「井上」
「はい」
「臼井」
「はーい」
「オリーシュ」
「倍プッシュだ」
「オリーシュオリー……先生思ったんだが、スマップスマップみたいでかっこいいな」
「オーダー! おいしいコーヒー牛乳一本!」
学校に復帰すると、ようやく日常に帰ってこれた気がするオリーシュですこんにちは。
その日は、再びクロノたちとの話し合いの日。会場は前は翠屋だったということで、今度は八神
家にて行われた。
とはいえ話せることはそんなに残っておらず、決戦当日の段取りを決めるだけである。それも、
歩数がピッタリになったらはやてが闇の書を起動し、露出した部分を指示どおりに魔法で撃ち抜く
……としか説明できない。要するにあんまり話すことが無い。
「はい? 編入試験とな」
と思ったら全然関係ない所にありました。話がはじまるその前に、リンディさんとフェイトから
相談を受けたのだ。
なんでもフェイトが、聖祥への編入を狙っているらしい。そのためにはもちろん勉強をしなけれ
ばならないわけだが、いかんせん世界が違うので勝手がよくわからないそうだ。
なのはに聞けばと思ったのだが、当の魔王様は最近、俺への挑戦(勉強的な意味で)にご執心。
俺の方が知識量が多いというのは知れていて、それでこっちに聞きに来たのだろう。
「なるほどなるほど。ならば、テストで超簡単に1番が取れる方法を教えて進ぜよう」
「ほっ、ほんと!? そんなのあるのっ!?」
正面にいるフェイトとリンディさんよりも、横で聞いていたなのはの方が食い付きが良かったの
は御愛嬌である。
「答案を白紙で提出します」
「0点やろ」
「そう、その通り。帰ってくる答案は当然0点。しかしこれは、すなわち下から1番!」
大いに期待していたらしいなのはが、がっくりと肩を落としてユーノに慰められていた。
「まじめに答えんか」
はやてに久しぶりにぐりぐりされた。握力が上がっているようで、こめかみが非常に痛い。
「魔導師=理系のイメージがあるので、国語と社会メインやった方がいいかも」
「フェイトちゃん、家にある参考書貸したるよー」
「あっ、ありがとう……」
フェイトはまだ八神家の面子に慣れていないらしく、正面から話すとこんな感じに口数が少なく
なる。
と思っていたがそれは、なのはやクロノたち以外について共通だったようだ。翠屋で桃子さんに
話しかけられているのを見たことがあるけど、似たような感じだったのを覚えている。
「社会は法律とかまで食いこんでないし、まぁ大丈夫なんじゃなかろうか」
「せやなー。取りあえずは漢字からがええかも。教科書にいっぱい出てくるし」
とか言いながら、シグナムの持ってきた教科書を二人で吟味する。吟味するのだが、少しすると、
いい解決策があることに気がついた。
「よく考えたら、なのはと一緒に漢字ドリルをやるのがいいんじゃあないか。レベル的に考えて」
「バカにされてる気がするよう……」
ソファに座ったなのはが、恨みがましげな目で俺を見る。
「どうしたアホの子」
怒ったなのはがやってきて、俺のほっぺたをぎりぎり引っ張った。
「……いつも、こんな感じなのかな」
「そうみたいよー。この間の翠屋での写真、何枚かあるけど。見る?」
ほっぺたを右にひねられ左に回され、喋れないで苦労している俺だった。その横ではやてとフェ
イトが、勝手に仲良くなっている。はやてにダシにされているようで、何となく面白くない。
「ははふぃへ(放して)」
「そっ、その前に、てーせーしてよっ! わたし、アホの子じゃないもん!」
冥王様になったならともかく、最近のなのははどうも補完計画が成功しているらしく怖くない。
ということで、なのはのくせに生意気である。こちらからもむぎむぎやり返すことにした。お互
い変てこな顔になりながら、相手の頬っぺたを捻りまわし引っ張り伸ばす。
「何という間抜け面……これはすずかちゃんに写メせんと」
「はやてはやて、デジカメ持って来た」
「にゃぁっ!? ふぉんな……ふひゃっ! はっ、はふぁひて、ふぁはひてよーっ!」
情けない顔を友達に写メられるまいと必死に身をよじるなのはだった。もちろんすんなり放して
やるわけがなく、解放は散々焦らせておいてからでした。
「はやてちゃんのばかばかばかばかばかぁっ!!」
解放されてから俺はもちろん、はやてにもぽこぽこぱんちを浴びせるなのはだった。
「闇の書の残りが5ページくらいになりました」
ぱらりと分厚い書をめくると、クロノが珍しく驚愕の表情をつくった。
「蒐集せず集めるってのが信用されてなかった気配がする」
「まるごと信じられるわけがないだろう……本当にやってのけるとは」
クロノの主張はごもっともでした。
「もうちょっとで完成ですね。今までの歩数から計算すると、あと五千歩くらいでしょうか」
はぐりん三匹を連れて、シャマル先生がコーヒーを持って来てくれた。スタスタに砂糖のビンを
持ってもらっている辺り、こいつら三匹の八神家への溶け込み具合のすさまじさが窺えよう。
「決戦はどこでもいいんですが。結界張って海鳴海上とかどうでしょう」
「無人の次元世界の方がいいのでは?」
「んー……まぁどこでもいいんだけど、何かちょっとしたイベントがあったような気がして」
海鳴住人となのはの間で、最終決戦直前に何かあったような気がしたんだけど忘れた。忘れるく
らいなので、きっと物語にはさして変化はない気がする。
「ずいぶん適当な……」
「まぁ、何とかなるって。万が一の場合は、最終手段も頼んであるし」
「最終手段?」
「そうそう。某双子のお知り合いに、エターナルフォースブリザード的なのを」
「つまり相手は死ぬん?」
横から突っ込んできたはやては、厨ニ病にも造詣が深いようだった。
「それはクロノたちがしくった場合くらいのもんなので。あんまり心配してないけど」
「言ってくれるじゃないか」
と言って、クロノは不敵に笑った。出会った当初は事務的な印象を受ける子だったけど、最近よ
く話すようになってからは、ちょっとずつ表情を見せてくれるようになってきたと思う。
「ターゲットを狙って、確実に砲撃するだけだし。多分大丈夫でしょ」
「ついになのはちゃんのごん太ビームが見れる……!」
はやてが恐れおののいて見せると、なのははちょっと傷ついた顔をした。
「頑張ってね。狙うの大変だと思うけど」
「そんなに小さい的なのか?」
「いや、サイズはボールくらい。でもちょっと躊躇するかなと思って」
「躊躇……?」
フェイトが少し不安げな顔をした。
「実は的はオリーシュでした、とか」
「そんな訳あるかばかやろう」
はやてが横合いから口を挟む。俺になのはさんビームを受けろと言うのか。
「出てきてからのお楽しみ。最初に撃った人には、トニオ料理をプレゼント。プリンもあるよ」
「あら。じゃあ私も……」
「リンディさんの場合、プリンはカラメルソース抜きです」
本気でショックを受けているリンディさんだった。
そんな感じに時は流れ、てきとーに歩数を稼ぐ毎日が続いた。
残り五千歩と言ってもあっという間に減っていき、一週間もすると三桁台へと突入する。ここか
らはページ残量を減らし過ぎるとまずいので、外出する時は靴を切り替えることにする。
クロノたちとの話合いも決裂することはなく、なんとか信用を獲得。気がつけば歩数は残り二桁
へ。追いかけまわせないのをいいことに、わざわざしあわせの靴装備でなのはをおちょくったりし
て、のんべんだらりと時を待つ。
「そして十年後」
「そこには、元気に訓練場を走り回っとるなのはちゃんの姿が!」
ではなく、二桁突入から三日後。
ついに闇の書を巡る一連の事件に、終止符が打たれる時が来た。