姉妹は今、非常にお腹が減っていた。
どのくらいお腹が減ったかというと、空にある雲が食べものに見えてよだれが出てくるくらいの
空腹であった。
監視対象が元気なのはまだいい。
しかし監視をしようとすればするほど、食事ができなくなるのはどういうことか。
パンを食べようとすれば突風に飛ばされ、魚を食べればどこぞの野良犬にかっさらわれる始末。
仕組まれたような不運の連続であった。
ヴォルケンどもが蒐集を始めれば少しはこの町を離れられるのだが、まだそれが始まらないので
身動きができない。魔法の変装も解けず、ゆっくりご飯が食べられない。
(あ……おさかなさん……)
(わたあめぇ……おいしそう……)
だいぶ頭がイカれはじめてきたらしい。白い雲がいろんな食べ物に見えてきた。しかしながら空
想で腹は膨れない。マッチの火は腹の足しにはならんのだ。
「もぐもぐ」
ふと気付けば、へたりこんだ頭上で何かを食べてる音がする。
「……おぉ。鍋にし損ねた、いつぞやのぬこたちではないか」
その言葉にびっくりして見上げると、棒みたいなパンをくわえた子供がのぞき込んでいた。
監視対象の家に居候を決め込んでいる、例のあんちくしょうだった。
「うまうま。やはり、ツンデレから逃げた後のパンは美味いなぁ」
(パン…………パン!?)
言っていることよりも恨めしい過去よりも何よりも、姉妹の目はその口元に、現在進行形で食わ
れるパンに釘付けになった。
最後に炭水化物を採ったのはいつだったか。
まともに飯を食う機会になぞ、滅多なことでは恵まれなかった。昨日だって一食もできなかった
のだ。そりゃあ涎も垂れるし生唾も飲む。視線も物欲しげになるだろう
「ぬこたちは仲間になりたそうな目でこちらを見ている!」
違う。
「じゃない。何か欲しそうだ。可哀想だなぁ。パンとか食べる?」
今の姿が猫であるのも忘れて、姉妹は首を縦にぶんぶん振った。演技もへったくれもない。
「ふふふ、よしよし。なら、三回まわってワンと言え」
「にゃっ!?」
「にゃぁっ! ふ、フーッ!」
無理難題を吹っ掛けられて、軽く混乱&ぶちギレる姉妹の図。言っておくが姉妹は猫なので、当
たり前だがワンとか鳴けない。
「無理か。同じ四つ足の身なのにワンも言えないのか。情けないなぁ」
「フーッ! フーッ!」
「そいつは済まなかった。じゃあ、ワンはやめよう。これなら簡単、コケコッコーにする」
「フー――――ッ!!」
鳥類ではないので、コケコッコーも無理である。
「そうこうしているうちに、ぱくりんちょ」
「!?」
姉妹の目の前で、パンが完全に食われた。と同時に、まるでこの世の終わりが来たみたいな絶望
感に襲われる。
「むぐむぐうまい。ごちそうさま」
「…………」
「や、冗談だから。ほら、パンもいっこあるし」
カバンの中からもうひとつパンが出てくると、蜘蛛の糸を見つけたカンダタみたく嬉しそうな顔
をした。
「あげる。……お、そうだ。料理作ってあげよう」
パンを受け取り再びかじりついていると、ふとこんなことを言い出した。
「一度やってみたかった、『チャーハンメテオ』。すごい勢いで熱いチャーハンが降り注ぐのだ」
皆まで言わせず、パンだけくわえて一目散に逃げ出す姉妹だった。
とかいう事実を、はやてに話してみたりする。
「以来、たまに会うので餌をやってたりします」
「頭のええ猫さんやなぁ……昨日朝のパン持って行ったんは、そういうことなんか。なるほどー」
「ん? 何の話してんだ?」
「ヴィータより賢いぬこの話。ぷぷっ」
殴られた。