任務中に部外者や民間人の協力を得ることは何度かあったものの、それはあくまで戦闘以外での話。
 戦場へ向かうのを高速で迫られ、制空権確保の空戦の最中に鉄球を落とされたりといった経験など有りはしない。
さらに任務地点にいつの間にか見知らぬ男が立っていては、一体どうすればと司令室が浮き足立つのも無理はなか
ろう。
 動揺を隠しきれぬ司令室の面々。しかしそこに意志を呼び戻したのは、遅れて入室した部隊長、八神はやてであった。

「なのは隊長、フェイト隊長! その人たち、信用できる!?」

 そのはやてがモニターを見、放った第一声がこれだ。
 横のグリフィスが何を、と問う間もなく、すかさず二人の親友から肯定の通信が入る。
 然る後に、こう続けた。

「なら、力を借ります。後で参考人として来てもらわなアカンけどな」
「八神部隊長……!」
「今はレリック確保が最優先や。あの人たちの話は、後でたっぷり聞かせて貰います」

 機動六課のそもそもの存在意義は、「如何なる事態にも即時対応できる少数精鋭部隊」。その管轄に予想外の出
来事が入らない訳がない。
 はやてはそれを誰よりも理解していた。些細な事に気を取られ、取り返しのつかない事態を招いてはならないのだ。
 ドラゴンの出現を細事として良いかはさて置いて、今は何よりレリックの確保が優先される。そんなはやての態度を見た
他のメンバーも漸く普段あるべき、毅然とした司令塔の様相を取り戻しはじめた。

「マイスターはやて、アンノウンに任務内容を伝えて助力を要請します!」
「頼んだで、リイン!」

 通信を入れたリインにもその空気が伝わったようで、そう告げる顔にもはや狼狽の陰は残っていない。元気を取り戻し
たその声を聞き、はやてもまた負けないほど力を込めた声で返した。
 しかし、だ。
 ふぅ、と小さく息を吐きながら椅子に座り込む。しかしながらそのはやても、そんな荒唐無稽な戦況を前に微塵も動じな
かったわけではない。
 半ば勢いに任せて一気に言った後、忘れていたようにどっと疲れが噴き出す。一度あのドラゴンを生で見たいと思ったの
は事実だが、何もこのタイミングで出てこなくても。
 そして追い討ちのように、突然開くウィンドウ。今度はなんだ。思うと、シャーリーが事態を告げた。

(……今日はホンマ、何が起こるかわからんわ)

 画面の向こうで高まる魔力と、輝くスフィアを見て、はやては内心そう呟いた。



 使命を負った者たちの闘いの場。光を放つ球体に包まれ、宙に浮かぶキャロの声が高らかに言う。

「『蒼穹を疾る白き閃光、我が翼となり天を駆けよ』――」

 己の境遇を全て理不尽に思うほど少女は無知ではなく、そして過度に幼くもなかった。
 力は他者を傷つける。
 どう言い繕ったところでそれは曲げることのできない事実であり、自分の能力を理解していただけあって早くから気付いていた。
 相手を焼かない炎があろうか。貫かぬ牙、裂くことのない爪など何処にある。キャロは知っていた、だからこそ恐れも大きかった。

「『来よ。我が竜、フリードリヒ』……!」

 だが、召喚士キャロ・ル・ルシエはふたつの背中を見た。
 保護者であり、恩人でもある魔導師フェイト。護るために戦う人居場所と優しさをくれた、憧れの人。
 来訪者、異郷のドラゴン。誇り高い赤き火竜。力の在り方と道理を説いてくれた、強き者。
 呼びかけに、白竜が高い声で一鳴きして答える。
 ふたりの思いは重なった。

(……行くよ、フリード!)

 もう、恐れてはいられない。
 力が禍を生むのも、他者を救いうるのも事実。ならば完全なる統御によって、それを自在に操らなければならない。そ
うでなければフェイトから見い出した「道」は、自分が初めて望んだ未来は、叶うことなど永劫あり得ない。
 力が何を残すのか、それは使う人間に懸かっているだ。
 それを扱う、自分の肩へと――


「『竜魂召喚』!」


 キャロ自らの手によって、檻の鍵は捩じ切られた。
 進むべき道を得、理を解しはじめた召喚士の身体から、魔力の奔流が溢れ出す。目も眩むばかりの光がキャロとエリ
オを囲むスフィアから、直下に開いた法陣から発せられる。
 重力に逆らい球体内で浮遊するエリオが、思わず腕で閃光を遮る。スフィアが爆ぜて魔力が霧散し、視力を取り戻した
少年の前で大きな翼がはためいた。
 解き放たれたフリードリヒが、その巨体が空を飛んでいる。精神はキャロの制御を受けており、紛う事なき理性の灯火が、
その瞳に宿っていた!

「霧は掃えたか」

 フリードリヒの背に乗り、はあっと息を吐くエリオの横から、紅き竜がキャロに言葉をかける。
 向けられる目に確固たる意志を感じ、次いでドラゴンは解放された白竜を見た。こちらは初めての大空に興奮して
いるのか、やや余分な羽ばたきを見せている。
 しかしドラゴンが視線を向けると、はっとしたかのように大人しくなった。背に乗る二人が大きく揺られているのに気
付いたのだ。どうやら完全に、正しく意識を残しているらしい。

「はいっ、ありがとうございます!」
「一段落か。だが礼には早い。我からすれば、半人前に毛が生えた程度に過ぎぬ」

 そこそこ満足の結果だが、しかしそんなことはおくびにも出さずにドラゴンが言う。
 ここは戦場だ。そう付け加えると、喜色が混ざっていたキャロの顔も引き締まった。直接の切っ掛けがなのはとの模擬
戦ということは知る術もないが、どうやら精神的に一回り成長したのは事実らしい。

「あの小人の話では、この先に一つ硬いのが居るはずだ。一気に融かし尽くし…小僧、何を呆けておる」
「エリオ君……?」
「……っ、な、なんでもない!」

 急に凛々しささえ交えはじめたキャロの横顔に見とれていたエリオは、朱に染まった顔を背けた。
 そんな少年の姿を見て、ドラゴンが邪な笑みを見せる。新たな玩具が一つ増えた、そんな顔であった。



 新人たちの能力とモチベーションを鑑みて、新デバイス切り替え直後という懸案事項は残るが不安はない、と判断。ス
バルとティアナにそれぞれ分散して殲滅にあたるよう指示したまでは、当初リインが予定していた通りである。
 問題は全くの想定外、カイムとドラゴンであった。
 臨機応変、はやてには彼らの助力を求めると宣言したものの、一人はなんと口が利けないときたのだからどうしよう
もない。結局フリードリヒのもとへ向かおうとする紅き竜に敵の所在を伝え、竜騎士カイムには竜から間接的に、列車
停止作業を行うリインの護衛を頼むことに落ち着いたが――

「…………」
「……次、こっちです!」

 カイムの戦いは魔導師の視点からすると滅茶苦茶で、リインフォースにとっては一部、とある騎士を彷彿とさせた。
 走り、斬る、そして再び走る…至って単純だが、如何せんその全てが極限まで練られている。機械の放つ光の弾丸は尽
く避けられ、なのに叩き斬るカイムは逆に二の太刀すら必要ない。ガジェットドローンがもし意志を持つのならば、きっと
理不尽極まりないと思うことであろう。
 先程行使した凄まじい剣技も、空に放った異端の魔法をも使っていない。にもかかわらず、ただ赤みを帯びた巨剣・鉄塊
で閃光の弾丸を受けて跳ね返し、力任せに叩き潰すその破壊力は明らかに人間の腕力を超えていた。

「………………」

 魔力による身体強化、と思われたが特別な呪文や魔法を組んでいる形跡はない。これが魔法を使わず人間が出す力なのか。
そう戦慄しながら道を示すリインを追って、表情一つ変えずにカイムは走る。
 近づいて振り回すという単純作業の繰り返しには危険な笑みは浮かんでこないが、それでも破壊の喜びにかわりはない。
重厚に見える鉄の表面を巨大な剣でぶち割る快感が、穴が開くように沸々と湧き出ている。
 しかし、狂気に身を委ねている訳ではない。
 魔力と腕力の限界を駆使し、かつて天使たちを屠ったように全力の剣を振るえばどうなるのかはわからない。だが今の
ところ精神は安定していた。少なくとも、己の衝動を抑え込める位には。

「……」

 襲いかかってきた傀儡を一つ、二つと砕き、車両を繋ぐ扉を鉄塊の一振りで吹き飛ばす。
 その向こう、現れたのは見たこともない計器の塊であった。車両に使われている金属と同質同色だが、魔導の類いが使
われているらしく、様々な色の画面が勝手に次々と切り替わっている。
 リインが言う。これが探していた、列車の制御装置だそうだ。

「今列車の制御を回復します、待っててくださいっ」

 パネルに向かう小人の背を見、破壊したドアへと向き直った。振り返った先では両断されたガジェットが、煙と火花を
上げて転がっている。
 この世界に来てあまり日は経っていないが、文明の高さには驚かされてばかりだ。
 「門」を抜けてたどり着いた新宿もそうだが、ミッドチルダは明らかにそれを超えている。都市に並ぶビルの森も、今
暴走しているこの列車もそうだ。魔導の力の応用とはいえ、ひとりでに車など見たこともない。
 呪わしき外法の術をかけた武器の代わりに、彼女ら魔導師は杖や戦斧など、皆自分達の造り上げた魔法の武具を用いる
という。代償なく得られる力に抱く思いは複雑だが、魔法の技術でそこまでできるのかという点では、驚嘆に値した。

『スバル、ティアナ、合流して、引き続きガジェットを破壊してください!』
『了解!』
「…………」

 そういえば都市に出た時、気配も隠さず後をつけてきた妙な子供がいたか。
 そんなことを思い出しながら、カイムは前後から爆発音を、目の前で妖精が操作するパネルから奇妙な電子音を聞く。
 歯応えの無い敵に思わず舌打ちをしながらも、割と憎しみに駆られない戦いは、やはり彼にとって不思議な感覚であった。



「集束が足りぬから、このような目を見る」

 ドラゴンは言った。眼下に見える列車の天井では大型の丸い機体がアームを伸ばしており、空に浮かぶ二頭の竜、そ
してエリオとキャロを威嚇するように動かしている。
 上空で高まる魔力に気づいたのか、新型と思しきガジェットは天井を突き破って自ら姿をさらけ出してきた。そこに
応じてフリードが放った焦熱のブレスは確かに命中したが、機体を丸ごと飲み込むように包んだ炎は、装甲を融かして
はいない。

「AMF……!」
「炎が広すぎるのだ。威力は及第だが、突き破るのには適さぬな」
「はい……」

 結局は、相性の問題とも言える。
 ドラゴンのブレスのように炎を練り、極限まで圧縮できるのなら効果はあるかもしれないが、成長したとはいえキャロとフリ
ードにその技術はまだ不足しているようだ。

「さて、どうする」
「行きます。僕と、ストラーダが!」

 あまり手を出す気の無いドラゴンに向かって、エリオが名乗りを上げた。
 ドラゴンもふむ、と頷く。ブレスが効かぬのなら地上に降りて殲滅する。カイムと共に幾度となく繰り返してきた、竜騎士の
戦い方の基本である。

「……おぬしら、組めばいい竜騎士になれるやも知れぬな」

 真っ直ぐな視線に思うところがあったのか、ぽつりと呟いた。
 えっと目を向けるのを、早くせぬかと促してドラゴンは空を見た。上空での戦いはほぼ終わったようで、自分たちを撃
ったあの機械の姿は見えない。
 再び見ると、ちょうどキャロが両手から魔力を集め、放たれたそれが少年の槍の穂先へと纏われる瞬間だった。見たこ
とのない術式に、ほうと思わず声が漏れる。

「……戻ったか」
「え?」

 ふと、ドラゴンが言う。エリオが声を漏らすと同時に、ドラゴンの赤い背に男が一人降り立った。
 カイムだ。機械兵の魔力が残り一つとなったのを察し、討って出ようと列車の上に出たところ、そこに狙いを定める少
年の影に気づいて竜の背へと飛び乗ったのだ。

「…………」
「そうか。……聞け」
「?」
「この世界の魔導、見せてもらう――カイムから伝言だ。さあ、行け」
「……はい!」

 光を纏うストラーダに興味を示したカイムの言葉を代弁し、ドラゴンが言うとエリオは白竜の背を蹴って宙へと躍り出た。
 キャロの強化魔法を受けたストラーダの穂が、落下しつつ徐々に光の刃を帯び始める。一閃、二閃と振われる軌跡が、
ガジェットのアームを薙ぎ払った。
 勝負あったな、とドラゴンは言った。
 ギャラリーが増えたのに、そしてそれがあの竜騎士であったことに気合が入ったのか、列車へと下りるエリオはそのまま空中で旋回。
 宙返りの要領で遠心力の乗った刃が、球形の新型ガジェットを見事に両断した。

「やった!」

 キャロが言い、一撃で勝負を決めたエリオが列車へと降り立つ。
 着地もなかなかの体捌きだ。足元へ向けられたカイムの剣に気づいた銃使いも、空中に光の道を作り出した拳士も、そしてこの
召喚士も……どうやらあの栗色と金色の、弟子を見る目に狂いはないらしい。

「……」
「ああ。噂をすれば影、か」

 ガジェットが爆発し、列車が徐々に減速を始める。戦闘は終わったと悟るのと、飛来する二人の女がドラゴンの視界に
入るのは同時であった。



『追撃しますか?』
「……止めておこう。彼女たちのデータが取れただけで十分さ」

 薄明かりの灯るホールのような一室で、男は画面上に次々と映し出される映像を見つめていた。
 大きく開かれたウインドウの脇で、やや小さめのそれには女性が映り、白衣の男はそれといくつか言葉を交わしている。
流れる映像には列車の上を奔走する少女たちの姿、空中でガジェットを打ち払う二人の魔導師と、そして二頭の竜の姿が
あった。
 
「生きて動く、プロジェクトFの残滓。そして――」

 中でも金髪の魔導師と槍使いの少年を、男はいたく気に入ったらしく、妖しげな笑みをその唇に浮かべて何度も映像を
流している。 
 だがひと通り見終えると、男の指がすっと虚空を横切る。
 その軌跡を底辺に、もう一つ小さなウィンドウが開いた。

「――様子は?」
『結界の生成は完了しました。今のところ、とくに活動している様子はありません』
「頼んだよ。未知との遭遇には心が騒ぐ。完璧な状態で解析したいのだから…扱いはあくまで慎重にね」

 そこには人の背を越える、大きな球体が映っていた。
 興味津々といった様子で見つめる先のそれは、雪のように純白だった。一点の曇りも汚れもなく、神々しいまでに美しい。
 しかし、どこか人の世を超えたような、生理的に悪寒を禁じ得ない物体がそこにある。
 男は知らなかった。その球体が人を滅ぼす為に在ることを。断頭台とドラゴンが喩えた、その物の名前を。

「おや。今、中心が……」
「何か?」
「いや、……何でもない。引き続き、しっかり見ていてくれよ」

 迷宮のように組まれた、未知の魔導の術式。
 その名を、『再生の卵』。
 人智を超えた者の遺物。陽光では掃えぬ闇がわだかまっているのに、白衣の男も魔導師たちも、そしてカイムとドラゴンでさ
えも、未だに気づいてはいなかった。

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