ロストロギア・レリックを搭載した暴走列車の奪回、その任務が無事終わった翌日のこと。
 大きな任務直後というのはえてして仕事の量が増えるようで、時間と仕事を切り詰めてその場に来ることが出来たのは
機動六課全職員に対してさほど多いという訳ではなかった。
 だが少なくとも、数は二十を超えているだろう。中には各分隊の隊長、副隊長をはじめ、初陣で活躍したばかりの新人フォ
ワードたちも一同に会している。
 機動六課のヘリポート、来た、と誰かの声が響き、待っていた彼らの顔が一斉に空を向く。
 人の群れが見上げるミッドチルダの青空の彼方に、白い絵の具が一滴、ぽつりと霞んでいた。
 雲と同じ色の小さな点はにじんで広がり、やがてその輪郭がはっきりと視界に収まる。現れたのはキャロを乗せた飛竜
フリードリヒの、大いなる翼を広げた堂々たる姿であった。

「……あれが……?」
「あの赤……間違いありません、あれです!」

 いや、それだけではない。
 白い巨体の向こうに、空によく映える紅の何かが見える。
 炎を思わせるそれはぐんぐんと加速し、ともせぬうちにその体躯の全貌を現す。どきどきと鼓動が高鳴る職員も少なく
ない中、その精神に直接、『声』が響いた。

『下がれ』

 フリードリヒを追い抜いた火竜は職員たちの頭上に躍り出ると、翼を立てて帆のように風を受け止め、地上に突風を吹
かせつつ宙に静止する。
 二つ、三つと羽ばたいて、ゆっくりと地上に降りた紅き竜は、紛れもなくあのドラゴンであった。

「風が切れておらぬぞ、フリードリヒよ」

 噂通り、本当に口を利いたドラゴン。巻き起こる風に吹かれつつ驚きの息を漏らす人間たちの眼前で、首を返して背に
乗る男を、次いで降り遅れた白竜を見る。
 それに応じるように、続けてフリードリヒも地に足をつけ…たかと思うと、その巨躯が唐突に光の粒となって霧散する。
 キャロが再び、封印を施したのだ。

「フリード、お疲れさま……大丈夫?」
「翼の大きさに頼るとそうなるのだ。後で飛び方も教えてやろう……暫し休め」
「きゅるっ」

 くたりと首を垂らし、キャロの肩で鳴くフリードは少々疲れているようだ。
 森からここまでそれほど距離があるわけではないが、制御を受けながら封印を解放されるのにはまだ慣れていないらしい。
ドラゴンが言ってやると、大人しく返事をして翼を畳んだ。


 乱入の事情聴取、というのもあるがそれを口実に、キャロが世話になっているドラゴンを呼んでみようと決まったのは
任務が終わった時の事。迫るなのはとフェイトから、用が済んでさっさと背を向けて飛び去ったドラゴンの背を、映像で
見ていたはやての提案だった。
 なのはたちの賛同はすぐに得られた。他の幹部も反対する理由は無く、間もなく職員たちにも通達が行き、姿を見て
みたいものは早急に仕事を詰めよとのお達しが出た。
 喋るドラゴンなどこの世に居るのかと皆半信半疑であったが、クロノと何やらやり取りをしている映像があっただけにま
るきり否定するわけではなかっ
たらしい。ちなみにその日の午前の仕事効率は、設立以来最大であった。

「我等を呼んだのはどれだ」
「あ。機動六課部隊長、八神はやて言います。……そちらは……」
「……我が契約者、名はカイム。こやつの言葉は我が代弁する」

 キャロに尋ねるドラゴンに、はやて本人が名乗り出る。その時になって、肩から足元までをマントで覆ったカイムが、
岩のような背中から降り立った。
 リインの護衛をしてくれはったのは、この人やったか――はやてはそう思い出し、まず謝意を込めて会釈を一つ。
 しかしカイムは、それをちらりと見やっただけで、踵を返して皆から背を向けてしまった。
 何かまずいことをしたのだろうかと一瞬狼狽するはやてだが、男の背を見るドラゴンが僅かに苦笑を漏らすのを聞いて、
それ以上考えを止めることにした。こういう人なのかもしれない。

「先日の任務、ご協力感謝します」
「礼には及ばぬ。鉄屑の分際で我等に牙を剥いた愚か者に、その意味を教えたまでだ」
「えっ……大丈夫でしたか?」
「カイムが両断した。あの程度、奇襲の意味も成さぬわ」

 すらすらと言葉が出てきてはいるが、はやても緊張していない訳ではない。
 何せ相手は喋るドラゴン、人間など及ばぬ叡智と力の持ち主だ。しかし目上の者と会話する機会が他より多かったことが、
今のところ彼女に冷静さを与えていた。
 要するに慣れである。だがその甲斐あって目的の一つ、乱入の理由はこの時点でほぼ聞き出せた。襲ってきた位置、機
体の種類や残骸など細かなことはまだ残っているが、害意ある存在でないことが確認できただけでも収穫である。
 キャロの話では、既に明らかと言っても良かったが。

「……我等をこの世界に導いた、あの男はどうした。クロノと言ったか」

 ここで意外な名前が出て、観衆の間からぽつぽつと話し声が聞こえはじめる。
 一体何故と思う者は多かったが、まず緊急出動でこの竜と竜騎士の元へ向かったのは、そう言えばクロノである。しだ
いに皆そのことを思い出したのか、提督だったじゃないか、ああ、そうかなどと得心したような声色になった。

「クロノ提督は、ここには……」
「あの男には色々と世話になった。その義妹とやらはどれぞ」
「あ、はい」
「……またおぬしか、黒金」
「……はい……」

 初めて出会ってからも二、三度訪れ、路銀の換金や簡単な監査など、クロノには何かと世話になった。
 礼の一つでもと思ったところで見知った顔が出てきて、その声色がやれやれといったものに変わる。何が、という視線が
ギャラリーから集中し、感じたフェイトは顔を伏せた。恥ずかしさで。

「まだ、気にしてるんだ……」
「……フェイトさん、どうしたんですか?」
「あ、う、うん。ちょっとね」

(キャロ、何か知ってる?)
(あ、あはは…)

 茶を濁すなのは。隣から小声で聞いてくるエリオに、キャロは苦笑いで返した。
 涙混じりの二人の姿のただ一人の目撃者だ。わざわざ直接口止めを頼まれた身としては、黙っていなければなるまい。

「紅き竜と剣士が一人礼を言っていた、借りはいつか返すと伝えておけ」
「剣……」

 竜の言った、剣士という言葉にぴくりと反応したのはやはりシグナムだった。はやてがちらりと振り替えると、カイム
の背を見るその視線は何やら期待に満ちている。
 六課の魔導師の中には、彼女並みの剣の腕を持つ者はほとんどいない。エリオが槍型デバイスのストラーダを使うとはいえ、
その力量は言っては悪いが月とすっぽん――例外の戦斧使いフェイトはここのところ忙しく、二人の子供や隊員の面倒も
あまり見れていないのが現状だ。シグナムとの鍛錬の回数もかなり減ってきていた。
 模擬戦と手合わせを好むシグナムのことだ。最近鍛練の相手も居らず力をもて余していたのだろう。そこに竜の力を持
つ剣士がふらりと現れたのだ、決闘趣味の血が騒ぐといったところだろうか。

(そういえば前、この人に会いたいってゆーてたなぁ……そういうことやったんか)



 その後も珍妙な組み合わせのままふたりの話は進み、人語を解する火竜と機動六課部隊長は尋ね尋ねられ、火竜の姿を
見られて満足したギャラリーがなのは達を残してぽつぽつ帰り始めた後も、お互い多くの言葉を交わし続けた。
 キャロに協力してきたということで、全く無関係でいる気はなかったのだろうか――今度からは予め、と頼めば意外にも
簡単に応じてくれたし、暗に示したその助力の依頼も断られることはなかった。さらにいくらか検査をしたいと言えば、や
れやれまたかとは言われたものの拒まれずに済んだようだ。
 そこではやては思いきって、聞いてみることにした。

「次元世界の管理のためには、レリックの確保が急務なんです。機動六課への入局、どないでしょうか……?」
「……どうだ、カイムよ」
「…………」
「……そうさな。あの鉄屑どもと戦うのなら、云わば敵の敵とも言えるか」
「ほんなら!」
「……いいだろう。あの男への恩、一つここで返すのも良かろうか」

 あやつも、いずれ声をかけると言っていたのだしなと付け加える。その義妹がいる部隊ならば、クロノとて文句は無かろう。
 皮肉にも彼らを襲った一機のガジェットのおかげで、機動六課は世界にただふたりの契約者を味方につけたことになるの
だろうか。
 しかしとにかく強力な戦力が欲しい機動六課としては、前回の任務で見せた未知の魔法はその条件を十二分に満たしている。
 なのはやフェイトと相談した結果スカウトの話が出ていたこともあり、ファーストコンタクトは概ね上々、それどころか
予想以上の収穫であった。

(……人間が世界を管理するなど、おこがましいとは思うがな。なあ、カイム)
(……………………)

 「管理者」の御蔭で死よりも凄惨な目に合わされたと知らぬ彼女たちは、完全な信頼を得たわけでは決してなかったのだが。


「ありがとうございます!」
「……そうさな、忘れておった。おぬしらにとっても、この方が都合が良かったか」
「はいっ」

 しかしキャロに応じるドラゴンの声に、人間を見下している以前のような様子はなかった。
 最近になって少しずつ情が移り始めているのか。向ける眼差しは決して甘くないものの、そこに嫌悪や侮蔑の感情は
込められていない。
 未だにドラゴンにとって矮小な印象の残る人類だが、例外は付き物だ。
 半身カイムは言わずもがなである。そこにミッドチルダで唯一ドラゴンと見識を深めていたキャロとフリードリヒ、
そしてこの世界に導いた魔導師クロノを筆頭に、出会い頭早々から間抜けな誤解を仕出かしたなのはとフェイトへの心象
もまた、今のところ悪くはなかった。

「あの、クロノ君がお世話っていうのは……」
「路銀の換金、食糧。武器を調べてもいたか」
「武器……どのような?」

 なのはへの答えに、隣で聞いていたシグナムが興味津々といった様子で尋ねる。
 聞いたドラゴンはカイムにちらりと視線をやった後、左の翼をおもむろにはためかせ、その岩肌のような背中から一振りの
剣を投げやった。
 この手合いの輩は、実物を見せてやれば大抵大人しくなるものだ。

「さて、……おぬしらは、あの時カイムが火刑に処したのだったか」
「エリオ・モンディアルと言います!」
「え、と、スバル・ナカジマです」
「ティアナ・ランスター、です」
「随分カイムに執心であったらしいな。火炙りを恐れぬのなら、いつでも相手になってやるそうだ。暇潰しにな」

 渡した鉄塊のあまりの重量に案の定目を丸くしたシグナムを放置し、竜が言う。
 律儀に自己紹介とは、この年にしてはそこそこできた雛どもだ。それに精神はともかくとして、先の任務とやらで見た
魔術の才はどれも決して悪くない。
 人間でない者も少々混じっているようだ。が、問題ではなかろう。人外より人間のほうが愚鈍なのは世の常だ。
 そんな分析をひそかに『声』で伝える。しかしその先のカイムはどうしているかというと、自分の周囲をひゅるひゅる
飛び回る嬉しそうなフリードリヒを、少々鬱陶しげに眺めていた。

「…………」

 しかし振り払わないあたり、心底嫌という訳ではないらしい。
 ドラゴンはふっと、珍しく優しげな笑みをこぼした。
 最近思い出していなかったが、あの男の両親を奪い修羅の道へ堕としたのは、そういえば自分やフリードリヒの同種族、
すなわち竜の一族であった。
 だというのに、あの静けさは。仇への憎しみが無い、穏やかな顔は。

「どんな世界から来たんですか?」
「のっ……乗ってみてもいいですか!」
「昨日の魔法、どんな……」
「黙れ。喋る口は揃えよ。喧しい」

 ――感慨深く見つめていたところを、殺到した質問の束に妨害されて、少々苛立ちをこめてドラゴンは唸った。
 次々に問うていたなのはたちだが、はっとして口を閉じる。敵意が見られないということで、相手が偉大なる竜なのを
忘れていたようだ。
 特に新人たちは、魔法生物と接する機会がまだ多くない。ドラゴンにそのつもりはなかったが、波動のような圧迫感に
心臓が一つぎくりと跳ねた。

「……我等の世界、か……これほどの文明を持ち合わせてはおらぬ。後は、そうさな。……空が紅かった」
「赤?」
「……天変地異とでも言おうか。虚空より現れた、異形の者どもの仕業よ。もう封じたがな」

 ようやく大人しくなったのを確かめ、ドラゴンがゆっくりと語りだした。
 ただし真実は、一部伏せた。言葉にしたところでどうせあの地獄を伝えることは出来ぬのだし、そのことに意味もない
だろう。
 それに世界の管理を謳う連中だ、滅びと聞けばまた口やかましくなるのは目に見えている。
 そのうちクロノから話が伝わるかもしれないがその時はその時だ。ドラゴンは言葉を選んで話し、なのははそれに対し
静かに耳を傾けた。

「現れた大いなる敵を追って旅立ち、彼の者を屠った直後を連れて来られたのだ。黒金、おぬしの兄にな」
「元の世界には……」
「二度と帰らぬ。我らの総意よ……そして、そこの青髪」

 フェイトの言葉を即座に切り捨て、唐突に言葉を向けられたスバルが思わずびくりと背筋を伸ばす。

「は、はい!」
「我が背は今のところ、カイム以外を乗せる予定はない。そこのフリードリヒにでも」
「きゅる?」
「……その身体では無理か」

 体を再び封印された、肩乗りサイズの小さな竜が名を呼ばれて鳴き返す。
 ふぅ、とドラゴンが鼻で息をした。
 どこか妙に抜けているこの者たちを見ていると、愉快な事は愉快だが、同時に少々調子が狂う。
 穏やかなる時間が変え始めているのは、カイムだけではないのかもしれない――そう思うと複雑だ。
 竜の誇りと天秤にかけると、こうまでも人間の、俗世の色に染められるのは喜ぶべきなのかどうなのか。

(……)
(何だと?)

 ふと気付くと、無言の『声』が何かを告げていた。
 見れば意識の先は、男の背中の向こう。ちらと目をやると、そこに居たのは――

「……ならば……そうさな。カイムに一太刀でも浴びせられたら、考えてやらぬでもない。無理とは思うがな」
「え……あの……?」
「どうせ手合わせでもする心算なのだろう。なあ、そこの娘ども」

 にやり笑みを浮かべ、戻ってきたドラゴンの視線がなのはとフェイトを射抜いた。
 やっと訪れた模擬戦の、絶好の機会。そう心の中で勇んでいただけあって、図星をつかれた二人は思わずどきりとした。
 心を読まれたのか。いやそんな…と、平静を取り戻すのに内心苦戦するなのはたちを、竜は面白そうな目で見る。
 もちろん読心術などあるはずもない。戦意の高まりくらい見抜けぬようでは、狂戦士の半身など勤まらぬのだ。

「どうして、それを……」
「味方の力量さえ測らぬような者に、隊を率いる資格はない。後はお主らの目の色、そこの女騎士の熱い視線の先を見て
 おれば想像がつくわ」

 両手でやっと鉄塊を持ち上げ、そのままカイムの横顔に視線を注いでいたシグナムにざっと顔が向いた。
 エリオに剣を見せてくれと頼まれ、仕方なく父親の形見の大剣を抜いていたカイムもまた見た。女騎士の真っ直ぐな
瞳には闘志の炎が、めらめらと燃え盛っている。
 待ちに待った時が来た。シグナムが纏っていたのは、言葉にするのならそんな空気だろうか。
 確かに、この時まで随分と待った。時間は望めばいくらでもあったのに、主を差し置いて竜騎士に会いに行く訳にはいかぬ
とぐっとこらえてきた。
 久方ぶりに存分に手合わせが出来るかも知れない相手にすぐに会える場所にいながら、我慢に我慢を重ね続けた訳だ。
さぞ辛かったろうとはやては思う――戦えないことを苦しむのもどうか、と思わないでもないが。

「そうやなぁ……けど、戦闘より前にその他の適性も……」
「! ……そう……ですか」

 はやてが告げると、ものすごく沈んだ声が返ってきた。これはもう重傷かもしれない。
 が、それだけではなかった。

(――何か、後ろからこう、ひしひしと感じるんやけど……)

 なにやら念のこもった視線は、他にも約二つ感じられた。
 模擬戦好きな高ランク魔導師は、そういえば烈火の騎士だけではなかった。あと二人もいたのだ。
 確かに戦闘能力を先に測定してももちろんかまわないが、部隊長の立場としてはそれよりも先に、任務を遂行する能力を
知りたかったりする。しかしいろんな方向から同じ意図の視線で見つめられて、はやてとしてはかなり胃が重くなる状況だ。
 なまじ空気を読めていることが、今の彼女にとっては逆に仇であったと言えるか。

「任務遂行、状況判断能力ともに問題なしですよ?」

 だがそこに、救いの手が訪れた。
 はやては声の方向を向く。果たして後方から歩いてきたのは、少々仕事が残っているということで残っていたリイン、そしてそれを
待つ形で遅れて来たヴィータであった。
 そういえば、とはやては思い返す。リインは先の任務でカイムの戦闘を目の当たりにした唯一の存在だ。
 その彼女がアンノウンの分析をせぬ道理は無く、こっそり記録しておいた彼の男の映像とデータは、後で資料にすると
約束もしていた。
 この展開を読んでいたかどうかは定かでないが、データは予めまとめておいてくれたのだろう。そうでなくては、こうも
言いきることは出来まい。

「太鼓判?」
「正式なテストではなかったですが……前回の任務で、一応のデータは有りましたので。もう少しあれば、ちゃんと判断
 できるんですけど……」

 はやては内心感謝した。それならば、戦闘データの収集に模擬戦を先にやった方がメリットは大きい。これで何とか、
彼女たちのプレッシャーからは逃げられそうだ。
 模擬戦決定となれば視線の脅威は止もう。ほっと一息し、はやては口を開く。
 ――しかし、現実は甘くなかった。

「ああ、ええよ。ほんならまあ、そのデータ集めも兼ねて、模擬戦からいってみよか。相手は誰か――」

 三対の瞳がはやてをとらえ、冷たい何かが光の矢のように背筋を貫いた。
 やってしまった。背筋に汗をかき始めてから、即座に失敗を悟った。
 そして後悔した。この流れだと、模擬戦の相手を決めるのは自分になってしまうではないか。
 中間管理職が上からの圧力に弱いのは承知の事、現在の自分はそんな状況を彷彿とさせた。二十歳も近づいてきて精神的に
成長している自負はあるが、さすがにSランク付近の魔導師三人から強い念(部下たちの手前本人は隠しているつもりのよう
だが、どう見ても剥き出しにしか見えない)を向けられた経験は無い。
 さらには早く決めろという、ドラゴンの威圧感満載の視線まで感じる始末。これにあの竜騎士の目まで向けられたらどう
なることか。しかし決めたら決めたで、機会を逃した二人から恨めしげな顔をされるのは目に見えている。忠誠を誓うシグ
ナムですら、どう来るかわからない。さあどうしよう、どうしようどうしようどうしよう。

「ああああ――――ッ! お前!!」

 その時だった。リインと一緒に遅れてきたヴィータが、カイムを指差して大声をあげたのは。

「ヴィータ?」

 はやてはおろか、その場にいる者は誰も、その事実を知らなかった。
 男はヴィータが今まで都市部でずっと探していた、かの「不審者」であったことを。
 そして彼を捜索するためヴィータは毎日都市を巡回しており、それでも見つからぬこの男に、相当イラついていたという
ことを。

「………………」
「……これもまた騒々しい娘だな。おぬしの連れは皆こうなのか?」
「あ、えと」

 訝しげな視線をヴィータに向けるカイムの隣で、ドラゴンが問う。イエスともノーとも言うことのできないその内容に、
キャロはおろおろと狼狽した。



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