中学に上がったら、長い休みのどこかを使って旅をしたい。
「自分探しの旅(笑)」
という話をザフィーラにしてみたのだが、鼻で笑われたようでなんとなく悔しい。
「自分探し(笑)ではなく。ポケモンマスターになりたいというか、不思議なダンジョンに潜りたいというか、道祖神の招きにあったというか」
「最上川あたりで流されてしまえ」
「大丈夫だ。河童あたりを説得して助けてもらうし」
「残念ながらお前が見ることができる河童は、質量を持った残像に過ぎん」
どんな化け物河童だ。
「……旅か。まあ確かに、お前は根なし草の方が似合ってはいるな」
「馬鹿を言うない。俺んちはここだぜ」
「草の根を食べて生き延びていたと聞いたが?」
「根なし草の意味が違います」
「あの公園に、今もたまに水やりに行っていると聞いたぞ。タンポポの栽培か」
「食べません。むしろあれはザッフィーが食べるべき」
「単子葉植物の葉の方が好ましいな」
「笹でも食ってろ」
尻尾が脇腹にばしばし当たって痛いので移動する。
「まぁ本当言うと、はやても旅行に行きたいとか言ってたから、そういう拠点が欲しいんですよ」
おや。という顔をしてこちらを見上げた。そういうことは早く言えとばかりにぐるるると喉を鳴
らされたので、ここはこちらも何らかの対抗措置を取らざるを得ない。
「たっだいまー! なぁなぁこれな、ミッドの土産の……何しとるの」
ちょうどカリムさんのところから帰宅したはやてが、いつのまにか遠吠え合戦になっていた俺た
ちを見てたいへん怪訝そうな顔をした。
「主。この男、やはりおかしい。私より声質が犬に近いとは何事ですか」
「獣人その他に会った時のために、各種動物の声は基本的にマスターしてあります」
「ほんま? ならマンドラゴラの泣き声リクエスト!」
「現実に存在する、哺乳類でお願いします」
「えー……しゃーない、イルカのソナー音で勘弁したるわ」
「超音波。それ超音波だから」
はやてはさらっととてつもないレベルを要求するから油断ならない。
「このオリ主使えへんなあ」
「もうやだこの人本当頭いい」
「照れる。それより、何話しとったん。まさか何もなく遠吠え合戦やったんか」
「いえ……主はやて、旅行に行きたいというのは本当でしょうか。その話をしていたのですが」
「あ、うん。そのな、卒業旅行、行きたい思てん」
「なら、全管理世界バシルーラの旅しようぜ」
その発想はなかったわ、とはやては感心した。冗談のつもりだったのだが、そのうち実行に移さ
れそうな気がしなくもない。
「しばしお待ちを。旅行の拠点を、この男が自分の足で探すそうですので」
「ホンマ!? なら、なら山! 山いきたい。動物いるの!」
「日光で猿と戯れてればいいと思うよ」
「動物園の猿にガラス越しで芸を仕込んだお前が言うか」
「マイケルダンスはさすがに無理だった。さそうおどりしか」
「自由な人やなあ」
「何も考えていないだけでは」
はやてにもふもふされながら言うザフィーラだった。
俺が頼み込んだのがきっかけで様々な格ゲーの技を練習したリインは、現在それをガジェット潰
し等、実戦に活かしているとかいないとか。
「リインさん。お言葉ですが、常人には真空竜巻なんてできません」
しかしこの日は、その技を俺に教えようとしてきた。お気持ちは大変嬉しいのだが、大抵の格ゲ
ー技は体の構造と筋力的に無理なものばかり。だから、その、困る。
「え? ファイナルサイコクラッシャー? いやいやいや、俺がやるとただのヘッドスライディングですよ」
リインは悲しそうな顔をした。
「サマソ覚えたのはとてつもない量の情熱と修練を積んだからでして、二度は無理です」
「コマンド、似てるのに」
「そういう問題ではない。でもまあ、ありがとね」
「……うん」
どうやら俺がサマーを覚えたのを見て、ならば次をと思ったらしい。
あとは俺の護身術に、だそうだ。これから色んな世界を回ることもあるだろうし、確かにアリな
のかもしれん。
「でも誰かしらがついて来てくれれば、万が一の時も安心だしなぁ」
「……その万が一の場面、想像がつかない」
「歩く永世中立国、エアロスイスさんと呼んでくれ」
世界にまたひとつ平和な国が誕生した。と思ったらエアロなスミスさんを知らないらしく、リイ
ンはきょとんと小首をかしげるばかり。
「エアロスイス、ならぬエアロスミスというのは……まあいいやめんどい」
「面倒くさがり」
「いつものことだ。昔からそうなんだ」
「……昔の話、あまり聞かない」
「部屋を散らかしてはお袋に怒られ、押し入れで反省させられた。と見せかけて、ぐっすり寝てた」
「今と変わらない」
「いつまでも変わる気配がないんだ。どうすればいいと思う?」
「手遅れ」
「匙を投げないでください」
リインは面白そうに微笑み、顔を近くに寄せてきた。
「こうして見ると、よく顔が変わるようになりましたねぇ。表情が」
いいことである。リインはそうだろうか、とばかりに自分の頬に手を当てているけれども。
身体(?)の一部をわかち合ったからか。リイン姉妹にははやてとは別種の近しさを、時折感じ
ることがある。
「……シャマルにも、同じことを言われた」
「気をつけろ。あの人には人間の顔の皮を集める趣味が……ここは俺に任せろーバリバリー」
「やめて」
「まあそうなったら、無理やり当たり玉食わせて正気に戻すわ」
リインも頷くあたり、シャマル先生特製・当たり玉の気付け薬としての万能性が窺い知れよう。
「あれ。もともと何の話してたんだっけ……まぁいいや。寝る」
「そればっかり」
「死ぬまでこんなもんだ。あと温かいココア入れるから、リインメタル化して湯たんぽやってよ」
「やだ」
ふいっとそっぽを向くリインだった。
「お姉ちゃん、やっぱりここに……え、ええっ? どうして二人で押し入れに詰まってるんですか!?」
「二人とも譲らなかった結果がこれだよ」
「せまい」
押し入れでこんがらがっている俺たちを見て、ぎょっとした様子のリイン妹だった。
(続く)
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オリーシュ「そうだ。介の字で寝よう」