詳細を告げていくはやて。一通りの説明を終えたところで
部隊長たる毅然とした顔が緩み、空気から緊張が抜けた。
 やっぱり慣れへんわぁ。ほな、宜しくお願いします。ぺこりと下げた顔は、友人に向ける種の柔
らかいものだった。出会って日が浅いうえに馴れ合いをせぬ竜であるが、仲間と捉えられているこ
とくらいは読めた。
 そのはやてがふと顔を上げ、竜を見つめ、その背後をちらちらと見た。
 意図を察したドラゴンが、まだしばらくカイムは戻らぬと告げる。そうですかと小さく答える。
 何だ、と問いかける。

『……聞きました。あの人のこと』

 両親と故郷を殺され焼かれたという、昼間にフェイトたちに話したカイムの過去の一端だろう。
 驚きはしない。あの女に話した時点で、他の者に知られるのはカイムも承知の事だ。

「そうか」

 竜は低い声で、それだけ言う。同情の視線を向ければ通信機をブレスで圧壊させる気だったが、
瞳の中にそれは感じなかった。
 キャロがそうであったことから何となく想像はついていたが、やはりこの魔導師たちは皆、各々
がそれなりに厳しい過去を送っていたらしい。他者が向ける憐れみや中途半端な同情が逆に憤激を
招くということは、一度苦境に立ち過酷さを味わわなければ分からないものだ。
 ……にもかかわらず、この者たちは穢れを知らぬ。
 それが良いとは思わない。一度「砕け散った」者でなければ為せぬこともある。硬いだけの刃と
は総じて折れやすいものだと、大理石の剣を研ぐカイムがいつか『声』で言っていた。
 だがこの者たちは、血の味をおそらくは知らぬ。ましてや人間を、何の躊躇もなく灰にする己と
は違う。
 それが彼を、眩しい光の中へと導いてくれるなら。

「礼を言う」
『え?』

 予想せぬ言葉に思わず言葉を漏らすはやて。聞き返そうとするも、それは叶わなかった。通信機
の側面の突起が押され、ぷつり、とウィンドウが閉じる。
 カイムだ。
 柄にもなく色々と考えすぎたようで、帰ってきた半身の足音にも気付かなかった。男は機械を拾
い上げると木の下へ放り投げ、自嘲じみた息を吐くドラゴンに歩み寄ってくる。汲んだ水は剣の鞘
に溜められて、既に木の幹に立て掛けてあった。

 ふと。

『――――――――』

 ドラゴンの真紅の竜鱗にそっと身体を預けた後、カイムがたった一つ投げた『声』。

「…………よもやお主から、そのような言葉を聞こうとはな」

 他の誰にも聞こえぬそれを聞き、竜はフンと笑ってそう返した。
 嘲笑の気配は無かった。
 カイムは既に膝を立て、頭を両腕ですっぽりと覆い隠している。いつもの寝姿だ。このまま眠り
に就くらしい。ドラゴンも首を垂らして、地へ下した後に目を閉じ、まどろみの中へとゆるやかに
降り始める。他人事ではないなと、そんなことをひそかに思いながら。

 そして夜が明けた。



 はやてが竜に語った話によれば、ガジェット、そしてその背後に見え隠れする黒幕の目的は、い
まのところはロストロギア・レリックに限定されているとのこと。暴走する列車での任務もそうだ
ったし、それ以前にもいくつかあったガジェットの襲撃は全てそこに関連していた。
 しかし今回の任務は、実を言えばレリックではなく、他のロストロギアが絡むものである。その
ためガジェットが出現する可能性は確実とは言えず、はやてもドラゴンやカイムの協力が得られる
かは微妙な線だと思っていた。予想に反して簡単に了承を得られたのは幸いだったと言えよう。
 ホテルアグスタで行われる、骨董品オークションにおける警備任務。
 骨董品といえど、扱われる物品の中にはロストロギア、滅亡した古代文明の遺産も含まれる。危
険度の高いものが競りに出ることは無いと考えられるが、しかし不法な出品が無いとも限らない。
それに正しく競売に掛けられたものの中にも、割と高い魔力や能力を秘めたものがないとは決して
言い切れないだろう。
 そんなところを万が一襲撃されれば。万々が一、何かのはずみで暴走でもしたら。
 魔力量である程度の予測はできるが、それでも何を引き起こすか分からないのがロストロギアで
ある。そして不測の事態にはそれなりの対応が必要であり、その力有りとみて今回声がかかったの
が機動六課であった。
 はやては最終的に、ドラゴンに六課とホテルアグスタの中間地点における後詰めを頼んだ。
 任務中に六課本拠地への襲撃がある、ということは否定できない。戦力の偏在は出来る限り避け
ねばならないのだ。そのため規定の時間が終われば即座に帰還するつもりでいたのだが、フリード
リヒに飛行を教授する高速の竜の翼が後ろに控えていれば、もし六課オフィスに何かがあったとし
ても少なくとも戦力の一部は瞬時に戻ることができよう。
 それによもや、ドラゴンにホテル上空を旋回させる訳にも行くまい。客に何か起こるのかと不安
を煽るだけだ。
 ホテルの方に何かあったら、通信機をカイムに伝えるので『声』でやりとりしてほしい。集合地
点にやってきたカイムとドラゴンにはやてが言い、竜が二人分の了解の旨を告げた。隊の安全の為
には殿が重要であるのはカイムも承知のことだった。そこまではやてが考えているかはカイムたち
には分からないが、いずれにせよ言っていることにとりあえず穴は無い。

「……………………」
「シグナム? ……シグナム〜」

 そしてカイムには、オークション会場外を警備するフォワード陣の援護が依頼された。
 お主らは何を、と隊長達に問うたドラゴンに対する答えは、ホテル会場での警戒にあたるという
もの。隊長を三人全て潜り込ませるのは一瞬どうかと戸惑う所だが、万が一の事態の時にホテル内
部や客に被害が出ることだけは避けねばならない。それには新人よりも、状況対応力の高い経験者の方が適任だろう。
 それならばカイムも内部に、という考えは一応あったが、デバイスのように軽量小型化の利かな
い剣を持っているということで、その案は却下されたとはやては言った。特に背に負った巨剣・鉄
塊は、どう誤魔化してもあまりにも目立つ。
 風貌的に客が怖がる、ということも考えたが、気を使って触れないでおいた。正解である。

「っ……いかんな。私とした事が、一瞬我を忘れてしまった」
「まあこんだけ出てくれば、驚くのも無理ないけどな……」

 そういう理由で、カイムは竜の背ではなく、六課メンバーを乗せるヘリに同乗する運びとなった
のだが。
 その際、はやてが武装を見せてほしいと頼んだ。
 今まで見たのは火炎と鉄球、そして新人たちの話に出た疾雷の魔法のみ。魔導師登録の試験の時
に見せた魔法もブレイジングウイングだけで、外套の奥にちらちらのぞく鋸の様な剣や、エリオが
ドラゴンの背に一瞬だけ見えたらしい、槍らしき得物の詳細は未だに不明のままだった。
 竜がそれを聞いてカイムを見ると、カイムは表情を変えぬまま小さく頷いた。協力体制に戦力の
情報共有は大前提だ。これ以上隠そうとして、無用な軋轢を生むこともあるまい。

「…………やっぱり、槍だったんだ……」
「エリオ君、何で知ってるの?」
「……あ、うん。ドラゴンさんの背中に、ちらっと見えたから」
「この、黒いの……もしかしてあの時の、雷の……?」

 そうしてヘリで開かれた、ちょっとした武器の品評会。飛び立つ機内で外套を体から取り去り、
結わえた紐を、鎖をほどくと、滑り落ちて行く得物の数々。
 出るわ出るわ。
 身に付けられる量を考えてか長剣こそ少ないものの、短いものを合わせると五振りもの剣が、横
長の腰掛けに座ったカイムの身体から現れた。
 銀と紅の愛剣の刃を間近に見るのは、スバルとティアナ以外は初めてだ。それに加えて異様に目
立つ赤黒い鉄塊、漆黒の刃を持つ古の覇王や、鉄球を空に出現させたという湾曲した剣が魔導師た
ちの興味を引く。
 剣だけではなく、中には槍もあった。うっすらとした黄金の色の一本のランスだ。草原の竜騎槍
の名を持つ突撃槍を目にしたエリオが息を呑むのを、キャロが聞いてとった。
 横椅子に並べられた数々の武器の中でも、誰も見たことのない白蝋の剣の異様な形を目にしたス
バルが、面子の中で最も剣に造詣が深いであろうシグナムにその意味を尋ねる。細身の剣を受け止
め折る為だと言うと、納得したように頷いた。それを見た後、シグナムは座ったままの男を見る。
 カイムはちょうど、エリオの目の先にあった突撃槍を手に取ったところであった。何だろうと視
線を向けるのに皆気づいて、同じように槍の穂を見やる。
 ぼうっと、カイムの手元に火の粉のような光の粒が集中する。次の瞬間、槍の先端を蒼白な氷が
覆った。この中で唯一の凍結魔法の使い手リインが、あっと驚きの声を上げた。
 縮小版だが、魔法を見せてくれている。
 最初に悟ったのはやはりというべきか、最も長くこの男を見てきたキャロであった。そうした後
に漆黒の短剣を手に取り、光を放ち終えたカイムの手へと持っていく。古の覇王を受け取ったカイ
ムが同様に魔力を体内から集めると、黒い剣身から紫色の、圧縮され小さくなった静電気の様な雷
のかけらが、ぱち、ぱちと弾けた。
 驚き興奮したスバルが次々と剣を手渡そうとし、逆に何かを思い出したように青ざめていたティ
アナに止められるのを見て、シグナムは思う。
 あの時――カイムと手合わせをするのは誰かという話になった時、自分が絶対と主張したヴィー
タにそれを譲ったのは失敗だった。
 一瞬らしくもなく目を疑い思考が止まってしまったように、よもやこれほど大量の武器を持って
いるとは思わなかった。しかも話に聞けば、それらすべてが一つずつ、強力な魔法をその中に秘め
ていると言うではないか。剣を扱う者として、模擬戦好きの一人として、気が逸らないわけがあろ
うか。


(……今回の任務が終わったら、即刻)

 模擬戦を申し込もう。
 そう固く決意するシグナムの目の前で、そんなことを知らぬ男が、愛剣の切先に紅色の小さな炎
を旋回させている。



「……あれ……? でもこれ、六本で……二本足りないような……」
『全てを持つのは骨だ。いずれ見せるが、そこには在らぬ。今は我の背だ』
「なっ……まだあるの?!」

 キャロの疑問に竜の『声』が答え、エリオが驚愕の声を上げる。その様子を見つめながらも、な
のはとフェイト、はやての三人の隊長たちは、喧騒から少しだけ距離を置いていた。
 昨日カイムを案内した者が竜から聞いた、かの男の過去の一端。気になったフェイトは夕べ、と
ある男に通信を試みた。
 相手は、クロノ・ハラオウン。
 キャロよりも早くカイム達と出会い、そしてその後も訪ねた事があるという、フェイトの義兄。
最初にドラゴンと会話をした彼なら、きっと自分たちの聞いていない、カイムとドラゴンについて
の何かを、知っているに違いないとフェイトは踏んだ。
 女の第六感というものは本当にあるらしく、その選択は正解であった。半ば確信していたフェイ
トの問いを受けたクロノは、もう誤魔化しきれぬと悟ったのか、力ずくで来られる前に一部情報を
提示した。
 力ずくとは物騒だが、実際やはり物騒なもので。要するに巨大砲撃魔法や閃光の電撃の餌食になるということだ。
 調査自体は既に完結済みだし、分からないことが多すぎて結局うやむやのうちに流されている。
機密扱いはされていないし、ドラゴンが口止めをしているわけでもない。
 流石のクロノも、それに身体は張れなかった。勝手に話してしまう事を竜に詫びながら、彼はと
つとつとフェイトに語った。

(「天使」……なのは、はやて……どう思う?)

 小声で問うたのはフェイトだが、聞いたなのはもはやても、首を横に振るばかりであった。
 以前竜の来訪を知り、クロノに情報提供を求めた時にちらりとではあるが、彼らは戦場を生きて
きたのだと言った。戦争があったのだろうとその時は思っていたが、再び聞いたクロノの話によれ
ば、それは自分たちの想像と大きく異なっていた。
 クロノが言った彼らの斃した相手は、天使の名を冠する巨人。
 感知も認識も一切されていない世界から、唐突に現れた異形の者…彼らはそれを追ってやってき
た。現地で情報を収集してみると、彼らは己の魔力を「声紋」に変えて空に撃ち放ち、ドラゴンに
よれば「おおいなる時間」を止めようとしたという巨人「母」の歌を封印し、相殺し、滅ぼした。
 荒唐無稽にも程がある。義兄との通信を切った後ぽかんとしてしまったフェイトも、彼女から話
を又聞きしたなのはとはやても、まるで意味が分からなかった。
 「声紋」とは何か。「おおいなる時間」とは? 「母」、そして「天使」とは?
 そんなものが本当にあるのなら、彼らが生きた世界は一体――

(………………)
(フェイトちゃん? どうしたの?)
(……ううん、何でもないよ)

 でも、そんな世界があるのならば。
 両親を惨殺され国を亡ぼされたというカイムの過去も、途端に現実味を帯びてくるようにフェイ
トは感じた。
 ドラゴンがフェイトとヴァイス、シャリオにカイムの身の上を語った時、彼らの世界の話は最後
まで伏せられた。それにドラゴンは言ったのだ。その話が、必要とならぬことを祈ると。

「………………」

 ヴィータとの模擬戦。自分から攻めの手を出さなかった、任務の時とは違う奇妙な戦い方。あの
時は分からなかったが、あれは――何かを抑えようとしていたのではないか?
 それにドラゴンが呟いた、『壊れた』という言葉は確かに、カイムに向けられたものだった。
 フェイトは思う。天使や異形、そんなものがはびこる世界を生きたのなら、男を指す『壊れた』
というのは。

 ――心が?



前へ 目次へ 次へ