「車椅子ってさ、握りを持つと押したくなるよね。『射出!』って」
「やめて」
「うん、何か言ってたら押したくなった! すっごい押したい! ねぇねぇ、やっていい?」
「ならスーパーでカートでも押してき。ついでにこれとこれ、あと明日の朝のパン頼むわ!」
「御意」
という訳でメモを渡されてお買い物です。
スーパーで食料品の棚を漁り、なるだけ安くて旨そうなものを集めていく。ここら辺の技術は過
去の経験で習得済み。
パンは、はやては「サクサクのクロワッサンがいい!」だそうだ。
てっきり朝から焼きそばサンドでも食べるのかにゃーとか思ってたけど、関西人(というか関西
弁を話す人)に対する偏見だったと理解した。
でも何だか悔しいので、置いてあったチョココロネを一つトレイに乗せておくことに決定。
中身のチョコを全部お好みソースにして食べさせて、反応を観察してみたいと思う。
(名付けて、ソースコロネ。焼いた肉とかキャベツとか入れると尚良し。麺類とも相性抜群)
あれ? 意外とイケるんじゃね?
とか思ってる帰り道、一軒のケーキ屋さんにさしかかった。
(『翠屋』か……ん? シュークリームが三割引! 安い、安いぞ! 残りのお金で買ったろ!)
決心して突撃。
でもってカウンターにいた女の人に向かって、開口一番叫ぶ。
「シュークリーム! 四つありますか?」
「シュークリームを……む?」
隣の客と注文が被った。
「ん、あ、すみません。お先にどうぞ」
「っと、いや、済まない。そちらこそお先に」
「いえいえそちらが」
「いやここはそちらが」
「ジャンケンしよう」
「そうしよう」
譲り合っていてはらちが明かないので、決着は運に委ねられた。俺の拳が光って唸る!
「パーですかそうですか」
「じゃあ失礼して。桃子さん、シュークリーム五つお願いします」
「はぁい……あら、丁度五つ……そちらの方、すみません。これで最後みたい」
ニコニコして見ていた店員さんが申し訳なさそうに言うと、俺の視界は絶望の暗黒に染まった。
がっくりと項垂れる。
「あー……済まない。こうなるとは。少し多目だから、減らそうか?」
「……ありがとう。大丈夫、明日買いにくることにします」
「ごめんなさいね。もう少し多く作っておけば、こんなことには……」
いえまた買いに来ますと言って、箱に詰められていくシュークリームを眺める。くそう。
「それ、ご自分で?」
「ん? いや、主に母が……砂糖が主食でね。たまに買いに寄るんだ」
「うちにも、ソースが主食の子が一人います」
予定だけど。
「……昨今の食の乱れは深刻と聞いていたが、やっぱりか」
お客さんA(仮)は深刻そうな顔をした。
「その辺どうです?」
「え? うちは……しっかり栄養考えて、片寄り無く食べさせてますよ」
「わー……母親の鑑だ」
「全く同感だ」
「ふふっ、褒めても何も出ませんよ?」
店員さんは満更でもないようだった。もう一押しすれば、超特急で追加のシュークリーム作って
くれるかも!
「もう四つシュークリーム作ってくれたら、さらに褒めちぎるフラグが発生する、かも」
「あらあら」
「言ってしまったら意味が無いと思うぞ」
結局シュークリームは出てこなかったので、ずっと雑談していたのだった。
「ただいまー……く、クロノ君!? どうしてここに!?」
「ああ。シュークリームを買いにきたんだが、なのはと同じくらいの年の、面白い客と鉢合わせしたんだ。思わず話し込んでしまった」
「ふーん……その人、もう帰っちゃったの?」
「ええ。門限七時って言って、慌ててらして。大丈夫だったのかしら?」
もちろん間に合う訳がなく、そういう日の俺の夕食は段ボールだけになる。