そのころのギンガさん
「……の…………なの……」
シャリオと別れたギンガはオフィス内の廊下を歩きながら、何やらぶつぶつと呟いていた。
前を真っ直ぐ見て口を動かしている様は、何も知らない人が見たら結構怪しげな行動である。
たまたま機動六課の職員が来なかったのが幸いというべきか。
「そ……な…………うなの、そう、なの」
しかし当人からしてみれば、その様子はいたって真剣そのものであった。
真面目に引き締めた表情。普段の鍛練と同じ、いやひょっとするとそれ以上かもしれない。どこか
近寄りがたいほどの熱意をかもし出しながら、ひたすら一人言を繰り返してかつかつと歩き続ける。
何が彼女を駆り立てるのか? ――なぜならばこれこそ、シャリオが
一か月に渡る独自の研究で導き出したらしい「なのなの口調」完全習得法、その第一歩だからだ。
「そうなの、そうなの、そうなの、そうなのっ、そうなのっ、なのっ……」
そうなの、そうなの、と誰に言うでもなく、ギンガはずっと小声で、同じ言葉を繰り返していた。
シャリオいわく、まずは「なの」という言葉そのものに慣れること。
これが肝要な「レッスン1」。
日常で使う「そう『なの』」「そん『なの』」などと言った、「なの」というフレーズが入って
いる言葉を口ずさむことで、まずは心理的な抵抗を無くすのだ。そうシャリオは言った。
(ほ、本当なのかな……ホントにこれで身に付くのかな?)
どう考えてもウソである。
というか普通身に付けたくない。そこまでの努力が必要ならなおさらである。
だがしかし、これは試練だとギンガは受け取っていた。
機動六課超絶流行最先端のこのスキルをマスターすることで、もしかしたら自分が、ちょっとだけ
可愛くなれるような気がしたのである。
(確かに、何か、ちょっとヘンかもしれないけど)
仕事ではどうやら「真面目で何か取っつきにくい」と思われているらしく、近付いてくる男性は
あんまりいなかった。
戦闘時の近接格闘の激烈さのためか、ちょっと近づいてきても離れて行ってしまう始末である。
ギンガはそういう状況から脱却したかった。
要するにモテたかった。
(だ……だって……だって、だ……大流行だって言うし。男の人からも大人気になるっていうし!
私だって男の人とお付き合いしたいし、職場だと近付いてくれないしデートだってしたいしっ)
戦闘機人だって女の子。男の子にちやほやされてみたかったりするのである。
確認するようだが、流行とかマスター法とか、全部もちろん余すところなくシャリオの大嘘だ。
ギンガとて嘘を嘘と見抜けないほど目が曇ってはいないのだが、いかんせんそういう事情があった
ため完全に鵜呑みにしていたのだ。
(確か、ここを曲がって……ん?)
そうこうしているうちに廊下のT字路に差し掛かり、どこかで見た髪の毛が目の前に現れた。
その人物とは……。
続く。