機動六課の誇るバーチャル訓練場に、爆散したガジェットの破片が塵となって舞い上がる。
 炎上する残骸を飛び越える機体は、もう既に対魔力フィールド、AMFを高出力で展開し続けている。理由は単純で、
本日一度目の訓練の出力ではあっという間に追い詰められたからだ。
 新人フォワードが前線で役割を果たせるようになる為には、基礎能力や戦術・コンビネーションの向上と同時に「敵」
が如何なるものか知らねばならない。教導官高町なのはのそんな方針の下、機械兵ガジェットドローンを相手とした戦闘
訓練は新人フォワード達の日常となっており、そして今日はようやくの休日が明けた、つまり二日振りのそれであった。

「よしっ! ティア、次は!」
「右にズレすぎ、左から追いこんで! Y字路の右にエリオがいるわ!」
「フリード、ブラストフレア!」

 フィールドを張り逃げる三機に、一体を文字通り粉砕して勢いに乗ったスバルが全速で追い迫る。そびえ立つビルの屋
上からティアナの魔導弾が檄を乗せて地を穿ち、フリードリヒの放つブレスが燃え盛る壁となって行く手を阻んだ。

「はああっ!!」

 キャロの強化魔法こそないものの、自身に出せる加速の限界まで助走をつけたエリオが、急きょ進路を変え正面へと躍
り出た機体に砲弾よろしく突撃、回避させる隙もなく長槍ストラーダの加重の乗った刺突をお見舞いする。

「……シグナム……あいつら、何か……」
「……ああ、いやに張り切っているな」

 休み明けと言うことで部下の様子を見に来た二人の副隊長、ヴィータとシグナムがぽつりともらす。それは、空から戦
況を分析するなのはもまた同じであり、思わず首をかしげた。
 この日の新人たちは、前回に比べて明らかに動きの激しさが増していた。ブルー・マンデー、憂鬱な月曜日。その言葉
が示すとおり、休み明けの仕事やら何やらは一般に効率とモラルが下がるというのに、である。
 その筆頭はスバルとティアナで、どういう訳か燃えに燃えているらしい。スタミナの限界まで動き回る二人に、エリオ
とキャロが引き摺られて速度を上げているような印象をなのはは受けた。
 とはいえ、そのスターズ二人も絶好調という様子ではない。
 現に動きの加速減速はかなり激しいものの最高速と一撃の威力は前回よりもやや劣る。体力的にはまだ余裕はありそう
だが、それもしばらくすればどうなるかわからない。
 いわば整備不良のエンジンで急加速しているようなものだとなのはは思った。一体何が、彼女たちを駆り立てるのだろうか。

「夢の中でまで燃やされた恨み、絶対晴らしてやるんだから! あの爆弾魔ぁ!」
「もう、いっぱぁぁつ!」
「キャ、キャロ、左から回りこむよ!」
「フリード、追っ……まっ、ティアさん待って!」
「……あいつらの訓練着、あちこち焦げてねーか?」
「ガジェットの攻撃によるものではないようだが……爆弾魔?」

 気合いの矛先は別の誰かで、そしてどうやらガジェットはその八つ当たりの憂き目にあっているらしかった。



「なるほど。それで二人とも、あんなに張り切ってたんだ」
「はい……」
「ぅ……」

 その夜悪夢に魘されたという隊員二人から事情を聞き、「新人フォワード火炙り事件」の顛末を知ったなのはは納得し
て笑ってみせた。
 その目の前ではガジェット相手に大暴れした当事者、スターズの二人が、羞恥の色に染めて顔を伏せている。
 年長二人が先導する形ではあるが、新人全員がかなりのハイペースで動いていたためスタミナの消費は相当早かった。
結局午前も終わりに近づいていたので訓練は中断、早めの昼休みと相成ったのである。

「それにしても、夢でも火球塗れとは災難だったな。爆弾魔と叫びたくなるのも無理はない」
「わ、忘れてくださいっ! あの時はその、一日振りの訓練で、頭に血が上ってたから……」
「私も、ティアが黒焦げになってる夢見て……う」

 ふっと笑ってシグナムが言うのにつられたスバルが思わず口を開くが、真っ赤になった親友に睨まれて子犬のように顔
を伏せた。
 黙っていろと言わんばかりの視線は、紅潮したままの顔では少々迫力に欠ける。しかしティアナの目は必死であった。
友達想いは嬉しいが、それ以上に恥の上塗りは御免なのだ。

「あの……あれは、最初は私だけの予定だったから、それで……」
「いきなり押しかけちゃったんだから、向こうばっかり責めるのも良くないよ。あと、全力全開は時と場所を選ばなきゃ」
「はい……」
「うん、じゃあこの話はもう終わり! 午後は制限時間付きでもう一回。今度は数を増やすから、しっかり栄養取らないとね」

 キャロからもたしなめられて、しおしおと小さくなったティアナとスバル。いつまでも晒し者にしておくのは可哀想な
ので、なのはは一先ず話を打ち切ることにした。休憩の後はまた午後の内容が待っているのだから、引きずるようなこと
があってはならない。

 その後、異様に高いテンションを疑問に思いながらシュミレーターを操作していたシャーリーと合流し、部隊は一端オ
フィスへと戻ることにした。
 昼食は基本的に食堂で摂るのだ。確かに食事の時間ももったいないと言えるが、訓練と休憩のけじめは大切である。た
だひたすら頑張るだけでは身に付くものも身に付かない。
 それにまさか、どこぞの男のようにそこらで獣を殺して食糧を調達するわけにもいくまい。
 それぞれ近くの――といっても身長が分かれているため、隊長格・シャーリー組にスバル・ティアナ組、エリオ・キャ
ロ組といった形におのずと決まってしまうのだが――隣どうし目線の合う同僚と談笑を楽しみながら、一路オフィスへと
歩いていく。

「ねえ、キャロ。いつか……僕も、森について行っていいかな」
「え?」
「その……カイムさん? が気になって。あの時は地上にいたから見えなかったけど、槍も持ってるって聞いたから」

 そんな折、ふとエリオがキャロにこんな事を言い出した。
 なるほどエリオの持つストラーダは、槍型のアームドデバイス。魔導の力を借りる他にも、魔力で強化して白兵戦、と
いう戦い方は先程の演習でも行ったし、自身のスピードを活かす有効得意の戦術でもある。
 キャロの話では武器を多く持つとしか聞かなかったが、剣の中に槍が混ざっている事を聞き落としていなかったのだ。

 自分を保護し、今なお多くの人を守るため働く保護者フェイトの後ろ姿から「道」を見出し、騎士を目指すと決めたエ
リオも守り抜く力を、強さを追い求める若き魔導師の一人だった。
 彼は年長二人ほど怒りの念が強いと言う訳ではなく、それより「竜騎士」の名を負うカイムの持つ槍術が気になったの
だ。いかに新人とはいえ四人もの魔導師を手玉に取るほどの手練れだ、魔法もさることながら剣や槍の使い方も並大抵で
はないとの確信があった。
 もちろん喋るドラゴンそのものへの、興味と憧れもあったが。

「うん、今度言ってみる。きっと大丈夫だと思うよ」
「本当? ありがとう! ……あ、でももう少ししてからがいいかな。もっと鍛えてから……」
「そ、そんなことないよ。カイムさん静かだし、ああいう事はもうないと思うしっ」

 『遊んでやる』との言葉から死なない程度に手加減していたと知っているキャロはまだよかったが、ティアナとエリオ
にとっては初めての、スバルには幼少以来人生二度目の命の危険を感じたのがあの事件である。
 目の前の少女はこう言っているものの、不意打ちだったこともあってやや不安は残る。教練でなのはの放つ魔導弾・ア
クセルシューターに囲まれたことはあったが、あの炎はどう考えてもいつものような、訓練用の手加減の仕方ではなかっ
た。もっと一つ一つのサイズが大きかったし数もあったうえ、さらには合間を縫って黒き雷まで降り注ぐ始末。
 そんな情け容赦ない魔法を経験してしまっては、さすがにこのまま何もせず会いに行くという訳にはいかない。あれは
試練だ、もっと鍛えなければと思ったのだ。そう言う意味ではこの真っ直ぐな少年にとって、あの一件は良い刺激であった。

「そういえば……キャロ、その竜と竜騎士に教えを受けているのだったか」

 もっと強くなってから、と言い出す少年へしきりに誘いをかけるキャロに、ふとそう聞いたのはシグナムだった。
 つい先ほどまで我らが主はやての書類仕事が…などと話していたヴィータの姿は、彼女たちより少し前方を行くなのは
の横に動いていた。話し相手がいなくなって隊員たちの話題を聞いていたら、ふと思い出したのだ。
 キャロは問いかける剣の騎士を見上げ、はっとした。フェイトやなのはとはあの日のうちに話をしたが、この副隊長に
はまだ直接報告をしていなかった。

「す、すみません、勝手に……」
「いや、話は我らが隊長から聞いたよ。それより…どうだ? 竜騎士カイムとやらは、剣も使うそうだが」

 教えを無断で乞うた事を謝るのをシグナムが制し、聞きながらオフィスの自動ドアを抜ける。
 普段ならばデータ整理や他の仕事のある隊長格と新人たちはここで別れて別々に食事を取るのだが、珍しくシグナムが
立ち止って聞くので他の皆も止まり、興味津々といったようすで耳を傾けている。やはり他の世界の住人であり、映
像や遠目にしか見てはいないとはいえ、どんな魔法や力を持つかは誰もが気になるところだ。
 だがシグナムとしては、力量以上に聞いておきたいことがあった。
 その時の状況を知る術はないが、フェイトからはキャロが力の災いを理由に故郷を追われことは既に聞き及んでいるの
だ。その少女が力を求め、自ら教えを乞うにまで至る者が如何なる存在なのか、それが気になったのである。

「はい。何本か、肩とか腰にさげてます。抜いたのは見たことないですけど……でも」
「む?」
「……ふたりとも、すごく仲がいいみたいです」

 話の流れとしてまず「武」の在り方を問い、然る後にどんな印象を持ったか……などと聞こうとしたが、無意識にか羨望
を言葉に滲ませるキャロを見て、シグナムはいい意味で当てが外れたのを悟った。
 なるほど納得がいった。
 大方人と竜の、強い絆を持つふたりに中てられたのだろう。フェイトはクロノ筋の情報で彼らがずっと戦場で共にあっ
たと話していたし、何よりキャロの表情は時々なのはとフェイト、スバルとティアナに向ける視線にも似て本当に羨まし
そうであった。
 何より彼らは、キャロと同じ竜族と生きる者なのだ、幼心にも憧憬を抱くのは不思議な話ではない。

「……そうか。やはり、近い内に会ってみたいものだ」
「はい! あ、エリオ君と一緒に頼んでみましょうか?」
「いや、こちらの予定にお前たちも合わせてもらう訳にはいかん。私は私で機会を見るさ」

 キャロはそのまま優しい顔をして、肩に乗せたフリードリヒの背を撫でている。何となく微笑ましくなって、そしてそ
んな表情をもたらした竜と竜騎士に少しの羨ましさと、ますます興味が湧いてくるシグナムであった。



 だが彼女の願いは、その後しばらくの間叶うことはなかった。
 時間が無かったわけではない。教練に参加していないシグナムは六課でも珍しく時間にゆとりのある職員の一人だった
し、その気になればキャロの目付け役として竜を訪ねに行くことは容易だった。
 にもかかわらずそうしなかったのは、偏に彼女が一人の主に忠誠を誓う生粋の騎士であるが故である。

「ただの紙切れが、こんなに恨めしく思えたことはあらへん……私かて喋るドラゴン、一度見たいのにっ……!」
「主はやて……その、差し入れです」

 ようやくの休憩時間に入って机の上で突っ伏すはやてに、シグナムが冷えたスポーツドリンクのボトルを手渡す。
 つまりは、そういうことだった。忠義に厚いシグナムには、この主を差し置くことができなかったのだ。
 緊急出動の当時はあまりにも急すぎたため、新人たちを向かわせるだけで六課内に回す映像が間に合わなかった。竜の
存在に気づかぬ者がいたのはそのためだ。しかしわざわざ出動させておいてそれはあんまりだろうと、クロノが後から提
示したそれには竜の姿がきちんと記録されていた。
 機動六課の間に流されたそれによってドラゴンの存在は周知の事実となり皆の興味を惹き、そしてそれは隊長のはやて
も例外ではない。

 戦闘には必ず前衛を必要とするため、前線で活躍することがほとんどなかったはやては、魔法生物の類いと相対した経
験がなのはやフェイトに比べてほとんどない。さらにそのドラゴンが人語を喋るとあればまるでおとぎ話だ。会ってみた
いと思う気持ちはひとしおであり、そしてそんなはやてを尻目に自分だけが会いに行くとなると、どうしても遠慮してし
まったのである。

「あ、シグナム。ありがとな、助かるわ」
「はやて。向こうでリインが呼んでた」
「はやてちゃーん、あと半分残ってますよーっ!」
「……ユーノ君の書類整理能力、ちょっと分けてほしいわぁ……」

 設立当初に比べて大分落ち着いてはきたものの、やはり六課立ち上げからさして時間が経っていないことに変わりはな
い。苦とは思っていないが、はやてにはまだ休息の日は遠いようである。



 五日が過ぎた。あれからキャロは休みとなると定期的にドラゴンのところに通っていたが、エリオがそこについて行っ
たことは未だに一度もない。
 同じ部隊の仲間として親睦を深めたいキャロは何度か誘ってみたが、己がレベルアップを確信するまでは訪問を先延ば
しにするという少年の決心は固かった。一方ティアナはまだ煮え切らないものがあるらしく、さらにそんな親友に引っ張
られる形でスバルも奮起し、こちらもまた訓練を重ねて腕を磨く日々。
 そんなある日の、とある教練だった。この日はもはや日課と化した対ガジェット戦の復習の後、なのは自身を相手取っ
ての実戦訓練が行われた。
 消耗した状態で、いざという時の爆発力を高めるのが狙いだ。条件は一定時間攻撃を全て回避し続けるか、それよりも
先になのはに一撃を加えるか……いずれにせよ、失敗すればもう一度最初からやり直しである。
 残りの体力からして前者は明らかに不可能、我らが教導官高町なのははそこまで甘くはない。それ故最後の一撃をいか
にして入れるかが、カギというのが新人フォワード共通の見解であり、なのはの意図とも一致していた。
 ティアナがかく乱、スバルが接近戦で手を塞ぐ。そこへフリードの火炎をタイミング良く入れて視界を奪い、キャロが
強化したエリオの特攻で一気に勝負を決める。相手の技量から考えると成功するか失敗するかは五分五分といったところ
だが、ティアナに考えられる作戦としては現状これ以上のものはなかった。
 が。

「キャロ……いつの間に、こんな……」

 呟いたのは誰だったか。
 目の前には燃え盛る炎のカーテン、それを背景にバリアジャケット腕部に傷を負ったなのはが、驚きの表情で白竜と召
喚士を見つめている。
 フリードリヒの放ったブレスは、以前と比べて明らかに威力を増していた。予想以上に広がった火炎に一瞬意識がそれ、
刹那、回避した炎の陰から突撃するエリオへの反応が遅れたなのははそのまま一撃を受けたのだ。

「……私もまだまだ、だね」

 恐ろしいまでの成長速度。これが新人の底力、と言うべきか。
 キャロとフリードリヒだけではない。的確な作戦運営能力を見せるティアナも、高速戦闘の反応速度という努力では越
えられない能力を持つエリオとスバルも、日に日にどんどんその才が磨かれてゆくのをなのはは実感していた。
 そして今回見せた、彼らの見事なコンビネーション……ティアナの幻術魔法とスバルのウイングロードの連携は、途中デ
バイスの不具合で途絶えはしたが十分に目を見張るものがある。何より最後の一撃は、繰り出される炎を追って臆するこ
となく突っ込むだけの気迫がエリオに無ければ決して成立しなかっただろう。

「ちょうど、スバルとティアナのも調子悪そうだし……そろそろ切り替え時、かな」

 最後の一撃を見事に決めた二人を囲む年長組、それに照れて顔を赤くする年少組を見ながら、なのははまだまだ未熟な
彼らであるが、頼もしさを感じていた。


 一級警戒体制のアラートが機動六課内に鳴り響いたのは、それからおよそ一時間後の事である。



 ささやかな幸せ、という言葉がある。
 一言にしてしまえば随分と単純だが、その意味は使う者で種々に異なるものだ。信頼する友との語らい、親や我が子と
過ごす時間――小さな欲が満たされる瞬間をいうものもいよう。しかし全て通して言えるのは、それらは日々を生きる中
で幾度と無く訪れるということだ。所詮は一時の出来事、いずれ流れ去っていくものに過ぎない。
 だが竜と男にとって、その一時の幸福は彼らの生涯に匹敵するとも言えた。
 平穏な日々を送る、ただそれだけのつまらない、取るに足らないこと。しかしそれは彼らが二度と味わうことはないと
諦めていた、穏やかな時間であった。
 血も凍りつく地獄の恐怖と絶望に抗い抜き、彼等はようやく手にしたのだ。全てを分かち合う愛する友と共に、ただ静
かに暮らせる日々を。
 ……一体誰に、その価値を推して量ることができよう。
 神の手が及ぶこともなく、空が紅に染まる事もない…彼らにとってこの世界、ミッドチルダは他のどんなものよりも優
しかった。カイムとドラゴンは間違いなく、そしてこの上なく幸せだった。

「…………」

 その戦士カイムの目の前で、鉄屑と化した物体が煙と炎を上げていた。
 向ける瞳の色は最近見せていた空の色から、深い暗黒を秘めた海の色へと光を変えている。同じく視線を向けるドラゴ
ンの割れた瞳もまた、静かだが穏やかならぬものをたたえて漆黒に塗られていた。
 突如として空中に現れた謎の物体。それがキャロの言っていたガジェットなるものであると、カイムたちが悟る術はな
かった。そしてそれが偵察の役割を持ち、強大な魔力を探知してやって来たのだとも。
 彼らが見上げる視線に疑問を宿すのと、急旋回したそれが光弾を発射するのはほぼ同時だった。
 咄嗟にカイムが火炎を解放しようとするも、剣を抜くよりかはドラゴンが口を開く方が幾分早く、迫る光球を瞬時に生
成したブレスが撃ち落とす。しくじるなど有り得ない。赤子どもの破壊の息吹に比べたら、何と稚拙な技だろうか。
 だが弱者だろうと歴戦の強者だろうと、一度己に刃を向けた者をカイムが赦すことはまずない。
 狙撃に失敗したガジェットが魔力を無効にするフィールド、AMFを展開した機体が急接近するも、世界最大にして最
重の巨剣・鉄塊を純粋に筋力のみで振るいさえする狂戦士には、魔力があろうがなかろうがまるで関係がなかった。火炎
を封じる愛剣を手にしたカイムは宙高く跳躍、迎撃させる間もなく真っ二つに叩き斬る。まるで紙のように綺麗に裂けた
ガジェットは、文字通り撃墜し停止した。



「…………」

 柄越しに伝わった破壊の感触に、男の背が粟立つ。
 破壊と殺戮の、戦いの衝動が体を駆け抜ける。久しく感じていなかった昂りが指を震わせ、剣が揺れる。契約者の鋭敏
な感覚は遥か彼方の空に、この機械と同じ魔導の気配をもう感じ取っていた。
 戦闘の予感に、カイムの顔が次第に喜色を見せ始める。先程のそれはあまりに脆く弱い敵であったが、あの空には何が
待っているのだろう。
 何を殺せるのだろう。

「……そうか」

 殺戮の笑みを見せ始めた狂戦士に、ふとドラゴンが、静かに声をかける。

「………………」

 カイムははっと我にかえって、ドラゴンを見上げる。そして後苦しげに目を反らした。
 甘かったか、とドラゴンは思う。
 芯まで血塗れになった心は多少の安寧は見たものの、決して癒えきったわけではなかった。時計の針を戻すことはでき
ても時間まで戻ることはない。
 割れた心を繋いだところで、痕は永遠に残るのか――。

「気にするな……お主は、お主のやりたいようにやればいい」

 とはいえカイムの精神がまるで癒えていない訳ではないと、ドラゴンは気付いていた。
 以前ならば己の殺戮衝動に対し、あのように苦しそうな顔を見せることはなかった。平穏を得たはずなのに闘いを望ん
でしまった、それが苦しいと『声』はそう告げていたのだ。
 あの頃のカイムはただ殺したいように殺し、壊したいように壊す羅刹の如き復讐者。後ろを省みることもなければ、そ
のことで胸を痛めることもなかった。それがどうだ。ぽつぽつ訪れる魔導師たちはどうかわからないが、静かなる時間は
確実に、カイムの心に安らぎを与えていた。
 そしてだからこそ、要らぬ手出しをしてくれた何者かへの激情が余計に膨らむ。
 それはカイムも同じことだ。あの時の、偽りの大義の下で自分の為だけに人を斬った修羅の姿が消えたわけではない。
だがそこには確かに、半身の平穏を乱されて怒りに打ち震える男の姿があった。

「契約者を敵に回した罪、死を以て償わせてやろうぞ」

 竜騎士を乗せたドラゴンが大空へと舞い上がり、闘いの咆哮が大気を震わす。彼らを迎えるように風が吹き付け、虚空
の中をふたりは駆けて行った。




「…………あれは」
「……?」
「気にするな、直に分かる。雛鳥が若鳥に変わるのを見られる、ただそれだけの事だ」

 向かう先に接近する子竜の気配に気がついたが、ドラゴンはくっと笑って言葉を濁しただけであった。

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