オリーシュは悩んでいた。
 10年近く捜したが、ポケモン世界が見つからない。ドラクエ世界や杜王町や幻想郷や核の炎に
包まれた世界はあったがどうでもいい。ポケモンたちのいる世界だけが、どうしても見つからない。
 探し方が悪いのだろうかと、3、4年前には考えた。だが手当たり次第あたっていく以外に道は
なく、ずっと試し続けてきた。そしてその度にハズレを引いてきた。
 ちょっと危険だが、とあるダンジョンからテレポーターの罠がかかった宝箱を持ち帰り、改造し
てランダムジャンプを実行したりもしたものだ。
 いきなり首と手だけのデスタムーアさんの目の前に出たときは、はぐりんたちが怖がるのでちょ
っとだけ困った。
 握手だけして帰って来られたのは、まぁ運も良かったのだろう。それ以来ランダム転送はできる
だけ控えることにしていた。大丈夫だと思うが、さすがに壁と融合したくはない。

「なかなかやるじゃないか、運命の神とやらも」

 しかしことこの手の話題について、オリーシュの辞書は断念の文字がない残念な辞書だった。
 「その辞書、欠陥品だから」と突っ込める人材も、八神家や高町一族、ハラオウンファミリーに
はもはやいない。だっていつもこんなんだし。

「でも俺は考えたんだよ」

 この出だしで始まる話はたまにロクなことにならない。クロノはよくわかっていただけあり、反
射的に身構えていた。
 一昨年はスパゲッティが超進化を遂げ、空飛ぶスパゲッティ・モンスターになって対処に追われ
たような気がする。どういうわけかバリアジャケットからトマトソースの染みがなかなか取れず、
本当に大変だったのは思い出したくない記憶だ。ジャケットに永続してかかる、ある意味で呪いに
も近かった。どう考えてもAMFよりいやらしいとしか思えない代物だった。
 けれども、とりあえず話を聞いてあげる程度には付き合いも長く、ついでに心も広かった。
 これでも一定の確率で本当にイイことをしでかす辺り、宝くじを買うときの気分に似ている。

「ポケモンがいないのなら、自分で作ればいいじゃない」
「良くない。そもそもの話、法律がだな」
「足掛かりとして管理局にジムリーダー制を導入したしな。リイン倒せたらSSSランクで」
「あれは君の仕業だったのか」

 人の話を聞かないのもいつものことで、もう慣れた。
 慣れるまではたまに頭が痛くなったりもしたが、流し方を心得ると気分的には非常に楽だ。
何も考えなくていい。

「まぁジムリーダー制はともかく、作るのは無いか。さすがにそこは判ってますよ」
「全くだ。こと生き物が絡むと、君の作るものにはろくなものがない。空飛ぶスパゲッティとか」
「ノンフライ麺はあるから、今までに無い奇抜なフライ麺を作ってたら勝手に飛んでった」

 ふざけた話であるが、悲しいことにこれが事実なのだ。なんともやるせない気分になる。

「そして去年は、人間サイズのカキフライが芋虫のように地を這ったな」

 その姿は正しく、地を這うカキフライ・クリーチャー。
 巨体から滴る高温の油とタルタルソースは、トマトソースどころではないインパクトがあった。

「世界は牡蠣の炎に包まれたんだ」
「君を衣に包んでカラッと揚げてやろうか」

 実際にやってやりたい衝動に駆られながらも、クロノは耐えた。彼に悪気がないのはわかってい
たし、被害と言っても自身のバリアジャケットの他には、彼のアトリエがタルタルソースまみれに
なった程度だ。自業自得である。
 報酬のマジックアイテムも、地味になかなかおいしかった。これだけを見れば単なるギブアンド
テイクだが、それだけの関係ならここまで長続きはするまい。
 そんなことを考えるたびに、不思議な友人だと、クロノはいつも思うのだ。

「まぁしかし、希望はあるんですよ」

 自信に満ちた顔を見て、ほう、とクロノは小さく返す。

「とある世界でワープゾーンを見つけたんだ。なんでも、人によって行く場所が違うとか」
「行くのか」
「行く。帰り道は消えるらしいが、ふくろがあれば大丈夫。行ってみる価値はある」
「わかった。行くまでのナビは任せろ」
「バリバリー」
「やめろ」

 この時クロノは、全く心配していなかった。
 警戒心が皆無とはいえ、この男はベテラン冒険家。護衛には地上最強の生物はぐれメタルを筆頭
に、そこかしこで仲良くなったモンスターたちが、魔物パークにもわんさかいる。
 しかしその安心感が、逆に一番危険だったのである。あらかじめ気付いていれば、気を配ってい
れば、あれほどの事故は防ぐことができていた。
 あの初歩的な、致命的な事故を。
 防いでいた、はずなのだ。





「キメラの翼がない」

 こうして彼は大学に遅刻した。
 ついでにStSにも遅刻した。



(続く)



目次へ 次へ