さて、お待ちかねの日曜日。普段ならばこっそり魔法の練習をしていたり、翠屋のお手伝いをし
ていたりするなのはであるが、今日の彼女は妙にやる気に満ちた表情をしていた。
なにしろ今から、闇の書の主かも知れないあの少年への家庭訪問である。
映像によれば、守護騎士たちには明らかに攻撃性が無い。さらに言えば、これから会おうとして
いる少年は温厚そのもので、とても争い事とは縁がなさそうな印象がある。
だが相手は、何を隠そうあの玉坂恵人である。
何せ自分より一枚も二枚も上手(舌の回り方的な意味で)であり、今まで散々自分を玩具にし続
けてきた少年だ。しかも向かった先には家主である、八神はやての援護もついている。正直言って
勝てる気がしない。
闇の書の件をちょっと問い詰めても、いつも通り飄々とした態度でのらりくらりとかわされそう
だ。ついでにからかわれ遊ばれる公算も大である。身構えずにはいられないだろう。
……最近は、あの子に遊ばれるのが楽しいかも、とか思ってますケド。ちょっとだけ。
(でも確か昨日、向こうの世界で、フェイトちゃんが会ったらしいんだけど……)
クロノから飛んできた不可解な通達を思い出す。しかし「また」世界を移動していたのなら、帰
ることもできているだろう。それはともかく、八神家へ向かう。
はやてには既に連絡済みである。昨日、今日遊びに行くことを電話口にて伝えると、快く了承し
てくれた。彼にもバレているかもしれないがそれはそれだ。翠屋新商品の美味しいシューアイスを
持ってきたから、きっと釣れる。そんな気がする。
あと、電話の向こうで何者かが大騒ぎしていたような気がするけど。テレビで観ていた野球の音
だったと説明された。ちょっと怪しい。
手にさげたビニールの中に、桃太郎印のきび団子……ではなく箱詰めされた桃子印のシューアイ
スを持ち、そんなことを思い出しながら歩いていると、やがて八神家の前までたどり着いた。何気
に来るのは初めてだったりするので、そういう意味でも緊張していたり。
「こっ、こんにちは!」
インターホンを鳴らし、とりあえず挨拶。
『10秒で45連打すると扉が開く仕組みになっております』
「連打パッドが無いと無理だよぅ……」
インターホン越しに応対したはやては、早速遊びたいようだった。
『ちょっと動けんから、上がってくれるー? 鍵開いとるから』
「それじゃあ……はやてちゃん、大丈夫ー?」
大丈夫やよーという返事を聞いて、とりあえず玄関先へ。バリアフリー住宅ってどんなんだろと
思いながら、ドアを開けて中の様子を伺う……あれ?
(あれ……靴、ひとつしかないけど。どうしたのかな……?)
と不思議に思いつつ、揃えて靴を脱ぐ。脱いだところで奥の方の扉から、はやてがひょっこり顔
を出した。
「おじゃましますっ」
「おじゃまされますっ」
で、中へ。壁面に手すりとかがついてるのを見ながら、リビングへと歩を進める。部屋では、車
椅子のはやてが待っていた。とりあえず他に人影は見当たらない。
「いらっしゃい。来てくれてありがとう!」
「アリサちゃんとすずかちゃん、後から来るって! あとこれ、お母さんからなんだけど」
「わぁ、シューアイスやん! ありがとな、後でみんなで食べよ!」
はやてはニコニコと嬉しそうだ。別目的はあったけど、これだけでもう、遊びに来て良かったと
思える笑顔だった。
「と……ところで、けーと君は?」
ある意味核心である。はやては口を開いて、
「オリーシュは皆の心の中に一人ずつおるよ」
「何かの妖精みたいだね」
「…………」
「…………はやてちゃん。その、ごめん……」
おとぎの国っぽい小さくて可愛い妖精の、首から上だけをすげ替えた図を想像して、二人でうな
だれるのだった。
「冗談はともかく。どうしたん? まさか……恋?」
「それはないです」
にべもない返事に、つまらなさそうな顔をするはやてである。
「色々あるけど、とりあえず……」
「とりあえず?」
闇の書のこともあるが、やはり先にこれだろう。
「……うん。名誉毀損の件について、ちょっとお話ししようと思ってたの」
居候の少年にいつの間にか砲撃フラグが立っていたと知り、内心で冥福をお祈り申し上げるはや
てだった。
所変わって、アースラ艦内。
お昼の賑わいを見せる食堂の中には、食事をとっているフェイトの姿が。
「なのは、大丈夫かな……」
フェイトは、思い出していた。闇の書の主と言うわりには、先日極めてフレンドリーな姿を見せ
た少年。
既存の判断材料に加えて、逃げにおける鮮やかな手並みがフェイトとアルフにより証言された今、
アースラの中では彼を書の主である見なす人間が、さらに多数を占めるようになっていた。リンカ
ーコアの有無やその他諸々の不自然な点を投げ掛ける者もいないではなかったが、それでも大勢の
考えをひっくり返すほどではない。少なくとも、闇の書に何らかの関わりを持つこと、調査に一定
の価値があることは、見解として共通のものとなっている。
それはフェイトも例外ではなかった。疑問はどうも拭い切れないが、彼が何かを隠しているのは
間違いなさそうだ。
今までの彼の態度や、なのはとはそもそも知り合いであったことから、彼女に危害が及ぶとは考
えにくい。だが闇の書は立派な、超危険なロストロギア。その持ち主か
もしれない人間に会いに行くと言うのだから、心配なものは心配だ。バルディッシュを改造に当て
ているのがもどかしい。
そう、バルディッシュは今、新たな力を得るべく、しばしフェイトの手から離れているところで
あった。
(……あの人が、何を考えているのか……ちょっとわからないけど)
なのはへの心配から、その面会相手へと意識が移る。
ちょっと怪しい、あの少年。しかし自分にくれたアドバイス自体は、フェイトに今後を考えさせる材料になっていた。
なのはの力になりたい。そのためには、もっと強く、速くならなくては。
(とりあえず、装甲だけど……カートリッジを使うときに切り替えるって、使えるかもしれない)
思案に暮れるフェイトだった。それがまさか、とんでもない結果を呼ぶとは知らずに。