闇の書が輝きはじめた。
 あらかじめ決めてあった手筈通り、はやての意志によって既に起動がはじまっている。
 コアぶっ壊すと聞いて躊躇するかと思ったけれど、どうやらそうでもなかったらしい。

「もう今さらやけど、ええの? ホントに」
「いいよー。ちょっと残念ではあるけど、まぁ問題なし」
「んー……ま、オリーシュに魔法は似合わへんか!」
「今になって下の毛が抜けてしまっても困るので」
「ああ。そういえば、そういう話もあったなぁ」

 闇の書の下にあるのと同じ、白色の魔法陣の上に立ち、はやては優しい目をしてからからと笑っ
てくれた。視線には信頼があったように見えた。なんだかちょっとうれしかった。
 遅れて前方から、クロノが飛んできた。なのはとフェイトが追い付くのを待たずに、切羽詰った
様子で話し出す。

「わかっているのか! 自分が今、一体何をしているのか!」
「呼吸」

 クロノがとても怖い視線を向けるので、ふざけるのはやめておこう。

「ほらほら。早く戻らないと。陣形崩れてるし」
「ぐ……っ」

 言うと、クロノは言葉に詰まった。背後では書が、徐々に輝きを増している。
 今回はバグが完全にコアに吸収されているため、今まで幾度となく繰り返してきた起動とは勝手
が違うらしい。起動完了まで時間がかかるというのが書の中の人からの連絡だった。はやてを核に
したりはしないのはいいけど、完了まではもうちょいかかるみたいだ。

「まさか、狙っていたのか? 後戻りできないこの状況下、君の言う通りにするしか……!」

 Exactly(その通りでございます).

「時間あげちゃうと、バグとコアの分離方法とか調べられちゃうかもしれないから」
「どうしてそれが! 分離できるなら、それに越したことは」
「いや。魔法は欲しいけど、やっぱ性に合わないっていうか」
「八神家の平和のためにもその方がいいとは思うな」
「変な魔法開発されちゃうかもしれませんし……」

 やや近くに位置しているザフィーラとシャマル先生が、苦笑交じりに付け加えた。シャマル先生
の言ってるのはまさに図星だった。前思いついた「缶のコーンスープの粒が一生出てこなくなる呪
い」などのほかに、「バナナの皮があると必ず踏んでしまう呪い」とか「シャンプーを使うと必ず
目に入ってしまう魔法」とかできないかなと考えていたのは秘密である。

「あとそれだと、書が助からないらしいし」
「しっ、しかし、書のバグを吸い尽くす程のコアだぞ! それほどの容量が、力があれば……!」

 魔法の力で人がたくさん助けられるかもしれない、というのは分かる。お父さんを亡くしてるク
ロノのことだから、きっとその思いは強いんだろうとも思う。
 非常にわかるし、どっちが正しいとは言えないんだと思うけど。でもこっちの方が、自分にとっ
ては大事なわけでして。
 あと魔法手に入れちゃったりしたら、それはもうオリーシュではないような気もするし。

「手術せずに臓器移植してあげられる、って気分で考えればまぁいいかなと」
「あ、それ、何となくわかる気がするんやけど」

 体切られると思うと実際やる段になって怖くなるんな、とはやては言う。大体そんな感じで正解
です。今回のケースだと魔法が使えなくなるだけだし、体を弄られるっていう恐怖が全くない。

「けーとくん、どうして……これで、これでいいのっ、本当に!」

 クロノの後方で話を聞いていたなのはが、引きとめるように訴えかけてきた。

「ああ……掛け値なし……! 俺はこのまま失いたいのだ……!」
『この状況で自殺フラグ立たせるのは危険な気がするんだけど』
「マーシトロン乙」

 かなり前の方で聞いてたヴィータは念話で、隣のはやては肉声で突っ込んできた。
 最近よく思ってはいたんだけど、こんなネタまで知ってる八神家の面子って一体なんなんだろう。
はやてはまぁいいけど、特にヴィータ。お前表に出てきてから一年経ってねーだろ。何でそんな細
かく覚えているのか。

「レーザービームに期待してます。遠慮なく撃っちゃって……って、無理かね」
「当たり前だよ……だっ、だって、こんな」
「男には必ず戦わなきゃならない時があるんだ」
「わっ、わたし、男の子じゃないよっ。おっ、女の子……おんなのこだよぅ……!」

 いつの間にか半べそをかいているなのはだった。いつの間にかフェイトとユーノが隣に立ってい
て、ぽんぽんと肩を叩いてあげている。

「だっ、だって、ともだちが……ともだちなのに、こんなのって」

 とか言ってくれるのを聞いていると、友達思いのいい子だなぁ、と思う。というより、はっきり
友達だと言ってくれたのは初めてな気がする。
 でもその友人を、自らの手で魔法の世界から蹴落とせと言っているのだ。
 敵や犯罪者と戦うのとはわけが違うか。いくら本人の意志があるからと言って、そんなに簡単に
心の整理がつくわけがないだろう。

「でももし撃たなくて作戦が失敗に終わったら、ぬこ姉妹が俺ごと冷凍処分する算段になってるし」
「……え?」

 シャマル先生に手を振ってサインを送ると、大きなウインドウを一つ開いてくれた。
 するとそこには、現在地のはるか後方、デュランダルを装備してスタンバイ中のぬこ姉妹の姿が!

「あっ……アリア、ロッテ!? 二人ともいつの間に!」
「まぁ、こういうことでして。もう後戻りはできませんフゥーハハァー!」
「自分を人質にする気か!? ……いや、それ以前に、グレアム提督まで引きずり込んだのか!」

 見覚えのある姿に、クロノから驚愕の言葉が出た。そういや知り合いだってぬこたちが言ってた
っけ。クロノのことをクロスケとか呼ぶヤツ初めてだったなぁ。
 本当は、闇の書全部ぶっ壊したかったらしいけど。でも散々ご飯食べさせたし、お城では人質に
なって働かされたので、お詫びに何でもひとつ言うことを聞くと言ってくれた。ということで、最
後のバックアップをお願いすることにしたのである。バグ持ちコアとその持ち主が凍れば、書とは
やては守られるという寸法。提督さんも一応知ってる。
 でもさすがのオリーシュも氷漬けとか寒いからイヤなので、シグナムたちにはちゃんと撃ってく
れるよう念入りにお願いしておいたけど。

『封印するつもりだったのに……!』
『失敗しろ失敗しろ失敗しろぉ……!』
「また美味しいもの御馳走するから。勘弁してくださいです」

 モニターの中でぶつぶつ文句や恨みごとを言う姉妹(人間フォーム)だった。こっちも半泣きに
見えなくもない。
 それでもちゃんと付き合ってくれていた。闇の書キライ大キライとか言ってたけど、今から約束
を破る気はないみたいだった。根っこの部分はやっぱり善人なんだなぁと思う。

「……わかった」
「くっ、クロノ君!?」

 すると、しばし顔を伏せていたクロノが顔を上げた。なのはが驚愕の表情でそれを見る。

「いいの? 気が引けるなら、シグナムたちがちょっと限界突破すれば何とかなると思うけど」
「ちょっと待て! お前どういうことだそれ!」

 ヴィータが向こうでうるさいけど気にしない。

「……気が引けるのは確かだ。避けたいと心から思う。でもそれ以上に、傍観者になるのは御免だ」
「悪いね。嫌でしょうに」
「もしやらなかったら、見たくもない君の氷のオブジェを拝むことになりそうだし」

 その言葉は諦めが混じっていたが、しかし確固たる意志があった。表情からも戸惑いが薄れてい
るように思えた。タフな性格してやがる。

「……尊敬するよ。この場所に至った君の決断と、その勇気を」
「じゃあ敬語とか使ってみようか」
「お断りだ」

 話す二人の様子を見て、なのはははっとしたように息を呑んだ。そうして今度は言葉を発さずに、
その姿をしばらくのあいだ黙って見つめていた。
 自分に当てはめて考えてみると、何も言えなくなってしまったのだ。
 なのはにとって魔法が占めるウェイトは、今それを手放そうとしている少年のそれとは全く違う。
ひとりぼっちの時間を長らく味わったなのはが見つけた、たったひとつ自分が持つ大切なものだ。
 それでも、魔法か家族、どちらかを選べと言われたら。
 たとえ何がどうなっても、どれほど悩み苦しんでも、きっと最後に選ぶものは、彼と同じなので
はないか?

「……書から通達。もうちょいで起動完了らしい」
「いきなりコアが出現するのではないんだったな?」
「ん。中身が出てきて、その奥に入ってる。そこをシャマル先生が、鬼の手で引っ張り出すから」
「地獄先生しゃまると申したか。バリバリ最強……にはならんよーな」
「今日から一番かっこいい……のか?」

 はやてと俺で首をかしげていると、向こう側のシャマル先生から微妙な気配が伝わってきた。あ
まり気に入ってはくれなかったようだ。

「……ん?」

 とここで、横の方からじっと向けられる視線を感じた。
 なのはだった。意を決したように拳を握りしめている。目は少し赤くなっていたが、もう後から
涙が出てきてはいなかった。

「撃ってくれますか」
「……うん」
「本当にやってくれますか」
「うん」
「あなたと合体したい……!」
「うん……ちっ、違うよっ! どさくさにまぎれてヘンなこと言わないでっ!」
「合体失敗、アクエリオン分離しました!」

 ばっさり切り捨てられた挙句、隣のはやてにまで遊ばれて悲しい。
 と思ってややもすると、なのはが口を開く。
 決意に満ちた声で、こんな風に告げてきた。

「わたし、約束するよ。ともだちになった子に杖を向けるのは……これが最初で、最後だから!」
「……あれ。ということは、これから何回なのはをおもちゃにしても砲撃されないということに!」
「なのはっ。もど、戻ろうっ」
「そっ、そろそろはじまるって! 行こうっ」

 レイハさんでびしびしばしばし叩こうとするなのはさんを必死に止めて、二人で前線に連れて行
くフェイトとユーノだった。

「……リンディ提督と話はつけておいた。後でたっぷりお話を、だそうだ」
「了解。まぁ仕方ないかね」
「プリンにカラメルソース追加で手加減してあげるとも言っていたが」
「黒酢で作って噴出させてやる」

 クロノもそう言い残して、再び配置に戻っていく。
 そうしてややあってから、書が激しく輝き始めたのだった。





「髪が銀色……」
「というか身体も銀色だぞ」
「これはどう見てもダイ大のアルビナス……!」
「明らかに魔法跳ね返しそうな……」

 そして現れた、闇の書の中の最後の一人。
 てっきりメタルキングとか出てくるかなと思ったけど、実際現れたのは全身メタルマリオ状態の
あの子でした。この装甲で飛行するとか厄介どころの話じゃなく、はぐりん蒐集を本気で後悔した
瞬間でした。



(続く)

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なのは・クロノ説得編。

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