ミッドチルダ郊外の静かな街に、八神家が間借りしている部屋がある。
 管理局の業務に関わっていると、地球に帰るには遅い時間になることもある。そんなこともあろ
うかと用意してあった、八神家のささやかな拠点だ。
 「オリーのアトリエ」は多くの者が頻繁に利用するものの、あれはミッドチルダとはまた別の次
元世界にある。管理局の仕事の本拠地にするのに適した立地とは言えない。ミッドチルダを経由し
て他の世界に飛ぶ時なんかにも、そちらではなくよくこの部屋が使われてきた。
 その一室が、今朝はいつになく騒がしい。

「り、リーゼさんたち、先週完成した資料、見覚えはっ」
「ちっちゃなカードに移動してたよね。どれかは知らないけど」
「あっ……あ、あった、これだ! 印刷機、印刷機は……あれ?」
「こっちは全部デバイス経由で表示できるだろ。地球のシステムと混同してないか?」
「そ、そうだった、よかった……なら今のうちに、自己紹介の練習を……!」
「落ち着きなさい。原稿が上下逆さじゃない」
「はくさい!」
「それは夕飯の買い物メモだ馬鹿」

 なのはが資料を揃え、本棚から本棚へとあわただしく動き回っていた。それを気持ち手伝いなが
らも、リーゼ姉妹とヴィータは比較的まったりしたいつもの調子で、のんびりと自分の準備を進め
ていた。

「どうしてそんなに余裕なんだろう……」
「あたしはもう準備済んでるし」
「教えるのは私たちじゃないから」
「あくまでも補佐だから」

 昔取った杵柄。以前はクロノやなのはたちにも、魔法を教えていたことがある。
 機動六課の目標としてとある目的を果たしつつ、同時に後進を育てていくことが本線となった際、
補佐に立候補したヴィータ以外にも、グレアムを経由してリーゼ姉妹に話が舞い込んだのだ。同じ
くなのはのサポートという名目で。

「教育実習生を見守る教員ってこんな気持ちなのかもね」
「それにしても、この子が教える立場にねー……ついこないだまであんなだったのに」
「うう、き、緊張する……昨日はぜんぜん寝られなかったし……」
「大丈夫だって言ってるのに。バックアップは万全なんだから。私たちもいるじゃない」
「まさに猫の手を借りるってわけだな!」
「カナヅチは黙ってなさい」

 とはいえ、補佐はあくまでも補佐。教わる新人たちのためにももしもの時はサポートに回るが、
差し出がましい真似はしないようにと申し合わせてあった。それがなのはのためでもある。
 学校に通いながら管理局に勤め続け、魔導師としての経験を積み続けて10年近く。ユーノに手
を引かれ魔法を手にしたなのはは、後進を導く戦技教導官を、いつからか目標に掲げていた。勉学
との両立を図った結果時間はかかったが、ようやく取得できた憧れの資格だ。
 機動六課はそれ自体が結成の目的を持つが、管理局内で意見に上がってきていた新たなシステム
を取り入れた、実験部隊という意味合いが強い。
 そのため教導官のなかでも、リイン道場(一見様お断り/魔法攻撃はともかく物理攻撃の苛烈さ
ははぐりん道場の比ではない)を長く利用し続けてきた経験を持ち、某米のアルカナ契約者に連れ
られて様々な世界を見てきたなのはに白羽の矢が立った。
 しかしなのはは資格を取って間もない。技術はあれどまだまだ慣れていない部分も多く、機動六
課の新人たちのランクは、なのはが受け持った中でも最も高かった。
 もともと責任感は強い性格だったが、そのため逆に神経質になってしまっているのが現状だ。新
人のスカウトははやてが行ったため、今日が初顔合わせなのもプレッシャーに拍車をかけている。

「……学級崩壊」
「ひ」
「不良少年」
「うっ」
「モンスターペアレント」
「うああっ……」

 新人たちの保護者なんてフェイト・テスタロッサとゲンヤ・ナカジマのたった2人、かろうじて
ギンガ・ナカジマを含めてめ3人しかいないのにどうしたのこの人。
 しかし悪戯好きな猫姉妹+遊び好きなヴィータとしては楽しいだけだ。こうも反応が素直だと、
ついつい顔がにやけてしまう。

「反抗期」
「ひきこもり」
「不登校」
「……やめなさい、3人とも」

 調子に乗って弄り続けていると、様子を見ていたグレアムが嗄れた声でたしなめた。

「グレアム提督……」
「不安はわかるが、心配し過ぎは良くない。出来るものもできなくなってしまう」
「それは……でも」
「そういったものから解き放たれた人間を、君は見てきたのではないのかね」
「アイツは解き放たれすぎだけどな」
「もう少し縛られるべきよね」

 その考えは共通していたらしく、姉妹もヴィータもうんうんと口々にうなずいた。
 グレアムの言うことはもっともだが、今は居ない彼についてはまるで参考にならないとなのはは
思った。「黄金のチャーハン探しに行く」と言って東に飛んだかと思えば、「フライパンが時空の
狭間に飲み込まれて過去の遺跡に吹っ飛んだ」と訳のわからないことを口にしたりするのだ。言っ
とくけどそれ次元震だから。それに遭遇して平然と帰ってくるってどういうことなのあの人。
 しかし。あの自由奔放さを考えると、気持ちはいくぶん軽くなった。
 いまの彼と、対して機動六課が置かれている状況とを考えると複雑だ。だがそれでも気分が楽に
なったことにかわりはない。ここにいない人間に元気づけられるとは、と思うと正直なところ不思
議な気分だけれども。
 緊張は抜けきっていないが、先ほどまでのプレッシャーは取れていた。
 ぱっと顔を上げ、なのははグレアムに礼を言ってから、「先に行ってます!」と明るく元気に駆
けて行った。





「……それにしても、まさかじいさんに指揮される日が来るとはな」

 なのはが出ていった後、ヴィータはぽつりとこぼした。
 おや、とグレアムは振り向いて、「不満かね」と小さく笑う。

「別に。てっきりはやてが隊長やると思ってただけだ」
「あの子は世の荒波に揉まれるには若い。その点、この老いぼれは相応しいだろうよ」
「……」
「方針と支援はこちらに任せて、好きにやるといい。細かい部分は現場の君たちに任せる」
「そうかい」

 部隊の頭を務める話が持ち上がったときは、さすがに躊躇したものの。
 老いて朽ち果てる前に、遺せるものがあれば。はやてに何かしら、見せられるものがあるのなら。

「過労死すんなよじーさん」
「あと20年は生きる」
「へっ。言うじゃんか」

 仇と恨み、憎んでいた相手と、こうして手を取り合うこともある。
 それを60以上もの年を重ねてからようやく経験するという事実に、グレアムは世界の縁の数奇
さというものを感じずにはいられなかった。



(続く)

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「高町なのはです。これから1年間、皆の教導を――」
(おお……こうして見ると、仕事のできる女にしか見えないんだが)
(そりゃそうよ。この子これで、今までけっこう結果出してるし)
(あ、でも手が隠れてぷるぷる震えてる)




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