闇の書のページは、残り1ページ。というか残り1歩ぶん。
 という訳でしあわせの靴を少し封印していたのだが、ついに再び使うときが来た。決戦の当日
である。

「何か忘れているような……本当に海鳴じゃなくていいんだろうか」

 と、ぼやくはオリーシュ。決戦場が海鳴市でなく、無人の次元世界になってしまった件である。
 何かイベントがあった気がするのだ。しかしどうにも思い出せないので、きっと重要なものじゃ
ないんだと思う。

「真っ黒しょこたん! 真っ黒しょこたん!」

 ウキウキ気分のはやてが横でうるさい。楽しみにしてるのはにこにこしてるからわかるけど、今
のうちに名前考えてあげてください。

「この辺りは無人だし、見渡す限り平原だ。砲撃が山に当たることもないし、申し分ないだろう」

 クロノが言うように、大地には草原が地平線の果てまで続いていた。遮蔽物など見当たらない。
格ゲーで言うなら、なのはさんステージ! という感じ。

「ついになのはがレーザービームとな」
「グッとガッツポーズしただけで五人くらい吹っ飛ぶのか」
「自分の砲撃に乗ってアースラまで行くファンサービス……!」
「そんなのできないよ……」

 ヴィータとはやてが囃し立てたが、なのはは眉毛を情けないハの字にした。要求が厳しすぎたら
しい。

「全盛期は十年後か。声変わり気をつけてね」
「わっ、わたし、男の子じゃないよ! 女の子だよう!?」
「知ってるけどその凶悪さゆえに、ベガ様やバルバトスと同じ声になってしまう可能性がある」
「凶悪って……ま、また、またぁっ……!」

 ぷっぷくぷーななのはさんだった。これ以上遊ぶとレイハさんでぶっ叩かれそうな予感がするの
で、このくらいにしておこう。

「確認が終わったぞ。ここら一帯に人はいない」

 そこに、シグナムが空中から声をかけた。アルフとフェイト(脱いでない)の姿もある。
 最後の安全確認だった。これからビームやらレーザーやらが飛び交うのだから、万が一にも結界
に人が入ってきてはいけないのである。無人世界とはいえ安心してはならない。そこら辺のオリ主
がいきなりトリップしてくるかもしれないし。

「君みたいなのがひょっこり顔を出すかもしれないしな」

 クロノが俺をオリ主扱いしやがる。

「オリーシュはオリ主でなく固有名詞だと何度言えば! ええい許さん、チャーハンぶつけんぞ!」
「準備に入ろう。バラけるより陣を組んだ方がいいか」

 華麗に無視されてしまい、何というか非常に切なかった。

「あとはやて。しょこたん言ってるの教えたら、中の人が微妙な雰囲気してたからやめたげて」
「えー」

 この呼び方が気に入っていたらしく、はやては残念そうにした。

「我々はインペリアルクロスという陣形で戦う」
「ロマサガ乙」
「むしろこいつ真ん中にして、鳳天舞の陣使おーぜ。囮役にさ」

 オリーシュはパリィとか使えないので、ヴィータの提案は全力でお断りするのでした。





「俺、この戦いが終わったら……」
「終わったら? 何するん?」
「……ケーキ焼くんだ」
「いつもと変わらんやん」

 みたくはやてとアホなやりとりをしているうちに、配置があっという間に決まっていく。
 アンチされた闇の書の……

「八神家がえらい目にあう件」

 じゃなくて。
 安置された闇の書を前に、左右両翼をヴィータとシグナム。中央前衛をフェイトとクロノ、アル
フのハラオウン組。そのちょっぴり後方になのはが構えていた。ハンターシフト、と言えば通じる
人には通じるかも。
 でもってその後ろにシャマル先生とザッフィー、ユーノがサポートに回り、魔法何それおいしい
の? なはやてが最後衛。はぐりんズの護衛つき。
 全員バリアジャケットを装備し終えていて、もう戦闘準備は万端だ。魔導衣やっぱかっこいいな。

「一部を除いて超豪華ラインナップ……」
「一部っていうのは私のことかー!」
「いやオレだよオレ」
「私やよ私」

 最後衛でははぐりんと一緒の二人が繰り広げる、オレオレ詐欺と私私詐欺。
 ということから分かるように、退避指示が出ているのにオリーシュまだ逃げてない。

「聞かせてくれ。どうして下がらなかったのか」
「そっ、そうだよ。危ないって!」

 さっき迎えの局員さんが来てたんだけど、その人を押し留めて、今俺はここにいる。
 ちょっと後方まで下がって、クロノが尋ねた。ユーノも後ろを向いて声を上げたし、なのははそ
れを心配そうに見守っている。

「いやそれが。俺がいた方がいいんですよ。今回限りですが」
「……どういうこと?」
「もう今になったから言うけど、闇の書と俺ってちょっとつながってまして」
「またまた御冗談を」

 横のはやての突っ込みが的確すぎて困る。AAの手を上げた猫みたいな顔してまったく。

「そっ、それでは……」
「いやいや、別にバグぶっ飛ばしたからって死にはしないのでご安心を」

 慌ててクロノが尋ねるも、それは見当違いなのでちゃんと否定しておく。一瞬蒼ざめていた面々
だったが、それを聞くとほっとした顔になった。

「……あ。じゃあさっき、しょこたんが微妙な顔してるってゆーたんは……」

 はやてにしては鋭い指摘だった。普段色々てきとーやっているようでも、意外とちゃんと覚えて
いるのだから恐ろしい。ていうかしょこたん言うな。

「まぁそういうことで。通信っぽいのはできたりしてます。念話だっけか」
「念話? 念話はリンカーコアがないと使えな……」

 クロノがそこで、はっと表情を変えた。さぁっと顔色が蒼白になっていく。他の皆はわからない
みたいだけど、さすが出来る子。頭のキレが違う。

「……まさか! まさか、君のコアはまさか、闇の書の!」
「話が早い。その通り。どういう訳か書の中にはいっちゃってて」

 ここまで来ると、他の皆もようやく状況が飲み込めたみたいだ。あらかじめ知っていたヴォルケ
ンリッターの面子以外、驚愕と恐怖で表情が再び急変した。普段からしてゆるゆるで通っているは
やてですら、驚いてぽかんと口を開けている。

「あたしたちの通信だけ受信できたのも、夢の件も、まぁそんなに不思議じゃなかったんだよな」
「変な形で入ってたから完全に通信は無理だったけど。それより皆! プリン! プリン!」
「ああ、一番最初に撃ったら手料理だったか。あまり気乗りはしないが、お前がそれでいいなら」

 少々躊躇したような言い方をするシグナムだった。何度もやっちゃってくれとは言ったのだが、
まだちょっと踏ん切りがつかないでいたらしい。

「けっ、けーとくん待って! 撃ち抜く的っていうのはそれじゃ、それじゃあっ!」

 焦燥に駆られて、なのはが声を絞り出した。事ここに至って、こちらの意図を察するに至ったら
しかった。必死の様相を呈した、それは切なる叫び声であった。
 ちっちゃなボールくらいの大きさで、攻撃にためらいを覚えるかも知れない類のもの。
 知りあいのリンカーコアだったら、そりゃまぁ躊躇もするだろう。

「バグ吸ったコアだけ抜き出してぶっ壊す。ついにシャマル先生の鬼の手が見れるかも!」
「……ええの? そんなことして。コアないと、魔法使えへんって……」
「それで一発解決するらしいから。じゃあ最後のステップ。はい一歩」
「まっ、待て! 待つんだ!」
「クロノ、大丈夫大丈夫。けっこう分離してるから、ぶっ壊れても本体に影響ないみたいだし」
「それもある! だがっ……だ、だから待て、待てと言っているんだ!!」

 クロノが叫び、こちらに飛ぶ。なのはとフェイトがあとを追ってきた。しかしそれも間に合わな
い。フェイトが脱いだら間に合ったかもしれないけど。

「はじめのいーっぽ!」
「まっくのーうち! まっくのーうち!」

 はやての声をBGMに、靴をはき替えた俺は、最後の一歩を踏み出したのだった。



(続く)

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ところがどっこい……モンスターボールじゃありません……!
オリーシュコアです……! これが現実……!

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