機動六課の新人フォワード。ロストロギアに関わる彼らが課される日々の訓練はなかなかに苛烈である。
 幸いにして機動六課には高町なのは監修の超高性能陸戦シミュレータがある上、その指導員自体も優秀だった。射撃系
長距離魔法を極めたなのは、文字通り神速の機動力を持つフェイトの二人の隊長をはじめ、スターズ分隊副隊長のヴィー
タはその小さな体に余るほどの鉄鎚を振りまわし近距離格闘に秀でている。それぞれ己の得意な、そして必要とする技術
のエキスパートであり、彼らにとって己の能力を高めるのにこれ以上の理想の教師はいない。正に最高の環境での訓練で
あった。
 しかし彼らの体力についてという意味では、必ずしも幸福とは言えないのが事実だ。肉体が耐える限界ギリギリのライン
を見極め、さらにまだ成長途中である彼らの飛躍を妨げぬよう計算しつくされた訓練は正直に言ってかなり辛いものがあ
る。自分で選んだ道だから、強くなるためだからと弱音の一つも吐かずに修練を重ねていったが、一日の終わりに疲労困
憊でベッドになだれ込むこともあったくらいだ。特に近距離で動き回るスバルやエリオは、その傾向が強かった。

「……そういえば」
「ん? 何?」
「あ、いや、大したことじゃないんですけど…三日前に転移してきた赤いドラゴン、あの後何処かに行っちゃったけど…
 …何だったんだろう、って」

 そういう事情があったため、エリオが全員そろっての食事の場でぽつりと漏らすのは、カイムとドラゴンの来訪から三
日が経った後になっての事であった。
 この日は午前の訓練を終えれば午後は自主練習の時間である。それはそれでやはり厳しい鍛練をするつもりはあるが、
あの隊長の射撃による喝入れがあるのと無いのとではやはり余裕が違うというものなのだ。

「あたしもその後の事は聞いてないわ……なのはさんもフェイト隊長も、あのドラゴンのことは何も言ってこないし」
「キャロは何か知ってる? ほら、竜召喚関係のよしみとか」
「いえ、フリードとはどこか違いますし……あんなにすごい魔力の竜、見たこともなかった……」

 ティアナが思い返し、スバルが尋ね、キャロが首を振る。
 彼女たちとて忘れたわけではない。竜が去って行く時の歓喜の嘶きは、むしろ鮮明に覚えている。だが魔導師として駆
け出しの彼らには、訓練をはじめとしてやるべきことが多すぎた。異界の竜を思い出してゆっくり考える暇など、今のよ
うに皆で昼食の時間をゆっくり過ごせるようになるまではこれっぽっちもなかったのである。

「今度、なのはさん達に聞いてみよっか」
「そうですね。あの後どうなったか気になりますし」

「皆さん、あの……ドラゴン、とは?」

 そこに口を挟んだのは、たまたま四人のテーブルに同席していたメカニックのシャーリーであった。傍らには彼女の皿の
サラダからミニトマトを貰ってかじっている小さなリインフォースUの姿もあるが、こちらは竜に興味はないらしい。

「あれ……ご存知ないんですか?」
「はい。えと……キャロさんのでは?」
「いえ、その、三日くらい前緊急の出動要請があったじゃないですか。その時に本局の方の転移魔法で来たのを見たんです」

 キャロが連れている白き飛竜フリードのことかと思って尋ねるも、そう否定されてシャーリーは疑念にかられた。
 話を聞く限りではそのドラゴンは、随分と強大な魔力を持っているらしい。そんな情報が届かないなど、ロストロギア
といった危険な対象を取り扱う機動六課にはよほどの事でなければあり得ない話である。しかしこの新人たちは皆素直で
あり、その言葉を疑うのは意味がないだろう。

「変ですね……こんな事件、すぐ広まりそうなのに」
「要請が来た時は、『恐ろしく強力なロストロギア関連の可能性あり』って言ってたのに……何か事情があるのかしら?」
「そういえば、あの後ドラゴンが何処かに行っちゃったのも変じゃない? ロストロギア所持者かもしれないのに、取り
 調べとかどうするんだろ」
「あ、それも…って考えてみたら、謎だらけですね」

 一気に話に花が咲き始める陸士たち。やれ古の魔竜だ、いやあれはきっと聖なるドラゴンに違いない、そんな当てのな
い推測が飛び交う。隊長による特訓ではなく自主練習を控えたその日の昼食は、随分と楽しいものになるのだった。
 しかし、彼らは気付かなかった。キャロの背後にいたはずの白銀の仔竜、フリードリヒの姿が、いつの間にか何処にも
なかったのである。



 昼休みを終えたシャーリーは、しばらくすると通信機のマイクを取った。
 当然の流れである。六課内で流れた噂は、特に怪しいものは、隊長たちにも伝えるべきことなのだ。そしてそれを知った
なのはとフェイトは、当たり前のように――

「ク・ロ・ノ君?」
「……お兄ちゃん」

 ――時空監理局本局を出たクロノに天を仰がせた。
 ドラゴンが倒したという崩壊した神像の調査、それもようやく終わって――完全に砂塵と化していたためほとんど何も
わからなかったが、それでも報告書を書かなければならないのが彼の悲しい務めである――さあ一休みと思ったらこの有
り様だ。目の前に二人の美女とは男たちの羨む光景だが、しかしその実彼女たちは魔法ランクSを超える一騎当千の実力
者である。本気でそうなることは多分ないと思う、いや思いたいが、できるなら怒りを買いたくない友人と義妹だ。
 何の因果か。いやそんなことは分かっている。恐らくは三日前の事件のことだろう。調査自体は昨日ほとんど終わって
いたので、何もなかったと言っておいたから神像のことではあるまい。となると、二人の目的はあの竜と竜騎士のはずだ。
 さてどうするべきか。
 自分としては竜と人は酷く疲れているように見えたのだから、まだ休息を味わっていてほしかった。そう思って彼らを
放ってお
いたのだが、よくよく考えてみればもう三日も経つのだ。彼らの戦いの壮絶さを知らぬ人間からすれば十分過ぎるくらい
であり、自分もそろそろ彼らから本格的に事情を聞こう、あわよくば住民登録に移ろうかと考えていたところでもある。
激闘の疲れを癒すのは終わっている。言い訳にならない。
 ……そろそろいいだろう。
 人に会いたくないなら彼らだって避けようとするはずだ。クロノはそう考えた。決断は早かった。

「……あ、ごめん。連絡まだだったな。あの二人には事件性なかったから」

 それでも最後の配慮は残して答えた。
 ロストロギアに関係ないと言ったのだ。機動六課としてはもう聞いてくるようなことは何も残らない答え方だった。最
悪の場合としてあくまで個人的に突っ込んで聞かれたら確実に洗いざらい答えさせられるのだろうなとは思ったが、さす
がに彼女たちがそうする理由もないかと図ったのである。
 開き直りでは、決してないのである。

「……なら、いいけど……」

 クロノの思惑通り、なのははまだ不服そうにしながらも一応の納得を見せた。ロストロギアが絡むのでないなら、彼女
たちの出る幕はない。
 しかしそれでも、何やら疑問の残る顔をしているのが居た。
 フェイトだ。義兄の言葉を聞いて一瞬えっと口を開き、そのままクロノの顔を見つめている。やがてクロノに気付かれ、
なのはもふと横を見たときになって、金髪の魔導師はそれを口にした。

「……お兄ちゃん」
「フェイト、どうした?」
「二人って?」
「あっ」

 なのはがはっとした顔になり、クロノが意外な様子で続ける。

「竜と竜騎士だが……、聞いてなかったのか?」
「うん、ドラゴンが来た事しか……」
「誰から?」
「シャーリー。でも、シャーリーはスバル達から聞いたんだって」
「彼女たちは地上にいたからな。背中に隠れて見えなかったんだろう」

 下から見れば竜の腹、せいぜい見えたとしても首がいいところだ。背に横たわっていた男が目に入らなくても不思議な
話ではないだろう。
 それきりフェイトも、なのはも質問を途切れさせた。何か考えている様子だ。
 ……もう話は終わりだろうか。
 帰ってもいいのだろうか。そう考えながら思案顔になった二人をしばらくそのまま見ていたのだが、それがいけなかった
のだとすぐにクロノは知る。そんなことを考える暇があったら立ち去ってしまうべきだったのだ。

「その人たち、今は何処にいるの?」

 終わった。自分が与えられる、彼らの休息はこれで終わった。
 今度こそ答えねばなるまい。親友に手合わせと称して鬱憤晴らしに星光崩壊の一撃を貰うのは嫌だし、何より義妹に口を
聞いてもらえないのも勘弁被りたいのである。
 暫しの沈黙の後、クロノは白状した。開き直りでは、決して、ないのである。

「……三日前に転移して来てから、その北西にある森を使うと言っていた。座標は……」
「魔法はどうかな」
「ランクの事か? 計測してないし、実際使ったのは見てないが……少なくとも竜の魔力は、どうしようもなく巨大としか表
 現できない」
「どんな人たちなの?」
「悪人かどうかは……わからない。ただ、酷く疲れていた。ずっと戦場にいたらしい……竜騎士の方は喋れなくて、ドラゴンが
 話してくれた」
「喋る、ドラゴン……格闘とかは、クロノ君から見てどう?」
「騎士の方は全身に武器を仕込んでたから、相当の場数は……って二人とも、そんなこと聞いてどうするんだ……?」

 情報をだだ漏らしにした後クロノが問う。やはりというべきか、答えはこうだった。

「会ってみようかな、って」
「私も」



 三日間の休息を終え、竜と竜騎士はほぼ復活した。
 崩壊した世界の記憶が鮮烈過ぎて精神的には全快と言えないものの、体力の点ではもとの状態を取り戻していた。むし
ろ身体を巡る『母』の魔力を持て余しているくらいであった。
 澱んだ魔力は発散せねばならない、そんな時カイムは剣を振るう。森での食糧確保に、狩りをする必要があったのでち
ょうどよいとも言えた。幸いにしてそう頻繁ではないが、時たま迷い込んだ獣が愚かにも戦いを挑んでくることがあるのだ。
 今日も獲物は得た。カイムの体躯程もある大きな獣だ。何と呼ぶのかはわからないがとりあえず当分の糧にはなりそう
である。ついでにふらふらと飛んできた、もう一つの獲物をとらえることも出来た。
 が。

「……」

 カイムは手にした物体を見て止まっていた。
 正確に言えば、どうすればいいのか分からなかった。手の中にあるのは自身の昼食の材料で、このまま木の枝にくくり
つけて火で焙ればいいだけである。
 にもかかわらず、カイムは未だに戸惑い、それを躊躇していたのである。
 持っているのは、剣で倒した方ではない。後から飛んできた小さな方だ。

「………………」
「クルゥ」

 手にしていたのは脚を縛られて逆さ吊りにされた、小さな飛竜であった。
 どこからともなくふらふらと寄ってきたのを摘まみ上げて縛ったはいいが、見ると小さく鳴き声を上げて嬉しそうに見
つめ返してくる。その目には被食者の恐怖でなく、懐っこい光が映っていたのだ。ただ焼けばいいだけのはずなのに、あ
る程度の意識を持つとみられる竜が、何が起こるかもわからぬ様子で自分を見つめている。それを火焙りにするのは何か、
不思議にも躊躇われたのだった。

「……カイム」
「……………………」
「見逃してやってはくれぬか。異郷の種とはいえ、同族の子供が丸焼きにされるのは忍びない」

 背後に居たドラゴンが言った。他にも獲物はあるのだし、どうせその大きさでは腹の足しにもなるまいと付け加える。
カイムは頷き返し、吊られた竜の脚を結う縄の結び目を切ってやる。
 情けをかけるのにも理由を欲する半身に内心苦笑し、解放された竜を見る。小さき白竜はカイムの周りを、そしてドラ
ゴンの眼下をくるくると飛び回っていた。少なくともこの一帯には竜族の気配を感じることができない。同じドラゴン同
士、そして竜の匂いが身体に染み付いているカイムもまた、己の仲間と感じているのだろうか。
 そうしているうちに白竜は、もう興味を失ったカイムの足下に降り、仕留めた獣の肉を捌くのを見はじめる。そんな飛
竜の後ろ姿を見て、気付いたドラゴンが声を飛ばした。

「……?」
「封印が施されておるな。……慌てるな、おぬしの考えているのとは違う。単なる力の抑制だ」

 「封印」という単語に敏感に反応するカイムをドラゴンが諌める。無理もない、カイムが守ろうとし、守れなかったの
は「封印の女神」であった。さらに言えばあの地獄のような紅い世界を生んだのは、神によって少女マナを鍵と定められ
たいわば「崩壊の封印」なのだから。

「クァ、クルゥ」
「ふむ、……主がおるようだ。我ら同族の気配を感じ、機を見てこっそり会いに来たらしい」
「……」
「……その通り、やはり我らとは違う。『契約』とはな……さて」

 『声』で伝わるカイムの疑問に答え、ドラゴンはくっと空を見上げた。鍛え上げた聴覚に意識を集中する。何かが聞こ
えたような気がしたのだ。そのまま目を閉じ、耳を澄ます。
 少しすると遅れて聞こえはじめたのか、カイムもまた怪訝な顔をしてドラゴンを見上げる。彼らの耳に入ったのは、こ
んな声であった。



――フリード、フリードー?



どうしたものか、とドラゴンは呟いた。



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