捜索対象ロストロギア、闇の書。その関係者の可能性を持つ三名を発見してから、およそ一時間
が経ったアースラ艦内。
「……うぅっ……ぐす……」
そこにはバリアジャケット姿のままの、半べそをかいているフェイトの姿が!
「ふぇ、ふ、フェイトっ! あ、あれはその、もう仕方ないって! うん!」
アルフが必死に慰め、なのは(レイジングハートの様子を見に、たまたま乗艦していた)たちも
なんとか元気づけようとしているのだが、まったく効果がないままである。
「……ユーノくん、聞かせてくれる? 何があったの? フェイトちゃん、怪我はないのに……」
関係者三名を結界に閉じ込めてから、その内部の情報はシャットアウトされていた。まだ報告は
なされておらず、そのため中で何があったかはわからない。
「何があった、っていうか……何もされなかった、っていうか……」
「わかるように説明してくれフェレットもどき」
「フェレット違う! え、と。まずフェイトが、長身の女性を確保しようとして……」
戦いがはじまった。
そもそもフェイトが請け負ったのは闇の書、及びその関係者の確保である。なのはの証言によれ
ば現在結界に閉じ込めている三人のうち、少なくとも赤毛の少女は当たりだ。隣の二人も何らかの
情報を持っているとみてよかろう。
説得に応じてくれたなら戦闘行為は必要でなかったが、眼前で逃げ出す算段を相談されては放っ
ておけない。とりあえず妙なアクションを起こさぬように牽制しつつ、バインドをひっかけて足止
めをせねば。
先ほどまで泣きそうになっていたフェイトだが、もうこうなったら任務に集中するしかない、と
半ば開き直っていた。相手のペースにはまっちゃいけない。そう自分に言い聞かせながら、バルデ
ィッシュの刃を振るう。
「あ……当たらない……っ」
しかし、フェイトの攻撃がシグナムに届くことは無かった。
アルフとヴィータ、フェイトとシグナムが向かい合い、ユーノとシャマルが司令塔――そんな構
図の戦いになっている。アルフとヴィータにはまだけん制以上の動きはなく、明らかに動きがある
のはフェイトとシグナムの組だけだ。
だがその動きも、それが「交」戦状態であるかは怪しいものだ。なぜならシグナムはまだ、愛剣
レヴァンティンを鞘から抜き放っていない。一切の攻撃行動を取らず、フェイトの攻撃、その全て
を回避し続けているだけだ。
フェイトにとっては驚きであり、衝撃であった。
機動力には自信があったのだ。それが反撃こそ受けぬものの、繰り出す技がことごとく空を切る。
非殺傷設定にして攻撃力は落しているが、速度までは削っていない。最大戦速で攻めているつもり
なのに、追う相手にはまだ幾分かの余裕があるようにすら見えた。
「――っと。なかなか……」
「リーダー、本当に戦わないんですね」
「みたいだな。アイツがいたら、『絶対に戦いたくないでござる!』って連呼するかも」
「……やめてくれ。幻聴が聞こえてきそうだ」
というよりこういう会話が出てくるあたり、明らかにまだ大丈夫である。
「何で、どうして……!」
「悪いが、『速さ』に相当慣れているからな。お前より速い者たちを散々相手にしてきた」
「対はぐれメタル戦、初動に失敗するとべギラゴン集中砲火でしたからね……」
「べギラゴン?」
「はい。その……必ず先制攻撃するうえ、ノーモーションで大魔法でしたから……」
言っていることの詳細は分からないけれども、煤けた表情から大変だったということは分かる。
今のところあまり彼女たちが悪い存在だとは思えず、シャマルにちょっとだけ同情の視線を向ける
ユーノである。
「はぁ、はぁ……っ」
「フェイトッ! 大丈夫!?」
「うっ、うん……でも……」
一方フェイトは、アルフの声に答えつつも息を切らしていた。目の前のシグナムもやや汗をかい
ているようだが、立て続けに攻撃を加えているフェイトの疲労はその比ではない。
彼女は今、弱気になっていた。
ショックだった。自分のスピードが、魔法が、全く通じない相手は初めてだ。いかなる技を繰り
出そうと、当たらなければ意味がない。その上相手はまだ、反撃すらしていないのだ。
(でもシグナム、カートリッジ無しでまともに交戦したら、たぶん互角か6:4くらいだよな)
(回避能力が向上してるだけですから……)
(……言うな)
実際はそんな念話があったのだが、フェイトたちはそれは知らない。
シグナムがまともに攻撃行動をとればまた別の結果が生じる可能性はあった。攻撃があれば多か
れ少なかれ隙が生じる。フェイトの速度があれば、そこに斬り込むことだってできただろう。逃げ
に徹していることがシグナムの助けとなっていた。攻撃と防御を同時に行うか、それとも回避に徹
するか――どちらがより安全かは言うまでもない。
(脱いで速度が上がれば話は別だがな)
(この分だと、それもないみたいですね)
(カメラ用意したのに……無駄になっちまったか)
(だっ、だから、撮っちゃダメですってば!)
こんな念話ももちろん届かない。
「こらーっ、とっとと捕まれッ! フェイトが疲れるだろっ!」
「何という理屈」
苦笑しながら冷静に突っ込むシグナムであった。
「……全然、通じなかったのか」
「うん。それどころか、まだ少し余裕があったみたいで」
「……? でもそれなら、どうやって逃げたの? 結界は壊されてないよ?」
「それは、その……何というか……」
しばらくしてから口を開いたのは、後方で控えていたシャマルであった。
「……逃げる方法、思いついちゃいました」
「!?」
さりげなくぽつんとこぼした一言に、フェイトの攻撃の手も、シグナムの足も、その他総員の動
きもぎしりと固まった。
「……この結界は壊せないと思うが」
「だろ。三人がかりでも無理じゃねーか?」
と思ったらいつの間にか、シャマルの両隣りに移動しているシグナムとヴィータ。すごいのかす
ごくないのかよく分からない。
「フェイトッ!」
「フェイト、その……大丈夫?」
「うっ……うん。なん……とか」
にらみ合っていたヴィータとシャマルがいなくなった隙にと、アルフとユーノはフェイトに駆け
寄った。汗だくになったフェイトは、苦しそうに息を荒げている。
「それ、より、あの人たちを……!」
「っ、そうだ。『逃げる』って……?」
「大丈夫だって! この結界、ちょっとやそっとじゃ破れないし」
自信満々のアルフである。それもそのはず、今彼女たちを取り巻く結界はユーノとアルフが協力
して張った特別頑丈なものだ。ちょっとやそっとの攻撃では破れる訳がない、という自信がある。
「……だそうだが」
「いえ、その……ほら二人とも、今まで蒐集してきた相手、よく思い出してください」
「ん? いや相手って、蒐集したのって……あッ!」
「どうしたヴィータ? 蒐集は確か、ほとんどがはぐれメタルから……ああ、なるほど」
妙に納得顔のシグナムとヴィータである。逃がすわけにいかないフェイトたちの間に、焦りを含
んだ空気が流れる。
「ていうかこいつら今、『蒐集』って……」
さりげに疑惑の一言である。
「ページをちょっと消費しますけど……行きます、『闇の書』!」
そして本らしきものを掲げてシャマルが叫んだ、この一言は決定的であった。
であるが、それを指摘している時間はフェイトたちにはない。どんな攻撃魔法が飛んでくるかも
分からないのだ。当然ユーノとアルフはフェイトの前方で、彼女を守る構えを取った。
しかし――敵の取った行動は、全く予想外のものであった。本の周囲に閃光が走り、三人の体を
つつんだ後……
ヴィータは にげだした!
シグナムは にげだした!
シャマルは にげだした!
「えっ、ちょ、ちょっと……」
ヴォルケンリッターは いなくなった。
「えっ、えっ? ええっ!?」
「きっ……消えた……! て、転送じゃないよ、今の!」
「結界の中にいない……にっ、逃げられたのっ!?」
「逃げられちゃったし、その魔法も、全然、効かなっ、うっ、うう……ぐす……うん」
「あ、あわわ……フェイト、元気だして! あああああれは何かの間違いだって、うん!」
「だっ、だって、はんげきされなくて、おしゃべり、してたのにっ、うっ、うぇぇ……ぇんっ」
泣き始めてしまったフェイトをどうしたものかと、途方に暮れるアースラクルーであった。