背に負うはやての言葉に従い、空き部屋を目指してとんとんと床を歩いて、グレアムがたどり着い
たのははやての寝室だった。
後ろからヴォルケンリッターとリインフォース、そロッテとアリアが着いてきているのを確認し、
ドアを開いて中に入る。
「ここ。ここや。落としてー!」
「大丈夫か?」
ええからええからと言うので、ベッドに背を向けてパッと手を離す。背後でぼすんと落ちる音と、
同時にはしゃぐような悲鳴と笑い声がした。
「……」
ヴィータは自分もやりたそうだった。
「足の具合が、良くなってきているのか」
「うんっ! 来年の春には、学校行けるようになるかもしれんって」
「……それってもしかして、アイツと同じ学校?」
部屋に入ってきたロッテが尋ねると、はやては首を縦に振る。
「合衆国ニッポン国民に洗脳したって聞いたから楽しみや」
「どうする? 全員黒仮面にマント羽織ってたら」
ヴィータの言葉に、ちょっとぎくりとするグレアム一味。そんな変装をした記憶があったりする。
「片っ端から剥ぐ。てか、さすがにないやろ」
「あの格好、カッコ悪いですものね」
「もはやネタのレベルだからな」
ニッポンの最新流行かつ俺の晴れ着、と言われてまんまと騙されたグレアム一味だった。嵌められ
たやら恥ずかしいやらで、特に猫姉妹たちは、次に顔を見たら絶対ひどい目に逢わせてやると固く誓
う。アイツの弱点を探さないと、とぶつぶつ二人で相談しはじめた。
それを見て何かを思い付いたような顔をするヴィータ。
さりげなく近づいて、おもむろに口を開いた。
「そういやあいつ、チーズケーキが弱点だって言ってたような」
饅頭怖い。そんな言葉が八神ファミリーの頭をよぎった。
「そっ、そうなの?」
見事にかかった。こう見えてなかなかの釣り師なヴィータである。
「そう、苦手。すごく苦手」
「明日大量に買ってきてやる……」
「駅の近くに売ってたわね」
ポーカーフェイスを保ったリインが、美味しいチーズケーキに我慢できず便乗した。明日はコーヒ
ーが美味しそうだ、と思う一同だった。
「嘘かな?」
姉妹に聞こえないように問うグレアム。はやては声を落として答える代わりに、にかっと笑った。
そうやっているうちになし崩し的に、例の居候の話に入っていってしまった。普段はどういう生態
なのかという質問が姉妹から出て、はやてとヴォルケンが答えていく形式。
逆に行方不明だった期間はどんな感じだったのか、とはやたちも問いかけた。これにはグレアムも
加わって、いつの間にやら普通の会話で盛り上がってしまっていた。
そのままずっとそうしていたい、とグレアムは思った。
刑の宣告を受けに行くつもりで来た、そのはずであったものを。笑っているはやての顔を見ている
と、そんな決意が鈍ってしまいそうだった。本音で話すと先ほど約束したはずなのに、少女から笑顔
を奪いたくないという気持ちが、グレアムに話を躊躇させた。
「『前』のときのこと……そして、クライドさんのこと。ごめんなさい」
しかしリインが話の途切れ目に切り出して、ヴォルケンリッターが揃って頭を下げた。
都合のよい言い訳を探していた自分に、グレアムは気付いた。
「いや。その前に、こちらからも話がある」
私には止められなかった、と言うリインと、それに戸惑う姉妹を横目に、息継ぎをせずに言った。
少しでも止まってしまったら、もう話ができなくなるような気がした。
「あかーん! いくらおじさんの頼みでも、リインはもううちの子なんや!」
「いや、局員としてではなくて」
研究ダメ絶対と言って、リインフォースをむぎゅーと抱きしめるはやて。戸惑っているリインと一
緒に微笑ましく思いながら、静かに声を発した。
「はやて。私は、君を殺すつもりだった」
「……んん?」
「簡潔に言おう。起動した闇の書と共に、封印するつもりだったんだ」
語りはじめたら、もう止められなかった。本当の願いと理由、そして本当の思いを、ぽつぽつと語
る。どれだけ話しても話し足りないような、何かが腑に落ちないような気がして、言葉をつむぐ口が
止まらなかった。
「はぁ……で、オリーシュプランに移行、と」
しかしほとんどすべてを語り終えてなお、何かが足りないような気がする。そんなグレアムの内心
を知らず、はやてはピリオドを打つように付け加えてしまった。一言も発さずに見つめているヴォル
ケンリッターの目の前で、グレアムが頷く。
「じゃあ前、ぬこ鍋にされかけとったのは、リーゼさんたちやったんやなぁ」
時期的に、ヴォルケンリッターの知らない話である。姉妹はぎくりとした表情になって、やめてや
めて思い出させないでと詰め寄った。どうやら図星だったらしい。
「そっかぁ」
はやては懐かしそうな顔をしてから、何かに気付いたように表情を変えた。
「じゃあ計画変えたのって、やっぱり私を死なせたくなかった、ってことでええんでしょうか」
そう言ってから、少し嬉しそうに笑った。
それに反して、目の前のグレアムは愕然とした。
はやてが言葉にしたのは、ずっと心の奥底に押し殺してきた思いだったからだ。
本音で話すつもりだったのに、すべて話したと思っていたのに、それでもまだ隠していた、それが
本当の気持ちだった。
「ああ」
口を開いて、声を絞り出した。
「そうだ。死なせたくなかった」
虫のいい話だが、と付け加える声は震えていた。
「そっか」
安心したように言って、はやては静かに微笑んだ。
「助けてくれてありがとう。私、まだ生きてます」
はやての顔を真っ直ぐに見ることができず、グレアムは顔を伏せたままだった。
姉妹が寄り添うようにやってきてから、ようやくひとつだけ、小さく頷くのだった。
(続く)
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ヴォルケンたちがクライドさんの名前知ってるのはクロノやリンディさんと話したから。
紐糸でもたまには真面目な話をお楽しみください。もう二度とないかもしれませんので。
やっとA’sおしまいな気分です。その64からここまで。
超長かったような気がするけど一年経ってません。不思議ですね。