ドラゴンの教えは厳しかった。ブレスの制御に加え封印の一定レベルの解放、さらにはフリードリヒ自身の魔力の使い
方など、その指導は多岐に及んだ。
 中には自分が既に会得しつつある物も含まれていたが、如何せん竜の求めたものはレベルが高い。通ったのは休みの合
間とはいえ通常の訓練並みに、いや竜の制御の一点を言えば、それ以上に厳しい時間であるとも言えた。
 だがキャロは、それでも食らいついた。
 身近な人を守りたいという、強い決意。力への恐怖は拭いきれないが、少女の根底はそこにあった。
 そういう意味では間違いなく少女はなのはの部下であり、血の繋がりはなくともフェイトの子であった。彼女たちの意
志は、確実に新たな世代にも受け継がれていたのだ。

「竜の封印は解かず、炎のみを解放せよ」

 だからこそ、ドラゴンも応えた。いつまでも力を解き放てぬ娘には正直煮えきらない思いがあったものの、それでも折
れることの無い心には素直に感心したのだ。
 己やカイムから失われて久しい、真っ直ぐな精神の輝きをその瞳に見つけて。

「越えられぬというのなら、その壁ごと叩き壊せば良いのだ。それだけの物を既に、おぬしは得つつあるのだぞ?」

 昨日ドラゴンから投げられた声が反芻する。言われた時には疑問を禁じ得なかった、あの言葉。
 しかし果たして、竜の言葉は正しかった。なのは相手に解放したブレスは自身の魔法陣に制御を受けて、意図した威力
で完璧に生成された。追撃のエリオを襲うこともなく、あらぬ方向へ四散することもなかったのだ。

「ヴァイス君、降下ポイントまでは?」
「あと2、3分もあれば!」
「了解。新デバイスのテスト……ぶっつけ本番になっちゃったけど、訓練を思い出して。落ち着いて行こう」
「はいっ!」

 一級警戒体制のアラート、ヘリに乗っての緊急出動。任務はロストロギア・レリックを乗せたままガジェットによって
暴走させられた列車の停止、そしてレリックの確保……実質の初任務にしてはヘビーだが、しかし戦場へと向かう空の上で、
キャロは急速に確信を深めつつあった。
 あの低くも通る声が告げた通り、確かに自分は成長していたのだ。
 自惚れでもなく、恐怖に飲まれる事もなく、ただやっとこの相棒を解き放つことができるかもしれないのだと、少女は
そんな自信を得はじめていた。

「……」
「? なのはさん?」
「キャロ、いい人たちに出会ったね……ちょっと羨ましいかも」
「あ……はい!」

 親友フェイトから事情を聞いているなのはが、そんなキャロに優しく声をかける。
 自分には解いてやれなかった悩みが、僅か五日間、そしてこの訓練を経てから急激に氷解しつつあるのには気づいてい
た。その大事をやってのけたドラゴンを一教導官として羨ましく思ったが、やはり隊員の成長は嬉しいものだ。
 同時に、やはり正式に六課の力となっては貰えないかとなのはは思う。隊の保有魔導師ランクなど問題はあるだろうが、
キャロをここまで育ててくれた存在なのだ。
 ただ、灰と煤まみれにされた記憶しか持たない三人は甚だ疑問だったし、竜の助力は知っていても話の内容がそれと分
からないリインフォースUは、何の事だかさっぱりだった。思わず若き魔導師たちは顔を見合せ、宙に浮く小人はそんな
仲間たちの様子を頭に疑問符を浮かべながら眺める。

「じゃあ私も、フェイト隊長の加勢に……」
『何処にでも現れるな、おぬしらは』

 そんな時であった。重く響く『声』が、何処からともなく聞こえてきたのは。
 当たり前だがフェイトからの通信や、指令を下すはやての声ではない。一瞬硬直する魔導師たちの眼前で、彼女たちを
嘲笑うかのように、突如として赤い警告ウィンドウが開く。
 正体に気付いたのが二人、聞き覚えのある声色に思わず辺りを見回すのが三人。面識がなかったため『声』すら届かず、
唐突に変化した空気に混乱する小人が一人と、そんなことよりも赤いウィンドウに戦慄する魔導師が一人であった。

「後方からアンノウンが高速で接近! こいつは……?!」
「ヴァイス君、ハッチ開けて」
「は?」
「大丈夫。敵じゃないから!」

 レーダーを見たヴァイスが焦りの声を上げるが、対して確信めいた表情でなのはが言うので、訝しみながらもメインハ
ッチを開く。
 ゆっくりと、いかにも重々しく、鋼鉄の扉が開かれる。果たしてその向こうにいたのは、新人三人が映像で見た、そし
てキャロに教えを授けているあの赤き竜であった。

「竜種?!」
「ドラゴンさん!」
『やはりか、娘。……そして久しいな、白き魔導師よ』

 ティアナが驚愕して叫び、キャロが思わず口を開いた。
 ドラゴンはやはりこのような反応に慣れており、とくに気にすることもない。ハッチ下部から、なおも『声』で語りかける。

『雛鳥どもの初陣か。だが生憎だったな、宛が外れて』
「?」
『自殺者は此処には居らぬだろう。カイムは地上だ』
「ち、違います! ……スバル、詮索しないっ!」

 魔導師として数々の体験をし、滅多なことでは取り乱すこともなくなったなのはだが、これは必死になって否定した。
キャロに話を聞こうとするスバルを、妙な迫力のこもった視線で射抜く。
 どうやらドラゴンは前回の二人を見て、人間弄りに味を占めたようだ。慌てふためくなのはの姿を、さも面白そうに見
上げており、その割れた瞳になのはは思わずいくらか恨みを込めた視線を返した。

『さて、何時までも遊ぶわけには行くまい……が、あの黒金が邪魔だ。下げよ』

 誰のせいですかっ、と言いたかったがぐっと堪えた。恨み言の一つや二つは口にしたいが今は任務中、それに「自殺者
カイム説得事件」の原因の八割はどう言い繕ってもあの場に現れた自分達の勘違いだ。
 何より竜の言葉には、戦いの威圧感が滲み出ていた。そしてどうして、となのはが尋ねると、こう返ってくる。

『あの機械共、我等に牙を剥きよった。カイムが直々に叩き潰してくれるそうだ』
「カイ……あの人が?」
『ああ。だがお主らの戦場だ、全て滅ぼすのも忍びない。…ただ我等も、あれを赦す気は無くてな。少しばかり、間引いてやろう』

 その頃フェイトは単独で飛行、一足先に制空権確保のためガジェットとの戦闘を開始していた。
 戦いは一言で言うなら質対量、縦横無尽に飛び回る一人をおびただしい数のガジェットが追う展開だ。ただその一人の
「質」は、圧倒的物量差を補ってなお余りがあった。鉄の機体は巧みな飛行術に翻弄され、接近を許したものから次々と
大鎌バルディッシュに切り裂かれていく。
 しかし、如何せん敵の数は多かった。魔導師ランクとともに魔力を押さえられている現状では、優勢であっても余裕で
圧倒できている訳ではない。
 機動六課設立当初から分かっていたとはいえ、やはりそこは歯痒い所だ。

『フェイトちゃん、転回して東に抜けて!』
『なのは……?』

 そこに、なのはからの通信が入る。
 根本で結わえられたツインテールを風になびかせ、フェイトは反射的に左を見た。確かにいくつかガジェットが飛んで
いるものの、前後方左手よりは確かに壁が薄い。突き抜けようと思えば、不可能な陣形では決してない。
 抜けたところでどうするのか、一瞬疑問には思ったものの決断は早かった。幾度となく肩を並べて任務にあたった二人
に、互いを疑うという考えは毛頭無い。

『うん、了解!』

 なのはが言うのならと旋回し、加速。迫る光の槍を驚異的な反応で避け、針の穴を通すがごとき正確さで攻撃の合間を
縫うように飛び、空を埋める機械兵の群れを突破する。
 そして事が起こったのは、次の瞬間だった。

「……え?」

 抜け出た魔導師を追いかけて反転としたガジェットが、天から降る「何か」に叩き潰される。
 轟音、爆音。何事かとフェイトが振り返る。その目前の空に、かつて見たことのない物体が降り注いでいた。
 魔力弾の一種かと思われたがそんな考えはすぐに吹き飛んだ。あの重量感、重力に従って真っ直ぐ落下する物からは
魔力を感じられない。
 一体何だ、これは。目を凝らし、落下して視界から遠ざかりつつあるそれをようやく認識する。そして知った。
 鉄球だ。
 宙から降ってきたのは巨大な鉄球であった。黒光りする球体が虚空から隕石のように次々と現れ、空中に浮かぶガジェ
ットに襲いかかったのだ。

「召喚……いや、違う……」

 魔力弾でないとなればあれは、ただの物質を何処からともなく呼び寄せているということだろうか。そこに考えが至っ
てもしやキャロの召喚魔法かと思ったが、飛行するフェイトの視界の中に桃色の魔方陣はない。何より新人たちの乗るヘ
リからでは、この空域はどう考えても射程の外だ。
 そんなことを考えている間にも怒濤のように鉄球が降り、逃げ惑い反撃を試みるガジェットを文字通り押し潰す。ある
ものは下敷きになったまま地上へと落下し、またあるものは翼に傷を負い煙を上げて撃墜される。
 しかし圧倒的と思われた天からの攻撃だが、その実粗は大きかった。多くは鉄屑となって落ちたものの避けられた機体
も少なくはなかったようで、隊列を崩されながらも残ったガジェットがフェイトを追う。
 大分数を失った敵をバルデイッシュの光刃を飛ばして墜としながら、フェイトは降下ポイントに到達したヘリを見、そ
して思わず目を疑った。いつか森で出会った、キャロを任せたあの赤き竜が、ヘリに沿うように巨大な体を空に滑らせて
いた。

『フェイトちゃん!』
『なのは、あれ……』
『助っ人だよ。あと、その…あの人も』

 こちらに向かって飛ぶなのはから通信が入る。白き魔導師の影では折しもスターズの二人、ティアナとスバルが宙に勇
躍するところであった。
 しかし親友がようやく視認できる所まで来て、その視線がそのさらに下へ向いていることにフェイトは気付く。その先
に目をやり、見えた光景に不覚にも一瞬動きが止まった。
 誰も居ないはずの列車の上に、あの剣士が身体に布を纏わせ、雄然と立っていたのだ。

 暴走する列車の上で、カイムは炎と煙の吹き上がる闘いの空を見つめていた。
 風に揺れる外套の下、布の切れ目から黒光りする刀身が見え隠れする。天に突き出された掌から魔力が霧散し、同時に
ガジェットへ向かっていた鉄球が途絶えた。
 闇色の剣身は大地の竜。呪法は空を舞う敵に鉄塊の罰を下し、地に這う愚者を文字通り圧し殺す。その銘、「地竜の鉤
爪」に秘められるに相応しい魔術であろう。
 惜しむらくは攻撃の範囲が粗く狙いが付けにくいところだろうが、それでも重力を味方につけた巨大な鉄球の破壊力は
言葉にするまでもない。

「……」

 しかし敵を粉砕したにもかかわらず、カイムの表情はさもつまらなそうであった。
 無理もあるまい。「敵」は、弱かったのだ。
 空を我が物顔に飛び回るガジェットには魔術の障壁もなく、魔導に対し反撃するあの厄介な赤い鎧を纏っているわけで
もなければ、自分やドラゴンのように魔法への抵抗力が高い訳でもなかった。さらに言えば装甲も森で斬った一機とさし
て変わらず、人間に砕けずとも契約者の力の前では不足。
 どう見ても人の造りしものだが、こんなもので歴戦の狂戦士に傷一つ付けられると言うのなら勘違いも甚だしい。子竜
と召喚士の娘の気配を見つけたドラゴンと別れ、山間から敵を見つけた時は昂ぶったものの、もうカイムの身からその興
奮は冷めていた。

「?」

 ふと、光を感じて視線をそらし、戦域から離れた空を見上げる。
 ドラゴンと並走するように飛ぶ鋼鉄の船から、ちょうど見覚えのある若き二人の魔導師が空へと躍り出ていた。
 光は、その娘たちからであった。腕、脚、胴。魔力の奔流が絡み付き、落下する間に高密度の鎧となって体を被ってい
ったのだ。
 キャロのバリアジャケット姿は見たことがないが、彼女らの姿はあの白き魔導師の妙な鎧に通じるところがある。成る
程、あの時出会った二人の女の防護服はこれだったか。そうカイムは得心した。

「……っ!」

 列車へと降りたティアナとスバル。
 新たなバリアジャケットを纏った二人に視線が向き、少女たちは反射的に魔導の銃を、鋼の拳を構えて見せる。
 反射的な行動だった。防衛本能とでも呼ぼうか。敵でないと分かっていながら、しかしこの男が相手の場合は何ら不思
議でないのだから妙である。

「………………」
「……ティア、どうするの……?」
「う」

 しかし二人とも構えたはいいものの、この男が宙に浮かぶフェイトの力になったのはドラゴンの『声』から明らかだ。
 さらにはその目に敵意が無いことに気付いてしまったため、次の一手がどうしようもない。居心地が悪い雰囲気が辺り
に流れる。
 しかし都合が良いのか悪いのか、状況は一瞬で流転した。

「……っ、スバル、下!」

 外套が翻り、カイムが布の陰から、唐突に長剣を振りかざした。
 尋常ならざる威圧感、しかし向けられる方向への違和感に何かを察し、ティアナが隣のスバルを呼び警戒を促す。
 跳躍、スバルの展開したウイングロードに乗って回避する二人。その直下で男が虚空を薙ぎ払い、迸る魔力の波動が先
ほどまで自分たちの居た列車の天井を抉り飛ばす。その天井を突き破ろうとしていたガジェットのアームが、どう見ても
刃の届かぬ間合いから、車体の一部ごと一閃で斬り捨てられた。
 驚愕する二人。それを尻目にカイムが出来た大穴に掌を向け、次の瞬間彼女たちの脳裏に、あの記憶が蘇った。

「……あれって、あの時の……!」

 ブレイジングウイング。八発一組の炎が二組、三組と撃ち出され、天井に空いた穴から次々に飲み込まれていったのだ。
 視覚で確認できず強風のため聴覚もほぼ役に立たない、当てずっぽうの火炎弾が車両を内部から焼いていく。しかも今
回は中途半端な制御のそれとは違う、完全にコントロールされた強力な火炎だ。たちまち紅蓮の炎が車内に広がり、防御
手段のないガジェットたちを包み込んだ。

「スバルさん、ティアナさん! だいじょ……熱っ、も、燃えてるですっ!」

 遅れて降下してきたリインフォースUが吹き出す熱風にあおられて安定を失い、それでも何とかスバルのもとへ辿りつく。
 一気呵成の火計に唖然とする二人であったが、そこへ再び、『声』が響いた。

『良い反応だ、娘。これで道が開けたな。中の鉄屑ども、潰すのなら今ぞ』
「ふぇっ……へっ?!」

 姿が見えたため初めて声を聞いた妖精のような小人が、自身を覆う巨大な影に気づいて空を見る。
 ティアナもスバルも続いて見上げると、ヘリを追って飛んでいたはずのドラゴンがそこにいた。翼を止めて高度を下げ、
列車に沿うように崖の向こうへと舞い降りてきていたのだ。
 『忘れ物だ』、カイムのみに通る声がそう告げると竜の翼がひとつ大きく羽ばたき、ぐるりと巨躯が旋回する。すると
その背から、一振りの剣が滑り落ちた。
 竜が寄越したのはあまりに巨大な剣、鉄塊と呼ばれるそれであった。
 地上で持ち歩くにはどう見ても不向きな剣ということでまたドラゴンの背に備え置いたのだが、「敵」のサイズが分か
った以上はこちらの方が良かろう、と。
 威力ではなくリーチの関係だ。剣閃に魔力を乗せればカイムの愛剣でも一刀両断に事足りるとはいえ、たかがあんな機
械相手にそこまでするのは愚か、と彼らは捉えた。その点この巨剣ならば、少なくとも振っているだけでガジェットの腹
から背に届く。
 兎一匹狩るのなら魔法でも何でも使おう。しかし相手が蟻と分かった以上、踏み潰すのに力は要らぬ。先程火炎を放っ
たのも、結局はわざわざ穴から中へ潜るのが面倒だったからに過ぎないのだ。

「あ、あのっ!」

 もはや人間の限界を超えたその剣を受け、横薙ぎに振って感触を確かめていると横から声がする。
 声をかけたのはスバルだった。重厚な鋼の拳を巻いた少女に男が目を向け、闘気の抜けきらぬ視線が射抜く。

(う……、け、けっこう、怖い……かも……)

 言ったスバルは、もう既に半ば後悔しつつあった。
 はっきり言って、怖いのだ。
 火焙りの記憶もそうだが、訓練中の厳しいなのはとはまた違う、触れる者を切り裂くような抜き身の刀身の如き威圧感。
無造作に伸ばした前髪が視線を微妙に隠し、それが何とも得体の知れない不安を背筋に呼び起こすのだ。本人には全くそ
の心算はないのだが、これは仕方が無いと言うしかない。
 それでも、これは言わねばならぬと自分に気合を入れる。
 映像からカイムの顔は知っており、そして割とこの少女は、訓練で奮起はしたものの、親友ティアナほど悔しさやらが
強いという訳でもなかった。使いどころを間違えていると思われる勇気を振り絞り、彼女はようやく、こう言った。

「あ、あ、ありがとうございました!」
「馬鹿、違うでしょ」

 助けて貰ったらありがとう、悪いことをしたらごめんなさいを素直に言えるように育ってきたスバルにとって、それは
正しいことであったが、今回に限って言えば相当の勇気を必要とした。
 だが正直にそんなことを切り出せる親友を、ティアナは正直少し羨ましく思った。彼女にとってこの男は黒焦げにされ、
プライドを傷つけられた悔しさの方が印象に残っているというのに。
 ふぅ、とため息。唇から緊張が消え、思わず小さく微笑すら浮かべる。
 案の定噛んでしまったのに容赦無い突っ込みを入れ、しかしそんな親友の姿に、ティアナもまたこの時ばかりはあの炎
の記憶を忘れていた。
 見ていて気の毒になるほど狼狽する頭をぽこんと叩いてカイムを見据え、こちらは慌てることなく口を開く。
 が。

「援護、感しゃ……し、し、します」
「……かっこわるぅ」
「う、うっさい!」

 やはり、怖い物は怖かった。

「……」
『敵を斬っただけだ。だがあの者の下には弱卒は兎も角、忘恩の愚者は居らぬようだな……さて』

 任務中にも拘わらず大声を張り上げる少女たちを見て、興味無さそうだがそれなりに複雑な顔をするカイム。その上空
でドラゴンがくっと笑って『声』を投げ、そして何かに気づき、空を見上げた。
 この気配は。竜と竜騎士が思った次の刹那、頭上で巨大な球体が、法陣の環を伴って展開する。
 我を忘れかけていた少女たちも何事かと顔を上げ、その目は本日何度あったかも分からない、驚愕の色に染められた。

「エリオ、キャ……ロ……?」

 薄っすらと球を描く光の中、その中心に漂っていたのはティアナの良く知る少年と少女だった。
 少年の方は半ば唖然とした顔で少女を見、少女は強い意志を込めた瞳で宙に浮かぶ相棒の背を見つめている。
 紛うことなくその顔はキャロ・ル・ルシエ本人のそれだったが、その視線に今までにない輝きを見つけて、叫ぼうとし
たティアナの舌は刹那動かなくなってしまった。
 戦うことに何処か戸惑いすら見せていたあの少女の顔であるのか、一瞬わからなくなってしまったのだ。

「………」
『ああ。あやつめ、漸く若鳥となる気が起きたらしい』
「なっ、何が……?」
『黙って居れ。そう見られるものでもないぞ』

 スバルが我を見失いそうになりながら口を開くも、ドラゴンに窘められて黙って噤む。リインもまた余りに急速に変化
する情勢に訳が分からないといった様子で、こちらは少々距離を取ってはやてへの通信を試みていた。
 輝きを放つスフィアから魔力が解き放たれ、戦場の空に高位の魔法陣が生成した。言うまでもなくその色は、少女の髪
と同じ淡い桃色。

「どうだ娘、そして若き竜よ。共に焦がれた、天つ風の感触は」

  陣から光の奔流が放たれる。長らく封じられていた白銀の巨体が、今まさに、無限の蒼穹へ飛翔しようとしていた。

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