ついに表舞台に姿を現した、闇の書の持ち主候補。
 しかしそのあまりの突拍子のなさと、意味不明な情報の錯綜によって、アースラは混乱の最中に
叩き落とされた。何せ、同じ内容の報告が――重要参考人目撃証言の情報が、同時に三か所で上が
ったのだ。戸惑うなというのが無理な話である。

「けっ、け、けっ、けっ、けーとくんが、けーとくんがさんにんもあわわあわあわあわわわわっ」

 そしてその最たるは、あからさまに右往左往しているなのはだった。まだ戦闘はおろか出撃すら
していないのに、すでに会話すらままならない。良く見ると漫画みたいに、目がぐるぐる回ってい
るのもポイントだ。

「な、なのは、とりあえず落ち着いて」
「そっ、そんなに焦らなくても……」
「だって、だってだって! 国語も社会もあんなにお勉強したのに! 3人だよ、さんにんっ!」

 ばたばたと腕を振るなのはであったが、こうまで騒ぐのには彼女なりの事情がある。実は八神家
訪問のあの日から、例の捜索対象との舌戦に勝つべく、ひそかに特訓(という名の猛勉強)をして
いたのだ。
 煙に巻かれたのがそれだけ悔しかったのであるが、とにかくなのはは頑張った。具体的にはボキ
ャブラリーを増やすべく、苦手な国語の教科書やら参考書やらを必死こいて読み込んだ。漢字の問
題集に至ってはすでに書き込みだらけで、使い込んでいるのが目に見えてわかる。
 しかしあちら側の口が三つに増えたら流石に勝てまい。うーうー唸っているのを見ると、よほど
勝ちたかったのだろう。じたばたしたくなるのも無理のない話ではあった。

「……三人まとめて相手にしろとは、僕は一言も言っていないぞ」

 なのはをどうやって落ち着かせようかとあたふたするフェイトやユーノたち。そこに現れたるは
皆のまとめ役、クロノ・ハラオウンその人であった。

「クロノ、だ、大丈夫?」
「明らかに疲れてるよね」
「……言わないでくれ。言われると余計に自覚する」

 いつもの毅然とした立ち振る舞いも、言葉の中の覇気も見当たらない。憔悴しているのが見てい
てわかった。アースラ全体が混乱の渦に巻き込まれているのだから、艦長であるリンディやそれを
補佐するクロノの心労は蓄積する一方である。

「クロノくん! どういうこと、今の?」
「三か所別々に出現したのだから、少なくとも同時に三人と相対することはないだろう」
「……あっ」

 そこまで思考が届かなかったなのはである。オリーシュ三連続出現の衝撃が大きすぎて、明らか
に頭がバカになっていた。全員から何とも言えない視線が集中する。あたふたしていたのを恥じる
ように、しおしおと大人しくなるなのはだった。

「というわけで君たちには、三地点それぞれに向かってもらいたい。任務内容は参考人の確保」

 任務、という言葉にフェイトが反応した。前回は散々な結果だったが、今はあのときとは違うの
だと強く思う。ヴォルケンリッターはまだ現れていないが、きっとまた戦うことにはなるだろう。
パワーアップしたバルディッシュの力を使う時が来たのだと、固く拳を握りしめた。

「なのは・ユーノ組は南、海の方だ。東にはフェイトとアルフで行ってくれ」

 この振り分けはクロノの配慮だった。戦闘になった場合、砲撃メインのなのはには遮蔽物のない
海上が動きやすかろう。

「もう一ヵ所は?」
「僕が出る」

 正直こちらの方が気は楽なので、ありがたいとも言えた。アースラに残る母には申し訳ないが。

「よっ……よし、ひとりならなんとか……」
「彼が相手ならいいけど、ヴォルケンリッターが出てくる可能性は高い。皆も気を付けてくれ」
「く、クロノ、無理しないでね」
「それはなのはと君自身に言ってやってくれ」

 割と正論だった。





 海沿いの町に向かったなのはとユーノであったが、目的の少年はすぐに見つかった。
 純白の魔導衣に身を包んだなのはを見掛けるや否や逃げだしたのだが、仮面のせいでどこにいて
も目立つ。少し見失っても通行人が覚えているから、追いかけるのは楽だった。

「結界張るよ!」

 大体の位置さえつかんだら、ユーノお得意の技で一撃捕縛である。異色の空間が世界を、空間を
切り取った。逃げていた少年は観念したのか、足を止めて振り返る。

「念話で、閉じ込めたって伝えておいたよ」
「うん。……私が、説得に当たってみるの」

 無人の街に、少年がひとり。正面に相対し、なのははゆっくり口を開く。

「久しぶりだね、けーとくん……偽者さんかもしれないけど」

 こく、と頷いたのは挨拶なのか、それとも後者の肯定なのか。

「一緒に来てほしいんだけど、駄目かな?」

 言うと、少年は背中から何かを取り出した。
 大きな長方形。スケッチブックだ。そういえばいつか、絵を見せてくれたっけとなのはは思い出
す。その目の前で、一枚目が開く。

『バインドされて魔貫光殺砲されるからやだ』
「しないよっ! わたし、そんなに野蛮じゃないよぅ!」

 ぶんぶん腕を振るなのはだった。

「あれ? ところで、どうして書いてるの? 喉痛めてるの?」

 ページを一枚めくり、またしても文字を見せる。

『契約の代償に声を失ったんだ』
「作品違うでしょ」

 いい突っ込みである。

「なのは、アルフから連絡。あっちも結界に閉じ込めたけど、似た調子みたい。クロノはまだだよ」
「ううう……本物かどうか、分かんないよぅ……」

 口を開かないなどの不自然な点は多いが、基本的に会話の展開が本人とそっくりだ。これだけで
見分けるのは無理だろう。

「もっ、もう! もう! とにかく、連れていくよっ! 案ずるより……何だっけ。えと、えとっ」

 カッコよく決めようとしたなのはだったが、少々知識不足だったらしい。尻すぼみになって止ま
ってしまう。

「……とっ、と、とにかく! 一緒に来るのっ!」

 少年とユーノに見つめられ、なのはは発熱したようになった。つまり首から頬まで真っ赤っ赤。
 しかし少年、首を横に振る。そうしてから背を向けた。どうやら逃げるつもりらしい。なのはと
ユーノはあわてて追いかける。
 しかし束の間、その前方に何かが躍り出た。
 ユーノは首を傾げたが、なのははさっと青ざめた。彼が連れていた魔物をよく覚えている。飛び
出したのはまさにそれだった。
 一体の魔物、名をはぐれメタルと言う。魔法の一切が通じない、魔法使いの天敵であった。



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