騎士たちは草原に向い合い、ある者は浮かない表情で肩を落とし、またある者は不安げに視線を
さまよわせていた。
「はっ、は、はやてちゃん、大丈夫でしょうかっ! ももももし、なっ、何かあったら……!」
「シャマル……何かあったら、お前が直ぐ我々を転送する手筈だろう。落ち着け」
あたふたするシャマルを諌めるシグナムだったが、もちろん彼女も内心、とても平静を保つどこ
ろの話ではない。他の騎士たちは落ち着いているように見えるが、しかし心の中は同様だ。
何しろ今、八神家に残されたはやてが単独で面会しているのは、高町なのはその人なのだから。
「闇の書はあたしが持ってるし……バレないと思うけど……」
「主はやてに念話を覚えていただいて正解だったな……」
仕方ないことではあった。
ザフィーラ以外のヴォルケンリッターの顔はなのはに知られている。レイジングハートも修復が
終わっている頃だから、犬形態ザフィーラのみを置いておいても、ただの犬でないことがバレるの
は時間の問題だ。騎士が一人でもはやてと一緒にいれば、疑いの目は避けられまい。
「一人の方が逆に安全、ということはあるだろうが……」
「言い出したら聞きませんでしたから……『バレたらヴィータがハチの巣にされてまう!』って」
赤面して小さくなるヴィータ。「守護」騎士の名はしばらく名乗れそうにもないのだった。
「ゆ……ゆくえふめい?」
遅れてアリサ、すずかがやって来て、はやてとすずかがはじめましてを済ませた後。
ここにいない少年について色々と事情を聞いたなのはは、はやての口から告げられた事実に対し
て目が点になっていた。良く見るとぽかんと口が開いている。
すずかも心配そうな表情になり、アリサでさえ驚きに目を見開いていた。まさか身近に、そうい
う状態にある人がいるとは思わなかったからだ。
「そうなんよ。せやから、どーしよっかと思って」
「ほっ……本当なら、捜索届とか、出した方がいいんじゃ……!」
「でも、夢で会いに来てくれたからなー。大丈夫やって言われたし」
「……アイツ、行動がだんだん人間離れしてきてない?」
あきれ顔のアリサである。常日頃から数々のアホなふるまいを目撃しているだけあって、感想は
守護騎士たちのそれと全く同じものであった。
「なので心配いらんよー。そのうちひょっこり帰ってくるんちゃうかな」
「帰ってこない方が平和じゃない。しばらく間が空いた方がちょうどいいわよ」
はやて・アリサ組は全く心配していないようだ。それを聞くすずかも、「二人がここまで言うな
ら大丈夫かも」とか思いはじめていた。彼については確かに、危険が自分から避けて通りそうな気
配すらある。危ない目に遭っている所が想像できない。
(ゆっ、行方不明って……それじゃ、それじゃあ、もしかしてホントに……?)
しかし、少年が闇の書の主かも知れないと聞いているなのはは別である。
八神家を拠点にしこそすれ、よもや家に戻らず行方不明になっているとは考えてもみなかった。
そうなってくると、ますます怪しく思えてくる。八神家を出ているのは、海鳴外での活動を強化
するためではないのか。はやてに迷惑がかからないようにするため…という説も考えられてくる。
リンカーコアが無いから、きっと違うのだろうと思っていた。しかし状況的には彼がアヤシイ。ク
ロノが言った説が正しく思えてきてしまう。
「はやてちゃん、このおうちに一人で……?」
心配そうに言うすずかであるが、はやてはあっけらかんと答えた。
「ん? うん。たまに親戚が来るから、寂しくはないけどなー」
気にせんといて、と明るく言う。
大人用の服やら何やらが洗濯物に混ざっているのを見られたらマズいので、「完全に一人ぼっち」
と言ってはいけない。ただこう言っておけば大丈夫で、割と抜け目のないはやてだった。ちびだぬ
きの片鱗はこういうところに現れているのかも知れない。
「じゃ、とりあえずゲームしよか! 負けた人から罰ゲームで!」
「今日は馬鹿みたいに強いのがいないし、いい勝負になりそうね」
「そんなに強いの?」
「う、うん。けーとくん、対戦ゲームだと負けるとこ見たことないし」
少々困惑しながらも、なのはも遊びに加わった。最近は友達とよく遊ぶようになったので、魔法
の訓練以外の遊び方が分かってきたなのはである。
トイレに行ったとき、修復完了したレイジングハートにこっそり聞いてみたが――今ここに闇の
書の存在はないらしい。同時に、はやてにリンカーコアがあると教えられたが、それは判断材料に
はならないだろう。今あれこれ考えても仕方がない。
アリサの言った通り、対戦ゲーム最強の約一名が不在のため、ゲームはハンデ等の必要も無く、
割と穏便に進んだ。
なのはもこの時ばかりは、用事を忘れて楽しむことにした。恥ずかしい話の暴露やらスベらない
話やらの罰ゲームをかいくぐり、時には結託したアリサとはやての罠に嵌められつつ、すずかと組
んで逆襲を挑んだりとか。
そうしてそのうち、お昼時。
ちょうど3時を回ったほどである。そろそろおやつの時間、と言わんばかりに小腹が空いてきた。
「クッキー取ってこよ。なのはちゃん来るとき、ちょうど焼いておいたん」
おおっ、と喜びの声が上がったのだが、何気にちょっとピンチである。味的な意味で。
「あ。じゃあ、取ってくるね。キッチンにあるの?」
「ん? あ。ありがとなー。じゃあ、オーブンの上にあるから、お願いな」
はやてが移動するためには、車椅子を使わねばならない。それを考慮しての、なのはのささやか
な気づかいだった。はやてもその辺りを分かっているのだろう、遠慮することはしなかった。
(それにしても、行方不明なんて……)
そうして場を離れてから、なのははひとり思案にくれた。
当てが外れたとはこのことである。
けっこう遊び遊ばれた仲である。闇の書の主の容疑がかけられていることは知られていないはず
だから、自分と会うのを避ける理由はないはずだ。はやてに嘘をつくよう頼む必要もなさそうだか
ら、行方不明というのは本当であるらしい。
クロノは、管理局は、この事実をどう考えるだろうか。蒐集に集中するために姿をくらませてい
る――そう考えることは、十分あり得るのではないだろうか。
「はぁ……」
疑いを晴らすつもりだったのに、不利になるかも知れない。要するにお先真っ暗。なのはは溜め
息を吐きつつキッチンの奥へと歩いた。
「どこに行っちゃったんだろう……」
「やっぱ味が微妙……これははやての為にも、客には食わせられんだろむしゃむしゃむしゃ」
「…………あっ……ああっ!?」
「あっちのとすり替えよう。あとついでに、翠屋のシューアイスを失敬……おろ。久し振り」
「えっ! え……ああぁああっ!!?」
ここにいました。