指先の軌跡が、すなわち転じて奇跡を為す。藁の小屋と木の小屋は、野良大神の筆調べを前に脆くも崩れ去った。それでも諦めず
逃げる辺り、今宵の餌はなかなか骨があるらしい。蒼い狼は愉しげに鼻を鳴らし、さらに森を奥へ奥へと追いかけていく。
 森を進んでいくとやがて、赤色が鮮やかな煉瓦の家があらわれる。
 静寂に包まれた森の中。鋭敏な聴覚が、扉の奥に複数の声を捉えた。息を切らしたのが二つと、落ち着き払った声がひとつだけ。
先程取り逃がした二人はどうやらこの家に隠れているらしい。
 墓場はここで良いようだと、狼は静かに笑みを浮かべた。石造りといえども、神の奇跡には耐えるはずもないのだ。
 それとも奇跡を起こすまでもなく、この爪で壁ごと引き裂いてくれようか。
 恐怖に脅える獲物の顔を心の裡に浮かべ、狼はにたり。と口の端をを歪めた。鋼をも引き裂く爪を壁面にかけ、そのまま力を入れ、
がりがりと削る。くくっ、と喉の奥から声がもれた。
 しかし。ふと逆の手を壁にのせて、狼は気付いた。
 手元を見るとその下の煉瓦に、何やら削られたような痕がある。指で探ると、どうやら文字のようだった。
 何故ここに? そう思って手を外し、隠されていた下を見る。そこには確かに、小さく何かが書いてあった。目を凝らしてじっと
凝視し、やがて狼の表情が疑問に満ちていく。
 そして小さく、呟きがこぼれた。



『……なんでダイワハウスなんだ……?』





 ◆    ◆    ◆




「そんな役割をお願いしたいんですよ」
「誰が野良大神だ」
「ヘーベルハウスの方がよかったか? それとも家の前でALSOK体操を踊るとか」
「話を聞け」
「そういえば安心戦隊ALSOKには、ちょうどALSOK・ブルーというのが居るんだ。ザフィーラのカラー的にピッタリだな!」
「通報してやろうか」
「すみませんでした」

 という訳であっさりザッフィーに拒否られてしまい、自分でキャロの建てた家に侵入する羽目になった。
 三匹の子豚とかいうお話らしいけど、中にいるのはフェイトたち親子。どう考えても戦闘力では敵わないことが確定していてどう
しよう。例えるならそう、ドドリア、ザーボン、フリーザ様のトリオに突撃するベジータのような気持ち。

「あとこれ何処から入るの?」
「往生際が悪いぞ」
「いやだってこれ。昨日見た平屋から絶対2階建てになってるよね」

 リハーサルで見た限りは普通の煉瓦の家だったのに、今見てみると煙突以外は完全に要塞だ。しかも階層増えてるし。風雲ルシエ城とはよく言ったものである。

「成長したんだろう。ダイワハウスだからな」
「なるほど」

 ダイワハウスなら仕方ない。びーふぇあー、びーふぇあー、と口ずさみながら、煙突に足を突っ込むことにした。煙突のなか暖かいナリィとか言おうとし
たが、陽が当たらないためか、冷たくてヘルプミィ。こんなところに入っている私はきっと特別な存在なのだと思いました。

「あっ、上から音が……フェイトさん、エリオくん、どうやら来たみたいですよ?」

 しかしどうやら音で気付かれたらしく、煙突の下からキャロの声が聞こえた。
 そのままごそごそと何か作業をしている音があって、やがて何も聞こえなくなる。と思ったが、今度は下から覗かれているような
気配がした。そして「気分はどうですか?」と再び声がする。声色だけで超ニヤニヤしているのが分かった。

「冷たいんですけど。あと下にどんな罠が待ってるの? 湯が煮えたぎる鍋とかはイヤなんだけど」
「テレポーターが」
「なにそれこわい」
「冗談です。実は暖炉など下にはなく、落とし穴になっています。落ちたらそのまま、マントルまで一直線の深いやつが」
「それも冗談ですよね?」
「はい。しかしそろそろ煙突の壁が動き出し、侵入者を押しつぶしにかかる頃合いなんです。わくわく、わくわく」
「助けてくれえ!」

 煙突の下から聞こえる発言にデモンズウォールの恐怖を思い起こさせられたため、人間とは思えない速さで煙突を下りていく羽目に。
結局トラップなど設置していなかったらしいけど、精神的には十分キツかった。心臓ばっくんばっくん言ってるし。

「遅かったな」
「なんでザフィーラが家の中にいるんだよ」
「私だからだ」
「ザフィーラさんだからです」

 いつのまにか家に入っている尊大極まりないザフィーラと、その首に抱きついたままニヤニヤしているキャロ。
 このふたりが手を組むとけっこう不利なのだ。しかし服についた煤を払っていると、さすがに悪いと思ったのかキャロもタオルを
持ってきてくれた。顔にも煤が結構ついているらしいので、ぬぐいながら文句を言う。

「キャロは何故事あるごとに俺を殺そうとするのか」
「地球には殺し愛という言葉があるとお聞きしました。愛と呼ぶには程遠いですが、それでも私なりの親愛を表現してみたんです」
「ないから。少なくとも一般的ではないから」
「逸般人が何を言っているんです?」
「うるせえ」

 なんとなく悔しいので、キャロの頭に今日も乗っかっている帽子を取りあげる。取り返そうとぴょんこぴょんこ跳ねる桃髪を放置
し、そこらへんに転がっているであろうフェイトとエリオをきょろきょろ探す。いた。こっち見てた。

「相変わらず、仲いいね」

 ぴょんぴょん足掻いている小動物と俺の姿に、フェイトが微笑ましそうな声色でそんなことを言った。
 テーブルの隣の席に座るエリオを見ると、心なしどこか羨ましそうな顔に見えなくもない。キャロと仲良くしたいのか。こちとら
会うたびに落命しそうになってるんだけど。

「キャロも本気じゃないみたいだし……」
「いや分かってるけど。でもこの配役おかしくない? どう考えてもザフィーラが侵入する役じゃないですか」
「ザフィーラさんの手をわずらわせる間もなく、私が引導を、引導をーっ!」
「どうした今日テンション高いぞ」
「じゃあ下げます。ふう疲れた」
「切り替え早いな」
「日本経済が不況にあえぐ昨今、テンションだってタダじゃないんです」
「今日もキャロは金欲にまみれていた」
「いちおくまんえん、いちおくまんえん」

 ぴちんぴちんと腕にチョップをかますキャロは可愛いのかもしれないが、合間合間に巨額の金を要求
されるのでこちらとしては困るばかりである。

「あとその帽子を持ったからには、何か面白いことをしていただかないと」
「えっ何そのとんでもない後付けルール」
「ぐずぐずするな。フェイトとエリオが待っているぞ」
「えっ……え、えっと、その……」
「ぼ、僕は別に……」

 わたわたと慌てるフェイトたちだが、その実何やら興味ありげな目をしている。ひどい嵌め方もあったものだ。仕方がないので帽子を
手に、頭をフル回転させて考えた。

「……ハーイ!」

 どうしようも無くなってヘーベルハウスのマネをしてみたところ、ダイワハウスとのギャップにフェイトが不意を突かれたらしい。
コーヒーが気管に入っていたのかむせはじめ、エリオが水を取りに行き。そして俺はザフィーラとキャロに怒られるのだった。

「いちおくまんえん、いちおくまんえん」

 フレーズが気に入ったらしく、引き続き賠償を求めてくるキャロだった。



(続かない)



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