あれから何日かの時が流れたが、ヴォルケンリッターに動きはない。例の主候補も八神家から失
踪したまま、その行方をくらませていた。つまり事態にはまだ進展がない。
 正式にこの事件の担当となったアースラクルーにとっては、不気味であることこの上なかった。
何しろ、今までぽつぽつと続けられていた蒐集の痕跡さえ、ピタ
リと止んでしまっているのだ。嵐の前に風が凪ぐというが、彼らはそれを身を持って味わっていた。
 疲労が積み重なり、仲間たちの表面にも吹き出しはじめているのを、クロノやリンディは鋭敏に
察知していた。ピタリと動きがないだけに質が悪かった。「何があっても」と思っていても、ふと
した瞬間に「次は何が」と勘繰ってしまう。精神的によろしくない。

「また見つかるとアレだし、蒐集も捜索も中断しようぜ。しばらく家で待機でよくねーか?」
「仕方ありませんね……でも、どうします? 料理はわたしが頑張るとして、捜査の方は?」
「管理局が見つけてから横取りする。どうせ結界張るから、すぐわかるだろ」
「なんという鬼畜」
「まさに外道」

 ヴォルケンリッターの間でそんな会話があったことは、もちろん管理局の知るところではない。

「不気味すぎる……派手に動きがあった方がまだマシだ……」

 自分にあてがわれた部屋で書類をまとめていたクロノは、思わず口走っていた。一枚の末尾にサ
インをしながら、指でトントンと額を叩く。十代前半の子供の仕草じゃないよ、と背後に控えるな
のはは思った。何でもできてすごいなぁと以前から思っていたが、デスクワークの様子もこれまた
堂に入ったものである。

「それで、再び逃走した、と……魔法も使わずにどうやって?」
「ちっちゃな羽みたいアイテムで。窓を開けたと思ったら、しゅーって飛んでいっちゃったの」
「相変わらず、魔力所持を示唆する材料はゼロか……」

 会話からわかるように、クロノはなのはの証言をもとにして報告書を作成中であった。提出用で
あり、クロノたちのためでもある。事件や捜査においては、たとえ小さな情報であっても、後から
大きな意味を持つことが稀にあるのだ。特に捜査の材料に乏しい今回の案件では、いかなる見落と
しも許されまい。そう理解しているだけに、八神家訪問の際の様子を思い出すなのはも真剣だった。
レイジングハートにも音声や映像の記録は残っているが、しかしアースラクルーの中で唯一、なの
はだけが例の重要参考人と友達付き合いをしていた。その言葉が持つ重みは決して軽くはない。

「それで、それで! はやてちゃんのクッキー、全部食べちゃったんだよ。楽しみだったのにっ」

 つまりこういう話を聞いていると、彼がますます「闇の書の主」から遠ざかっていくから困る。

「……よし、このくらいでいいか。そろそろ行こう。フェイトが待ってる」

 バインダーに書類を挟んで、クロノは椅子から立ち上がった。完全復活しパワーアップまで果た
したレイジングハートに続き、その日はフェイトが自主的に行っていた、バルディッシュの完成が
もう目の前まで来ていた。その時にはぜひ立ち会いたいと思っていたのである。サポートに回って
いるエイミィが昼過ぎにはと言っていた。そろそろいい頃合いだ。

「うん。じゃあ、行こう?」
「楽しみだな」
「そうだね!」

 なのははひまわりのような笑顔を見せた。近いうちに我が妹となる少女はどうやら、友達思いの
いい親友を得たらしいと内心思う。
 友達だと言っていた例の捜索対象の話をしている時も、表情が生き生きと変化していた。そう考
えると、彼が書のマスターでない方がいいのかもしれない。クロノは思って、わずかに微笑んだ。
 そして気付いた。

「……ところでなのは、その本は? 何か参考書のようだけど」

 なのはの手の中には、何冊かの本がある。すべてがわかる訳ではないが、そのうち一番手前にあ
る一冊の表紙には、絵のようにカラフルな文字が並べてあった。それが地球の数字であることをク
ロノは知っている。他の本にも、かくばった文字(おそらくなのはが言う「漢字」だろう)の羅列
がちらりと見えた。
 そう思って尋ねたクロノであるが、対する返事はこうだった。

「……あの子には絶対に負けたくないって、心の底から思ったの」

 背を向けたなのはの表情は窺えないが、声にはやる気と闘志とが満ち溢れていた。





 所変わって八神一家、すなわち闇の書御一行。
 今日も朝から夕方まで家事なり談笑なりで過ごし、気が付いたらお腹がぐぅと鳴く時間になって
いた。全体にピリピリした緊張感漂う管理局側とは違って、こちらはまったりしたものである。

「シャマルもやるようになったものだ……」

 台所ではすでに夕飯の準備がはじまっていた。奥のコンロでことことと何かが煮えている。季節
はもう冬。足をこたつで温めながら、向かいのヴィータと将棋をさす。

「今日はシチューだそうだ」

 炬燵の横合いで声がした。盤面を覗き込むザフィーラの、青く毛並みが揃った頭部が見えている。
さっきまでは珍しいことに人間形態だったのだが今は戻っていた。手伝いに具材をざくざく切って
いたらしいから、どうやら間違いなさそうだ。

「シグナム、そっちの番。ていうか、それ二歩じゃねーか?」
「……おかしい。こんな位置に歩は置かなかったはずだが……」
「あの一瞬でよく手が動いたな」
「へへっ。器用だろ」

 自慢げに言うや否や、その額に歩兵の駒が張り付いた。投げたのはもちろんシグナムである。

「だって、あたしじゃ勝てねーって。アイツが帰ってくるのを待ってなよ」
「思わぬところで弊害が出たか……」

 失踪中のあの少年、精神年齢19というのはまんざらウソでもないらしく、テレビゲーム以外に
将棋や囲碁などもそれなりにできる。将棋を覚えたシグナムが勝負を挑むにはちょうどいい相手で
あり、たまに付き合ったりもしていたのである。だが今、彼はこの家にいない。
 キッチンからははやてとシャマルの、ふたりぶんの楽しそうな鼻歌が聞こえていた。はやての味
付けミスをシャマルがこっそりフォローするという形になっているが、最近の八神家の食卓は非常
に安定している。
 しばらくはやての手作りご飯にありついていないわけだから、あの少年にも食べさせてやりたい
ものだ。最近腕前が上がってきたシャマルも、「絶対美味しいって言わせる」と燃えに燃えていた。
しかしその夜、焼き魚を焦がして皆の笑いを買ったのは御愛嬌である。燃やすのは闘志だけでいい、
と言うとしょんぼりしながらしおしおとしおれていた。

「早く帰ってこねぇかな……残ったトニオ料理、コンプリートしたいのに」
「一体どこをほっつき歩いているのか。魔王にでも捕まったか」
「むしろ魔王に懐かれているかもしれん」
「……絶対にないと言い切れないから困る」

 実際未来の魔王候補とは割と仲良くやっているので、あながち間違いでもないのだった。





 緊張感に包まれた時空管理局と、まだまだのん気な闇の書パーティー。
 その最大の捜索対象、八神家最後の一員が再び表舞台に姿を現したのは、それから三日が過ぎて
からのことである。
 その登場はアースラクルーを、驚愕と混乱のさなかにたたき落とした。

「南の町に、仮面をつけた少年が、はぐれメタルを連れているとの目撃情報が! 」
「北西にも一人。内容は全く同じです!」
「真東の山間部でも、同様の報告が上がっています!」

 頭を抱えるのを通り越し、クロノは今度こそ頭痛を覚えるのだった。



(続く)

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魔王が懐くといっても仲間になるんじゃなく、

りゅうおう「おまえに せかいの はんぶんを やろう!」
オリーシュ「しのびねえな」
りゅうおう「かまわんよ」

という程度がヴォルケンリッターの想像です。

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