とある聖夜の空中散歩。
と一言でいえばそれだけなのだけれども、眼下に広がる光景はとても言葉にできないものだった。
「雪が星みたいだ」
「あ……ほんとだぁ。曇り空だけど、晴れてるみたいだね」
会話にした言葉が、雪に吸い込まれて消える。はらはらと舞う雪が街の明かりにわずかに照らされ
ていて、まるで星が降ってきているみたいだったのだ。マフラーをきつく巻いてるわけでもないのに、
もう何か息が止まりそうな感じだった。こんな光景はそう見れるもんじゃない。
「これは一生にそう何度もなくていいかもしれませんなぁ」
「え、なんで? どうして?」
「そっちの方が大切に思える気がする。さすがの俺も五千人いたらありがたみも薄れるでしょ」
「五千人ってそれちょっとした町になっちゃうよ……」
でも星はいくつあってもきれいだよね。いやこれ星じゃなくて雪ですがな。たとえばの話だよっ。
とか話しつつ、無人の空をなのはに手を引かれて飛ぶ。なのはのやつ筋力大丈夫かと最初は思った
ものであるが、今はレイハさんのサポートで力も結構上がってるらしかった。でもってものを浮かし
たりする魔法があるらしく、今回のためにちょっと練習しておいたのだとか。
「しかしすごいなぁこれ……もうこのまま死んじゃってもいいかも」
「死んだらいやだよ?」
「いや死なないけど」
よろしい、と満足そうに言う。
「……この風景ビン詰めにして全部持って帰りたい」
それは無理だよ、と苦笑いされた。
「時間とまんねーかな。そういう魔法って使えないのか」
「えと、それはちょっと……でも、そうだね。時間なんて、このまま止まっちゃえばいいのに」
都合よくDIO様出てきてくれないかな。それは二人とも食べられちゃうよう。とか話しながら、
ふたりともしばらく何もせず、どこまでも続く空と宝石みたいな街を見つめていた。
「け、けーとくん。その、ちょ、ちょっと休けい……」
しかし補助があっても、引っ張って飛ぶのはやっぱり大変らしい。筋力的な意味で。
バインドで空中に固定してもいいかと言われたのでうなずくと、胴の部分をおっきな光の輪っかで
とめられた。
「磔にされた。このままカートリッジロードする気だ。リアル銃殺刑される、やも」
「うぅ……休けいするだけだって言ってるのにぃ……」
「求刑と申したか。これはリアルに死刑にされる予感!」
恐れおののいてみせた。ちょっとうまいこと言えたような気がして達成感。
と思ったんだけど、なのはは首をかしげるばかりだった。ひょっとしてと思って、求刑ってわかり
ますかと聞くと、お休みのことじゃないんだよね、と不安そうに返してくる。裁判用語だよと言って
あげたところ、なんだかしょぼーんな感じになった。
「少し……社会の勉強しようか」
「うん……」
こうして楽しませてもらっている以上どうにもからかえず、妙な空気になってしまったのでした。
「なんてヤツだ……この星を斬りやがった……!」
その後地上に降りて、雪を払った公園のベンチであったかい缶コーヒーを飲みながら言う。なのは
は情けなく眉をハの字にして、ぶんぶんぶんと首を横に振った。
「つまらん。好きな魔法見せてくれるというから期待したのに」
いろいろ注文してみたんだけど、どれもこれもできないと言いやがるのだ。困る。
「むっ、無理がありすぎるもん。メテオなんてできないし」
「えー。修得しろよ。『体中の穴という穴からディバインバスター』とか、敵さんビビるのに」
「それはビビるよ……」
次元犯罪者がビビること間違いなし、となのはが認めるアイデアだったのだが、どうも習得不可能
であるらしい。
「アスラ先生にバスター撃ちまくってたらそのうち豆電球出るっしょ」
「その前に死んじゃうよ……」
鍛えてるのを見せたことがあるので、なのはも知ってるネタだった。確かに単身でアスラ道場に道
場破り仕掛けたところで、あっという間にアビス行きになるような気がする。LP0的な意味で。
「ね、ねぇないの? ほかには、他は」
「というかこだわるな。今日はもうお腹いっぱいなんですが」
しかしまぁいいやと思っていると、何やらなのはが積極的に問いかけてくる。ちょっとその理由が
わからず、俺としては戸惑うばかりである。
何か俺にしてほしいことでもあるのかと思ったけど、なのはだったら別にそんなことをせず、直球
ストライクで言ってくるような気がしなくもない。じゃあなにか負い目でもあるのかと思ったけど、
これまたあんまり心当たりがない。パーティーはじまるまでケンカしてたけど、それはもう仲直りし
たし。
「ひょっとしてなので聞き流してくれて構いませんが、もしかしてコアの件、まだ気にしてる?」
ぴくりとなのはが固まるのを見た。どうやら当たりなのかもしれない。
とりあえず家に戻ろうということになって、その道中で聞いてみることにする。すると少しして、
ぽつぽつと話しはじめてくれた。
「まだ……まだ思ってるの。あれでよかったのかなって。ずっと、そう思ってる」
あれ以上はないというに。別に俺が死ぬわけでもなし。と本心から言ってやったんだけど、何とも
すっきりしない様子だった。はやてだと魔法使えなくても「そんなのかんけーねぇ!」で二人とも納
得しちゃうんだが、なのははどうもそうはいかなかったらしいのだ。
歩きながら横顔を見ていると、なんだかいつもの元気がない。こういうの好きじゃないんだけどな
ぁ、どうしようかと思いなやむ。
「そういやあの時、ずびずび泣いてたっけ。つい最近なのに、何だか懐かしいですなぁ」
ちょっとでも雰囲気もどるといいなぁと思って言うと、ずびずびとか言わないでよう、と恥ずかし
そうに抗議された。少しだけ元気が戻ったみたいだ。ちょうどいいので、話を続ける。
「これ以上続けるとトルネード土下座してでもやめさす」
「トルネードって……ちょ、ちょっと見てみたいんだけど」
失敗した。作戦を変更する。
「まぁいいじゃん」
「いいじゃん、じゃないよ……」
「いいんだってば。俺が魔法使えなくても、なのははずっと友達でいてくれるんでしょう?」
はっとしたように、なのははこちらを見てきた。
「そ、それは、そうだけど……」
「ならばよし」
「え……よ、よくないよ。そんな」
「ならばよし!」
しんみりしたのはキライなので、強引に通そうとする。しかしネタはわかっていないらしく、なの
ははしきりに考え込んだ。
「………………うん、そうだね」
「ならばよし!」
「……ならばよしっ」
しかし何やら心境の変化があったためか、なのはは今度は食いついてくれた。後で聞いてみたとこ
ろ、やっぱりネタの内容は知らなかったらしいけど。後で元ネタ本見せようとしたら、はやてにすっ
ごい叱られたけど。
「そうだっ。じゃあ私、けーとくんのこと守ってあげるよ。その、ピンチの時にささっと出てきて!」
「じゃあ俺が試験でピンチになったときに助けてくれ」
「あ……え、えと、それは勘弁してほしいんだけど……」
しどろもどろになるなのはだった。
「じゃあここは物語を盛り上げるため、わざと邪悪な次元犯罪者の魔の手に堕ちざるを得ない」
「ああっ、だめだよ。そんなのだったら、助けないもん」
「そうなる前に助けろよ」
「助けないよーだっ!」
「ヨーダ? むしろ逆じゃね?」
八神家が見えてきた。二人とも足早になっていく。
「ありがとう。また思い出したころに連れてってくれ」
「うん、いいよ。じゃあわたし、翼になってあげる」
「俺が牙、お前の魔法が翼……」
「それ、なんて言う漫画だっけ?」
「人間を飼うマンガ。そうだ、なのはで試してみよう」
ひどいことしないから飼っていい? と聞くと、雪玉が飛んできた。そのまま雪合戦に突入した。
冷たかったけど楽しかった。