リインは春が好きすぎてたまらないらしい。
 満開の桜に、穏やかな空。時折春雨なんてものも降るけれど、滴が落ちてくるときのしっとりとした雰囲気が素敵だ。
 ぽかぽかの日だまりでお茶をすすっている時なんかは特に幸せである。ずっと春だったらと思ってしまうのも無理はないのだ。

「でもリイン、冬にも同じこと言ってたよね。もうずっと冬だったらいいのにって」
「空耳」
「こたつでアイス食べる幸せを噛みしめてたじゃん。茶を飲みながらシグナムと将棋を指すのが止められないとかなんとか」
「幻聴」

 どうあっても俺を幻覚持ちにしたいらしい。
 言った本人が否定するなら仕方ないので、おとなしく引き下がることにする。

「リインは最近元気だよねぇ」

 しかしそれにしても、よく喋るようになったなぁ。
 と思っていたら口に出た。リインはきょとんとした顔つきで首をかしげる。

「いやぁ、昔は喋んないし顔は変わんないしだったなと思って」
「……そういう時期もあった」
「既に過去扱いとな……ああそうか、念話で話してたりはしてたんだっけ」
「うん」
「はいはい」

 春なのに出っぱなしのこたつの温かさのためか、なんかよくわかんない形で話が終わった。
 いつまでしゃべくっていても構わないが、八神家ではお喋りしていても、たまにこうした沈黙がやってくる。
 そういう時はそういう時で、成り行きに任せてぽけーっとするものだ。無理矢理喋ろうとはあまりしない。
 ちょうどいいから、オセロでもやろうか。放り出してあったオセロ板にどちらからともなく石を並べはじめ、
先攻決めのじゃんけんをしていると背後に誰か来た。

「詰めな。ヴィータさんのお帰りだ」
「買い物は済ませて来たぞ」
「はいよ、ご苦労さん。はやては?」
「高町家にフェイトが来てるって聞いたらすっ飛んでった」
「まぁ予想はしてたわ」

 シグナムとヴィータだった。一緒にはやてもいたはずが、別れて帰ってきたらしい。
 また唐突なと思ったが、本日の夕飯ははやてのリクエスト。まぁ夜までには帰ってくるはずだ。
 ちなみにメニューは天丼で、担当は俺だ。2匹ほど魔法少女がおまけでくっついてくる可能性もあるし、少し多めに作るとしよう。

「米のアルカナを契約した身として、米料理は天才料理少年味の助レベルにまで極めようと思うんだ」
「いつ契約したんだよ」
「なのはのツインテールがエビフライ色なのは俺への無言のメッセージなのは?」
「話を聞けよ」

 言いながらも手は止まらない。置いてはひっくり返し置いてはひっくり返し、四隅を睨んだ牽制を続ける。
 シグナムは横から読みあいを眺めている。ヴィータは隣でしばらく見ていたが、しばらくするとこたつの中に引っ込んだ。

「おい」
「ん?」

 かと思いきや反対側から体を出し、リインの傍らで寄りかかっていた。
 暇を持てあました猫みてえ、と思ったのは秘密だ。

「退屈だ。することがないぞ」

 ずばり正解で吹きそうになるが、どうにかこらえる。

「……何だよその顔?」
「いいや別に。あと退屈とか言われても困る」
「その一戦終わったら別のことしようぜ。ひとついいアイデアがあるんだ」
「ほう。具体的には?」
「三次元オセロ」

 どう指せと言うのか。

「やったことある」

 リインがさらりと言うので驚く。

「どうしろと」
「ガラスの玉を浮かせて、魔法で着色してヴィータと遊んだ」
「ビー玉でもできたけど、案外楽しかったぞ。自分たちでルール決めたり、マスの数検討したりで」
「何それすごい……ええいおのれ、二次元の住人のくせに三次元オセロだなどと生意気な!」
「その二次元に引っ越した人間が何を言うか」
「人のこといえないと思う」

 ヴィータに続いてリインまでにも指摘されて若干動揺する。
 そのわずかな隙が命取りだったのか、ミスとも言える悪手から隅を取られてしまった。これはもう逆転できない。

「腹いせにレイジングハートかっぱらって来よう。ビー玉の代わりに、そいつを石にすれば」
「えい!」
「いてぇ」

 ぺこんと叩かれて振り向くと、予想通りはやてが二匹の魔法少女を連れて帰ってきた。叩いたのはなのはか。

「ただいま」
「おかえりはやて。あとエビフライに、バナナの束」
「出会いがしらにそんな形容されたの初めてだよ……ところで、どこがエビフライなの?」
「髪の毛が」
「ふ、節穴にもあると思います!」
「ば、バナナ……」

 あまりにも的確な形容に、魔法少女たちはそれぞれ衝撃を受けたらしい。

「これがトラウマになってエビフライとバナナが弱点になるとは、まだ誰も想像していないことだった」
「綺麗にまとめようとしてるし……ほら、けーとくん詰めて。詰めるのっ」
「指を?」
「な、何言ってるのこの人!」

 そんななのはだが、早くもなんだか疲れたような顔をしている。授業の合間にイメージトレーニングをしたり、放課後は任務の
手伝いをしに行ったりだ。実際忙しいのだろう。
 呆れたような疲れたようななのはを置いておき、フェイトに聞くと、どうやら夕飯も食べていくそうだ。
おいしい天丼が出てくるという話を聞いてホイホイついてきたらしい。予想通りと言えば予想通りだ。

「けーとくんの丼ものがおいしいって、はやてちゃんから聞いたの。楽しみにしてるねっ」
「菜の花茶漬けでも出してやろうか」
「共食いのうえに帰らせようとするって……二重の嫌がらせにびっくりだよ……」
「こいつの米料理はたまに食いたくなるよな。本当に米のアルカナとか持ってたりするのかも」
「ヴィータ、何それ」
「あ、シグナム。こんにちは」
「ああ」

 部屋がにわかに騒がしくなるのも春のゆえか。中途半端に温かいと、人は集まるものなのだろうか。
 ふと顔を上げると、そんな様子を静かに眺めていたリインと目があった。すると俺の顔を見て、

「にぎやかなのも、わりと好き」

 とそんなことを言う。

「季節に関係なく、だいたいいつも賑やかじゃあありませんか」
「そうだった」
「そうそう。あとついでに、さっきの俺のミスも取り消して問題ないとは思わんかね」
「思わない」

 リインは嬉しそうに喧騒を眺めてほほ笑み、静かに四隅を取った。



(続く)



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