目標変更の指示は迅速に、艦長リンディからクロノへ。クロノから現地各位に飛ばされた。
 なのはもフェイトも戦闘を中断。それぞれのパートナーを連れて、再び大空へ舞い上がる。

『けーとくんは? このままでいいの?』
『構わない。99%偽物だ! 不自然過ぎる、ヴォルケンリッターが見向きもしない!』

 魔導師サイドを全て追跡に回せば、偽物は全員逃げ出してしまうかもしれない。なのはが抱いた
その懸念を、クロノは重々承知の上であった。
 仮に。もし仮に、3体のどれかのうち1人に、本物が混ざっていたのだとしても。ヴォルケンリ
ッターがそれを無視して別方向に移動している以上、そこには「彼」以上に重大な何かがある可能
性が高い。逆にクロノの洞察通り、これら3体が全てニセモノであっても同じことだ。これらの目
的は十中八九陽動にある。いずれにせよヴォルケンリッターの向かう先に、何かがあるのは間違い
ない。
 協力者は捕まえられないということになるが、そもそもの捜査対象であるオリーシュ(アースラ
で本人が最初に名乗ったおかげで、艦内ではこちらの方が通りが良かった)が、闇の書の主である
という確固たる証拠はない。思い違いをしてはならないのは、捕捉すべきは書の主であるより以前
に、闇の書そのものだということだ。確実に闇の書とつながっているのは、今はヴォルケンリッタ
ーだけである。
 それに、全員の戦闘を中断したのには、もう一つ理由がある。

『全員、全速で追ってくれ。何があるかはわからないが、こちらが先に押さえる』
『間に合うかい?』
『ヤツらが逃げる前ならいいんだ。頭数はこちらが上だ!』

 飛行するヴォルケンリッターは四人。こちらの追っては五人である。一人が一人を押さえれば、
数で上回るのはクロノたち管理局側なのだ。この上に協力者がいる可能性もまだ無くはないが、そ
れでも空中で戦闘に持ち込めば、頭数では有利が取れるのである。

『目的って、何だろう?』

 なのははふと思い立って、飛びながらユーノに念話を飛ばしてみた。下方に距離を取って飛行す
るユーノが、ちらりと視線を投げて答える。

『わからない……進行方向には町がなくて、一面がただの湿地帯。変なモノはなさそうだけど』
『ホンモノのけーと君が来てるのかな?』
『そうかもしれない。今回出てきた3人が、本当に全部ニセモノだったとしたら』
『けーと君が書の主じゃなくて、本当の持ち主さんが待ってたりして』
『……そっ、それは、あり得るかも』

 ぽっと出たなのはの一言だったが、妙に納得できる意見だ。うーん、とユーノは唸る。しかし考
えても、実際のところどうなのかはわからない。
 結局のところ、何が待っているのかは、騎士たち以外は知らないのだ。ただ一つ言えるのは、そ
れが囮を3体も使うほど重要な何かであり、接触しようとしているのが闇の書であるということだ
けである。今なのはたちにできることといえば、ヴォルケンリッターに追い付くこと。それが全て
だった。

『なのは!』

 前を向くなのはに向かって、思念が投げかけられた。
 首だけで振り返ると、後ろからぐんぐんと迫る影がある。視認してすぐに、それがフェイトだと
知れた。見慣れた黒衣のバリアジャケットに、なびく金髪がよく映えている。その僅か後方にはア
ルフの姿もあった。合流が果たされたのである。

『クロノは……まだ先?』

 かなりの高速で飛行中ゆえ、声は届きにくい。念話での会話である。

『うん、先行してる。でも……まだ、追い付いてないみたい』
『そっか……あ。その、あと、聞きたかったんだけど』
『え?』

 フェイトは思い返して言った。

『あの銀色のモンスター……魔法、効かなかったよね。私は速さ勝負で行ったけど、大丈夫だった?』
『ううっ……砲撃したけど、全然効かなかったの……』
『魔法は全部無効って、予め知ってたんじゃないのかい? どうして砲撃なんてしたのさ』
『わかってたけど、全力で撃てば、少しくらい通ると思って……うぅ、反撃されなくてよかった……』

 ちょっと凹んでいるなのはである。カートリッジまで消費して砲撃を試みたのだが、結果はそれ
さえも無効化するという理不尽。手も足も出ないとはこのことである。相性があまりにも悪すぎた。
 しかしここで、ユーノにはピンと来るものがあった。
 速さ勝負に持ち込んだとフェイトは言っていた。はぐれメタルの本領は、鉄壁の楯の向こうから
打ち出される数々の大魔法。それを使わず、わざわざフェイトに合わせるとは。なのはに反撃が来
ない時点で疑念が頭をよぎっていたが、それは既に確信へと変わりつつあった。
 あのモンスターたちはつまり、完璧に命に従っている。一人の意志に従うよう、高度に教育を受
けている。それをやってのけるのはやはり、捜索対象のブリタニア王。その指示でヴォルケンリッ
ターたちの囮をやっていた以上、彼が闇の書の関係者であるのはもはや決定的であった。

『……追いついたぞ』

 飛行を制御しつつ思考にどっぷりと漬かっていたユーノの頭脳に、その声が現実を呼びさました。
考えるのは後でいい、と首を振って目を覚ます。
 クロノの通信だ。全員に向けられているらしく、四人が四人表情を変えた。緊張するなのは、よ
しと拳を握るアルフ。静かに次の言葉を待つのはフェイトだ。まっすぐに前を見据えて次を待つ。

『残りの三人が逃げている。できるだけ急いでくれ。会話によると、目的地までは遠くない』

 全員の表情が、わずかに強張った。時間はそれほどないらしい。

『間に合うかな……』

 奥歯に力をこめて、ユーノが言う。言葉の中には疑問でなく、否定の意味が僅かに含まれている。
そのことには聞いている誰しもが気付いていた。
 今までだって、距離がそれほど大きく詰まっているわけではない。
 そもそもヴォルケンリッターとなのはたちでは今、移動速度はそれほど大きな差があるわけでは
ない。今現在まで追い上げていたのは、適度な戦闘で体が温まっていたことに起因する。既に身体
が魔力の放出に慣れ切っていたため、加速も最大速度もかなり良好だったのだ。
 それだけでは駄目だと、ユーノの頭脳が警鐘を鳴らしていた。
 この差は目的地までには詰まるまい。目的地が近いというならなおさらで、予感はある種の確信
に変わっていた。
 ユーノのそんな考えを、なのはもアルフもおおよそ察していた。否定しなかったのは、それが正
しいのだと気付いていたからである。まだ速度を上げることは確かにできるが、それでも焼け石に
水だろう。
 いっそこの場所から、クロノを射線から外したうえで、長距離砲撃で足止めを狙った方が。
 そうなのはは思ったが、距離がまだ遠い。そのうえ標的の数は3。たとえ1人の足が止まっても、
次弾の溜めが終わるまでに、2人目3人目は逃げていく……。

『違うよ、ユーノ』

 焦りの気配が僅かに過った、三人の心。
 その裡に静かな声が割り入った。確信のようなものを含んだ、冷静な声であった。
 声色から声の主を悟り、三人は一瞬遅れてはっと目を向けた。声の主がフェイトであることに間
違いはないが、その内には彼女が見せたことがないほどの、確固たる意志の響きがあった。

『間に合うかな、じゃない』

 それはおそらく人が、自信と呼ぶ意識。

『間に合ってみせる。私の、新しい力で!』





 それから30秒と経たぬうちに、空中で対峙するクロノとザフィーラの直ぐ近くを、稲妻のよう
な閃光が駆け抜けた。
 ザフィーラは何が起こったのか分からず戸惑いを見せたが、クロノは予め知っていただけに、僅
かな動揺を見せるにとどまることができていた。
 ただし、そのクロノも数秒後、脳裏に残った映像を思い出し、同じ道をたどることになる。
 女性用レオタードをベースに、腰回りに背中。可能な限り装甲を限界まで削り、速さのみを追求
した姿。それは配色こそ違うものの、この世界の情報を集めて知った、ひとつのアイテムと一致し
ていたからであった。

『あぶない水着……』

 義妹の将来を思って、さすがのクロノも動揺を禁じえなかった。



(続く)

############

DQ世界に戦場設定した理由の半分以上はこれです。笑えよベジータ。

前へ 目次へ 次へ