すずかからのメールは至極単純、「お話があります」とだけ。
なんだろうと思いつつも、とりあえず恋愛フラグでない確信はあるので「ごめん自分よりぷよぷ
よ弱い人とは付き合わない主義なんだ」と半ば反射的に返信を入れた。
『それだと、女の子と一生お付き合いできないような気がする』
返事は早かった。そのままメールで語らう。
『無性生殖する方法考えるわ。あと、具体的にどうお話を伺えばよろしいか』
『書き忘れちゃった。今度の土曜日うちで、お茶しながら、とか。いい?』
『へそで茶を沸かす芸を身につけて行きます』
『万が一見せられても反応に困るよ……』
というやりとりの果て、週末にすずかの家にお邪魔することになりました。
でもよくよく考えると、話ってもしかして家系の関係だろうか。仮にそうだとするならば、俺が
察してるのっていつごろバレたんだろう? それともバレてなくて、探りを入れるだけなのか?
「い、いらっしゃ……あれ? ど、どうしたの、髪ボサボサだよ? 羽毛まみれだし!」
でもって土曜日。まあ考えても無駄なので実際に訪問してみたところ、緊張した面持ちですずか
が応対した。と思ったらすごい驚かれた。
「空を飛んで登場したかったんだ。ハト千羽くらい集めたら飛べるかと思ったが、紐結ぼうとしたらくっくるくっくる怒ってつつかれた」
「い、いつもそんなことばっかりしてるんだ……?」
「すずかがへそで茶を沸かすなって言うから」
「普通においでよ……」
それがいいかも。と思いつつ、申し訳なく洗面所に案内してもらっていろいろ整える。改めてお
邪魔します。
「移動中、そこここから視線を感じたような気がします」
「あんな登場したからだと思う……とっ、とにかく、ようこそ。来てくれて、ありがとう」
「この反応。もうなのはとか普通にすると『あ、来てたんだ』くらいしか言わないからなあ」
「異常だよ」
「異常ですか」
異常らしいです。
「いつごろからこうなったか……もはや居て当たり前な感じだ」
「あ、あはは……あ、コーヒーでいい? 紅茶にする?」
「寒いから味噌汁で」
「……えっ、えと……す、すみません、お味噌汁を……」
「すずかの作った味噌汁が飲みたいなあ」
すずかは見ていて可哀そうなくらい狼狽した。飲み物を聞きに来たメイドさんらしき人の視線も
痛いので、素直にコーヒーに変更してもらった。飲む。
「……ふう」
「ふぅ」
誰もいなくなったところで、さて、という感じに息を吐く。
「……や、やっぱり、もう一杯飲んでからで……」
「お? おお、じゃあ俺も」
付き合いで、二杯目を飲み干す。
「あ、も……もう一杯」
「おー。俺も」
「……」
「……」
「……も、も、もう一杯っ」
あれ……話まだ?
「帰るなり『お腹痛い』って……すずかちゃん家でいったい何してきたんか」
「俺何しに行ったんだっけ」
すずかに付き合い続けた結果、コーヒーの飲みすぎで胃がひどいことになっただけの俺だった。
翌日。さすがにこのままだと収まりがつかんので、もう一度月村家を訪問する。
「あ……い、いらっしゃ……」
「すずかの顔がコーヒーカップに見えるんだけど。なにこれこわい」
すずかは真っ赤になって俺の手を引いた。そのまま歩き二度目の客間へと連れていかれ、顔を近
づけ口を開く。
「か、カップ、ぜんぶ撤去したからっ!」
この家これから大丈夫だろうか。
「いやその、昨日は俺も悪かった。促すでもなく、聞く一方だったし」
「あ……う、うん。ごめんね、お腹大丈夫だった?」
「何故すずかが平然としているのか不思議だ」
「あ、ほら、わたし紅茶だったから」
そういえばそうだった。途中で替えればよかったんだ、と今さら思い知る。
「まあいいやもう。で話なんだけど、どうぞ」
「あ、うん。えと、まず……ず、図鑑についてた自動登録機能、私がいるときいつも切ってあって。なんでかなあ、って」
「コーヒーをかけすぎて壊れたんだ」
すずかはうらめしげな顔をした。
「……いじり倒されるなのはちゃんの気持ち、わかった気がする……」
「ははっは。それはともかく、自動登録か。……なのはやアリサも見るから切っといたが、余計な気遣いだったか」
「あ……う、ううん、ありがとう。……実は、知られちゃってもいいかなって、思ってたんだけど」
伝わったようだ。でもってどうやら、既にすずかも気づいていたらしい。
「……やっぱり、気づいてたんだね」
「後付けの根拠ではあるが、図鑑の閲覧履歴もすずかの時だけ極端だから。そこから種族も想像つく」
「う……こ、行動にも出てたんだ……」
自覚はしていなかったようだった。この調子だと、過去に自分で人外発言ぽいのをしてるのも覚
えてないんだろうなあ。
「なので、すずかの口から聞くのは今じゃなくていいです。なのはたちより先に聞くのはなんか悪いし。いい?」
「あっ……う、うん、ありがとう。なのはちゃんたちにも、もうすぐ話すつもりだったんだけど」
「俺は練習台か」
「やっぱり、その、……ゆ、勇気、要るから」
「わかるが、あいつら多分種族で態度変えないから大丈夫だぞ。うちが既にごった煮だし」
「よ、よく考えたらそうかも。……はやてちゃんの家って、賑やかだよね」
「布団の数がギリギリなのはキツいけどな。リイン姉妹とはよく押し入れで鉢合わせするし」
「押し入れで寝てるの?」
「そういう年頃なんだ」
などと話しているうちに、なんだかほっとした雰囲気になってきた。よかった。
「とりあえず、なにかアレルギーとかあったらさりげなく気を配っとくから教えて。俺はコーヒーがアレだな」
「う、ううぅ……」
すずかは不服そうにした。
「というか、その……いつから気づいてた?」
「去年の終わりかな」
「ええっ? そ、そんなに前から?」
「そんな前から」
普通に語らってました。
「けーとくんけーとくんっ。すずかちゃん、なんだかご機嫌だっ……ど、どうしてマスクしてるの! けーとくん風邪!?」
「何も飲まずにずっと喋っとったら、今度は喉が痛くなったんやて」
カップが再び入るまで、しばらく月村家には行くまいと誓う俺だった。
(続く)