「あ……新しいページが……現れた……ゾ」
「なのはとフェイトとはやては、魔法生活にかまけすぎて……!」
「単位が足りなくてリタイアだァァ――――z________ッ!!」
「ウケ ウケ ココケッ ウコケ コケケ ケケケケケ ウココケケッ コケコッコッ」





 女性から取り上げた本をひとりの青年が朗読する奇妙な夢で、キャロはようやく目を覚ました。
 眠い目をぐしぐしこすり、アトリエの主人が見つけてきた、年代もののランプに灯をともす。
 昨晩長い間探し物をしていたのは覚えているが、どうやら見つけたら見つけたでそのまま寝てし
まったようだ。その直後から記憶がすっぽりと抜けている。そのくせ夢だけはよく覚えているのだ
から、人間の記憶は不思議なものだ。
 新しいページとやらに書いてあった3人が肩を組み、満面の笑顔を浮かべながら、

『びっくりするほどラフレシア! びっくりするほどラフレシア!』

 と踊り始めたあたりから夢だと分かっていた。ただ途中から登場人物が替わって、夢と現実の境
界がだんだん紛らわしくなっていったような気がする。
 夢の中くらい静かにしていてもいいのにとしみじみ思う。現実で大人しくされたところで、頭が
悪いのか頭がおかしいのかどちらかにしか思わないのだから。
 間違えた。両方だ。

「こんな立派な鍋があるんだから、馬鹿につける薬を開発すればいいのに」

 何を煮込んできたか気になる大鍋は、釜戸の上で放置されたまま。訳のわからないトマトソース
を作るくらいなら、そういう用途に使った方がよほど実用的だ。
 数年前にこっそり開いた「オリーのアトリエ」は、今は使う者は居ない。こうして顔を出してい
るキャロでさえ、置いてあった荷物を出掛ける前に取りに来ただけだ。
 外に出てみると、辺りはまだ薄暗かった。起き出すには早い時間だったらしい。普段は野良狼や
野良スライムや野良恐竜がうろつく秘密のアトリエのまわりも、まだ生き物の気配らしいものはな
かった。
 主人を失い、放り出された隠れ家は静けさに包まれている。山の中にあることも相まって、どこ
か物寂しさを感じさせられた。――見知った部屋はこんなにも広かっただろうかと、キャロが疑うくら
いには。

「さて……よいしょ、と」
 昨晩のうちに探しておいた荷物を背負い、きゅるる、と寝息を立てる相棒を起こす。
 思い起こせばこの部屋で「適当な石与えたらマムクートになるんじゃね!? 見たい見たい!」
とか訳のわからないことを話したような記憶がある。今となっては懐かしい思い出だ。

「じゃあ行こうか、フリード」
「きゅっ、きゅるる!」
「え? 私宛ての宝箱をみつけた?」
「きゅるるる、きゅる」
「50ゴールドとこんぼう……アリアハン王の真似事ですか。書き置きして、貰っちゃいましょう」
「きゅる!」
「『全部換金してやります。ざまあないですね、ふ、ぁ、っ、き、ん』……と」
「きゅる!?」

 ここに居ない彼とは数年前に出会った。以来たまに行動を共にし、そうしてトラブルに巻き込ま
れてはふぁっきんふぁっきんさのばびっちと罵った仲だ。
 時空管理局の魔道士ランキングの一部に、ジムリーダー制が導入されたのが3年前。設立されて
から多くの魔道士たちの頭上に豆電球を点してきた、「はぐりん道場(ひとしこのみお断り)」の
運営が始まったのが、今から2年前のこと。
 その両方にこっそり関わっていたのだと、やり遂げた男の顔で言ったのを思い出す。自分が楽し
いと思ったら、即断即決即行動。やることは突拍子がなくて思考は完全に斜め上だったり下だった
りだが、その思い切りの良さはキャロも嫌いではなかった。何も考えていないだけだとしても。
 あの人が消えたと聞いた時は、それは確かに驚きはしたけれど。でも広い広いこの世界、そのう
ち会うこともあるでしょう。
 それまでに自分の世界を広げておこう。と、そんなことを考えながら。
 キャロはフリードリヒの背に乗って、迎えのフェイトの下へと飛び立った。機動6課が、待って
いるのだ。





「お久しぶりです、フェイトさん」
「キャロ! 元気にしてた?」
「そこそこです。……フェイトさん、前から気になってたんですけど」
「どうしたの? やっぱり、新しい場所に入るのは心配?」
「いえ。フェイトさんたちのことです」
「え? 私の……いいよ、何でも聞いてっ」
「部隊と大学って両立できるんですか?」
「うん……Sランクの枠を1つ、なのはと私とはやてで、3交代シフト制にすることになって……」

 この部隊大丈夫かなぁ、とキャロは思った。



(続く)



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