大陸東部の草原地帯で、標的を発見したフェイトたち。すぐさま説得を試みたのであるがしかし、
飄々と流されては失敗に終わった。
 フェイトにとって少年は、それほど付き合いが長いわけではない。彼が何故今現れたのか、どう
やって三人に分身しているのか(守護騎士がらみの可能性はあるが、その場合は人数が合わない)
など疑問はあるが、基本的に彼女にとって、説得失敗という結果は決して想定を出てはいなかった。
スケッチブックによる筆談を終えて少年は逃走する。アルフとフェイトは言うまでも無く、その背
を追いかけようと地を蹴った。
 そして一歩踏み出した瞬間、それは閃光のように現れた。
 「速さ」「硬さ」「魔力」それらを極限まで凝縮した純粋な存在。瞳の向こう側に窺える重厚な
完成度。いかなる魔法をも弾き返す圧倒的な装甲。
 フェイトたちにもなじみのあるモンスター。一体のはぐれメタルが眼前に立ちふさがった。いつ
もの無邪気な気配は瞳に無く、静かな決意がありありと読み取れる。少年のもとには一歩も通さな
いと、無言だが雄弁に伝えていた。

「フェイト……」

 敵はたかが一体。しかしその戦力の大きさを悟ったのだろう。指示を待つアルフの声からは、彼
女がすでに臨戦態勢に入っていることが知れた。戦闘に際したとき独特の、充実した緊張感が伝わ
ってくる。フェイトはこくりと頷いた。
 現れた白銀の魔物に、フェイトは心から戦慄した。目の前に立ちふさがった速度は、まさに雷光
と言うべきそれだったから。気配を感じたと思ったら眼前にいた、という表現がぴったりだろう。
これほど高速で動く存在を、フェイトは相手にしたことがない。
 だが慄きこそすれ、決して敵わないわけでもない。
 追えなくもない――そんな確信めいた感覚があった。以前の自分ならまるっきり敵わない、手も
足も出ないと諦め膝を折った相手かもしれない。しかし新たな力を得た今、フェイトには見えてい
た。神速とも言うべき動きの一つ一つを、視認することができていた。

「アルフ、行って」
「フェイト! だってこいつ、魔法が……!」

 確かに、そうである。この魔物が魔法の一切をはじくのは、以前行われた調査で証明済みだった。
カートリッジシステムを搭載したなのはの砲撃ならあるいは可能かも知れないが、兎に角並大抵の
魔法は完全にシャットアウトされてしまう。
 しかし、それはアルフがいようがいまいが同じこと。忘れていけないのは今回の目的が、この魔
物の打倒にはないということだ。作戦達成はあくまで少年の確保に他ならない。二人でかかりきり
になっている間に、時間は刻々と過ぎていくのだ。

「私が……引きつけるから」

 決意を込めたフェイトの一言。
 アルフはもう、これ以上声をかけることはなかった。対峙する二人から、横方向に飛び出した。
少年の進む方向へは、迂回して少年を探す気である。
 それを見過ごすまいと白銀の閃光が迸る。
 しかし行く手を、黒金の戦斧が遮った。

「いくよ……バルディッシュ!」

 静かに、そして確かに宣言する。その手には新生した相棒が、しっかりと握りしめられていた。

「……」

 警戒し、そして無言で構える。スタスタの脳裏には、主人から言い渡されていた任務が思い起こ
されていた。

『脱ぐまで時間稼ぎ。脱いだら撮って。成功したら焼きプリン』

 白銀のボディにこっそり包まれたミニカメラが、ひそかに撮影のチャンスを待っていることを、
フェイトはまだ知らなかった。





 一方クロノはようやく、山岳地帯のとある町に辿りついていた。
 他の二人に比べてここまで時間がかかったのは、町そのものが山中にあって入りにくかったのが
大きい。人間が飛行する習慣のない世界だから、いきなり空中から登場して現地住民を混乱させる
わけにはいかないのだ。山の中腹までは飛んでいくことができたが、山間にもかかわらず割と人通
りの多い場所であったため、目立つ行動は避けねばならない。

「なのは、効いてない! 砲撃が全然効いてないよ!」
「かっ……カートリッジロード! 限界まで!」

 町に着いてからなのはとの交信を試みたところ、帰ってきた返事はそんなものであった。取りあ
えず戦闘が始まっていることは間違いない。急ぎアースラと通信すると、フェイトの方でも交戦が
開始されていると知れた。

「酒場か……」

 呪文が効かない相手だ。あらかじめそう分かっているものの、あまりにも相性が悪すぎる。ぐず
ぐずしていられないとばかりに、情報を元にクロノは走り出した。
 あえて結界を張ることはしなかった。
 使用した瞬間にこちらの存在がバレるという、結界のリスクを考えてのことだった。またアイテ
ムを使って逃げようとしても、それより早く結界を張る自信もあった。捜索対象になって居る彼な
ら、少なくとも一般人に危害を……などという愚行はしない、そう確信しての選択でもある。そう
いう人間ではないとわかっていた。
 酒場に入る。
 入口では誰にも止められなかった。この世界で飲酒できる年齢が低いのは調査済みだ。そのまま
まっすぐ、奥へと向かう。カウンターに座っている男のうち、真ん中の一人に話しかける。

「彼は?」
「二階のテーブル、南東の隅に」
「同行してくれ。説得後確保する」
「了解」

 言わずもがな、アースラクルーの潜入である。管理局員は割とスゴかった。伊達に多数の世界を
統括してはおらず、様々な文化・習慣に精通しているのだから、言語さえ何とかすれば溶け込むの
に訳はない。
 そうして、木組みの階段を二階へと上がる。
 そこには確かに、少年がいた。標的の少年が仮面をつけている。テーブルの上には例の銀色の魔
物もいた。餌をやっていたのだろう、いくつかの皿には食べかけの料理が盛ってあった。
 ……今までの心労を鑑みるに、この少年には少々文句を言っても問題なかろう。
 そう思いつつ近づくと、少年は顔を上げた。例の仮面越しに口を開く。

「来たか……」

 クロノは思った。こいつ偽物だ。

「他を当たるぞ。僕はなのはの援護に行く。君は艦に戻って報告にあたってくれ」
「ええ。そうしましょう」
「まっ、待ってくれ。どうして偽物だとわかったんだ」
「だって……」

 最初から口調が違う。というか全体的に雰囲気が違うのである。

「……ま、まぁ、いい。時間は稼げた……」
「時間?」

 偽物のその発言の直後、同伴した魔導師に通信が入る。
 聞き終わると驚き焦った様子で、クロノにこう伝えた。

「ほっ、報告! 北の方向に、四つの強大な魔力反応! 海上を西に飛行中です!」
「四つ……ヴォルケンリッター!? 何故その位置に……」

 突然の事態にも、クロノの頭脳では急速に思考が展開されていく。
 主候補に見向きもせず、まったくあさっての方向に向かう理由は二つ考えられる。ひとつは彼が、
本当は主ではないという可能性。もう一つは今出現している者より重要な何かがある可能性である。
しかしどちらにしろ、答えは一つ!

「なのは、フェイト! 北にヴォルケンリッターと思しき四名が向かった!」
『え!?』
『バルディッシュ、カートリッジロード……えっ!』
「嵌められた。全部偽物だったんだ! 可能な限り早く行ってくれ、僕もすぐに出る!」

 もうこうなったら、時間との戦いだ。一階に下りる間も惜しいとばかりに、魔導師たちは二階の
窓から飛び出すのだった。
 それを見送り、少年は仮面を外す。同時に変装が、変身の魔法が解け、その正体が露わになった。

「私たちにできるのはここまでだ……うまくやれ、少年」

 テーブルを立った壮年の男はそのまま酒場を出ると、一体の魔物を伴ったまま、人ごみの中へと
消えていった。



(続く)

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という訳で全部ニセモノでした。
ヌギま!今回も脱ぎませんでしたがそろそろ脱ぎます。楽しみです。
というかついに80まで来ましたね。ずいぶん遠くへ来たものです。

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