訓練と教習の繰り返しにより、新人たち個人個人のデータは蓄積していく。戦闘時における行動パターンや思考の傾向をはじめ、
手持ちの魔法や資質など、その内容は様々だ。訓練以外にも食事や休憩時間になのはたちと顔を合わせれば、趣味や性格をうかがわせる
ような話題にもなる。
 新人たちにこの度支給されることになった新型のデバイスは、そういった情報を集めた上で、システムリソースやプログラムに
細かな調整が施されている。なのはとフェイトが分析し、グレアムが助言し、最終的に技術面ではシャーリーがまとめた形だ。
 なかなかハードな作業だったが、それでも充実した時間を過ごすことが出来たとシャーリーは思う。Sランク魔導師の意見を生で
聞けるのだ。時間は無理のないように設定されたものの、やはり要求されるものも、プレッシャーも半端ではなかった。完成したその夜、
期待に応えられたはず! と幼馴染みのグリフィスに息を巻いて話してしまったのは、その反動だということにしておこう。
 その後そのシャーリーには、部隊内部から「お金出すからザフィーラ用のクトネシリカおねがい!」やら「いやそれよりも先に
鎧の魔槍を……ちょっと待てなんでエリオのをそれにしなかったんだ……!」など、
無茶なアイテムの作成依頼(依頼?)が、主にはやてとヴィータから舞い込むことになったのだが。挙げ句の果てにはどこから
聞き付けたのか、

「暇なときにスピードボール作ってください 拾ったぼんぐり同封しとくから」

という差出人不明の手紙と、謎の木の実が入った小包までもが届いた。
 スピードボールとやらが何を示すかはよく分からないが、いい仕事をすると部隊の外にも話が出るのだなと少しだけ嬉しく思った。
 手紙を見せたときのなのはの顔が、きびきびした普段の姿から想像もつかないくらいの動揺を見せたのは別の話である。

「……あれ?」

 キャロに手渡されたのは、ガントレット型のブーストデバイス。手の甲に埋め込まれた複数の宝玉が綺麗だ。シャーリーの説明によれば、
あらかじめプログラムしておくことで召喚魔法等の加速ができるらしい。
 それぞれの最新のデバイスに新人たちが目を輝かせるのに対して、キャロははて、と首をかしげた。魔法の補助としていくつか
マジックアイテムを使ったこともあるけれど、デバイスは基本的に昔から替えたことがなかった。「とりあえず召喚できれば何でも
いいかな」と思っていたのだ。そのことはなのはもフェイトも知っていたはずだ。
 要するに、自分も新デバイスをもらえるとは思っていなかったのである。もし仮にもらえることになったとしても、得物を模した
アームドデバイスになるのではとなんとなく推測していた。これはこれでとても嬉しいが、どちらかと言うとそっちの方がよかった
かな、と思ったり。

「すみません。あの、これ」
「どうしたの、キャロ?」
「いえ、その……ありがとうございます。てっきりアームドデバイスになると思ってました」
「キャロは単身突撃する癖をなんとかしなくちゃいけないからね。近接武器は、デバイスとしてはお預けだよ」
「む」

 言われてみれば確かに、デバイスで癖を矯正するという側面はあるのだろう。他の新人たちはチーム戦において長所をもたらす
特性を持つのに対し、単騎突撃は集団戦においてマイナスにしかならない。それ相応の戦闘能力があると言えるのは、知り合いでは
フェイトたちやリインフォースくらいのものだ。そこまで自分を過大評価できるほど厚顔でも無恥でもない。
 それにこの部隊のメンバーを見渡してみても、なんとなく理由は想像がつく。スバルとエリオに加えてキャロまで前衛に加わると、
全体として近距離パワー型に片寄ってしまうのだ。
 なのはやはやてが中遠距離からそれぞれ攻撃・補助魔法でフォローしてくれるならまだいいが、フェイトの場合はそれだと持ち味を
活かしにくい。近遠どちらでも戦える人間がいるなら……というのは自然な流れだろう。まぁ確かに遠距離で戦えるし、はやてほど
ではないにしろ補助魔法の心得はあった。スクルトくらいならやってやれないこともない。
 しかし、やっぱりちょっと残念だ。
 壊れない武器を貰えなかった以上、召喚で補う他に手段はない。以前のままといえば以前のままだが、またガジェットの残骸に
延々と鎖を通して合成し続ける作業が待っている。これが刺身のパックにタンポポを乗せるより退屈なのだ。あまり気分がいいもの
ではない。
 違った。あれは食用菊だ。誰かさんの主食がタンポポなおかげで、たまにうっかり間違える。

「えっと……キャロ、どうかな? サイズや肌触りは、前のデバイスに合わせてみたんだけど」

 こうなったら久しぶりにアトリエに顔を出して、後衛用に投擲武器でも合成しようかなー。と頭の中で材料をリストアップしていた
キャロに、気になるところがあったら今のうちにね、とシャーリーは言う。まだ多少の調整が可能らしい。午後の試運転でデータを
取り、最後の設定を書き替える予定なのだとか。
 キャロは自分の腕を覆う、シャーリー自慢の一品を見下ろした。
 気になるところと作者は言うが、初めて身につけたにもかかわらず違和感はほとんどない。むしろ以前より、ちょっと身軽になった感さえ
ある。キャロ自身が動き回ることを考慮してくれたのだろうか。手の甲に硬くて重そうな宝玉がいくつも並んでいるのに。
 しかしその配置を見ているうち、キャロはふと思うところがあった。
 中央に大きな、魔力ブーストを担うと見られる球体の宝石。そして指先が出るようになっているフィンガーレスの先端近く、指の根元に
あたる部分に沿って並ぶ小さな宝玉。拳の正面をほどよく保護する黒い法衣。
 ぐっと手を握り、拳の形を見て。ふと、感じたものの正体がわかったような気がした。
 なかなかどうして、

「気に入りました。いろいろ使えそうですね」
「うん、ありが……えっ、いろいろ?」

 殴り合いとか。





 そうしてキャロは後衛へと舞い降りた。

「不意討ちも挟み撃ちもどんとこい、です」

 その後の訓練で、むんっ、とキャロ本人が(珍しく)やる気を出した顔つきで言っていた。
 実際その通りである。「たぶん脆いから」という理由で狙われやすい位置にある後衛だが、それが鉄球をぶん回して近接戦に
応じてくるというのは誰も想定していないだろう。
 「バックアタック!」のテロップは、万人共通でイヤなものの筈なのだが。それでむしろ攻撃力が上がるとは予想できまい。

「キャロが後衛に下がって、攻撃力が落ちるかなって思ってたけど。これだと心配なさそうね」
「スバルさんも、前より気が楽だって言ってました」
「敵を後ろに逸らしちゃ駄目、っていうプレッシャーが薄れたんでしょ。だからって気を抜いたら元も子もないけど」

 訓練を経て一夜を明かし、翌朝早くから昨日の感想を語り合うのはティアナとキャロだ。
 いつからか始まった早朝のディスカッションは、議論をすることもあれば単なる感想交換に終始することもある。それでもなんとなく
習慣になって続いているのは、お互いに止める理由がないからだ。時おりスバルやエリオも顔を見せるし、いきなり止めると言い出すのも
忍びない。

「ところでキャロ」
「何ですか、ティアナさん」
「そろそろ不思議なんだけど、その帽子はいつ外しているのかしら」
「あの……実はこれは帽子ではなく、染色して結い上げた髪型……」
「えっ、え、ウソっ」
「だったら面白いと思いません?」

 でこぴんしといた。信じそうになった自分の迂闊さがムカつく。

「いたいです」
「痛くしたから」
「目には目を」
「その背で届くの?」
「夜は後ろにご注意ください」
「背後から額を狙えるならね」

 キャロはしてやられた、という顔をする。軽口を交わしながらその様子を見て、ティアナは少し不思議に思った。こんなに口を
開いてしゃべったことは、あまり無かったはずなのだが。しかもまだ、子供と言って差し支えない相手にだ。
 まとわりついてくるスバルを除いて、ティアナは基本的に独りだ。だが気がつけばするりとその脇に、ちっこいのが滑り込んでいる。

「そろそろ動きがあると思いますよ」
「……へえ。理由は?」
「あの人、学生なんですよ。授業の登録をしなきゃいけないみたいで、その期限が明後日なんです」
「学生ね……学生といえば、なのはさんの昔話はまだ聞かせてくれないの?」
「さすがにそれは。本人から口止めされてますから」
「よっぽど苦労したのかもね。強くなるヒントくらい欲しいのだけど」
「ありませんってば」
「嘘おっしゃい」

 まぁ、ポジションが近くなったのと、情報が得られるから。ということにしておこうか。





 出動要請があったのは、それから2日後のことだった。



(続く)

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キャロ「ラッシュの速さ比べですか……」
ルーテシア「!?」




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