一日の時が過ぎたが、事態はまだ進展していない。
 捜査線上に浮上したひとりの少年は、足取りがまだ掴めぬままだ。管理局側は即座に捜査網を張
ったが、ヴォルケンリッターの誰もまだ引っかかっていない。パトロールにあたっている局員から
も、特に異常があったという報告は上がっていなかった。
 それもそのはず。守護騎士は現在、海鳴にて全員が待機中であった。少し活動を自粛することが
守護騎士念話会議により決定済みであった。管理局に遭遇した翌日に、再び姿をさらすほど馬鹿で
はないのである。

「書を完成させるぞ」

 場所は八神家、はやてが寝しずまった頃。シグナムは食卓にて、一堂に会した仲間に告げる。

「まぁ……はやてちゃんの。ひいては、八神家の食卓の為ですからね」
「闇の書のページを補充しねーとな。今日はシャマルが三食作ったから助かったけど」

 最近レベルアップが著しいシャマル先生だったが、そのおかげで騎士たちは随分助かっていた。
「はやてに上達を見てもらう」という名目が通じるため、一日くらいなら台所を一手に引き受ける
ことができるようになったのだ。以前にはなかった技能である「味見」を覚えてくれたため、毒見
の必要性がなくなったのも大きい。
 味見の時には既に毒として完成されており、作った本人が自滅することはたまにあるが。

「はやてちゃんがお礼に、新しいエプロン買ってくれるって言ってくれましたっ」

 今日は頑張ったので、はやてから誉めてもらえたシャマルである。話す声は実に嬉しそうだ。頑
張って良かった感が全身からあふれ出している。

「シャマルの裸エプロンと申したか」
「味方陣営からついに脱ぎ魔の仲間入りを果たす者が……」
「はっ、果たしてませんっ! どうしてそっちに行くんですか!」

 だがそれさえも仲間内で遊ばれて、真っ赤っ赤になるシャマルだった。

「話を戻すぞ。蒐集はする、考えるのはその先だ」
「先? ……蒐集する相手のことか」

 ザフィーラの言葉に、シグナムは小さく頷く。

「仮の話にはなるが。もしあの世界に、探索の魔法を持つモンスターがいれば……」
「ああ。アイテムならあるよな。ふなのりの骨だっけ」
「あの子が幽霊船に乗り込んだ図を想像しちゃいました」
「骸骨軍団と肩を組んでタップダンスしそうな気がするな」

 冗談のつもりで言ったザフィーラであったが、その図は容易に想像できてしまった。骸骨の群れ
と踊る少年にはあまりにも違和感がなかったため、守護騎士としては戦慄を禁じ得ない。

「……ゾンビ軍団仲間にしたら、マイケルジャクソンの真似ができそうな」

 ヴィータがぼそっと言ったが、一旦聞いてしまうと見たくてたまらなくなるから不思議である。

「で、何だっけ。探知魔法? ドラクエで」
「ああ。私はあまり詳しくないが……心当たりはないか?」
「んー……ないと思う。ドラクエの魔法って、ほとんど戦闘用だからさ」
「そうか……」

 当てが外れたシグナムだった。蒐集が進む上に尋ね人も見つかる、良い解決策だと思ったのだが
しかたがない。実現可能なものを模索するしかない。

「またはぐメタ蒐集で良くね?」
「そうなりますね。一番効率がいいですし」

 シャマルとヴィータで話が進んでいるが、見守る二人も同じ考えだ。所謂ハイリスクハイリター
ンだ。管理局が予測して狙ってくる可能性はあるが、現状では最速の集め方でもある。それにあの
世界を訪れる回数は、出来れば少ない方がいい。ある意味この帰結は当然であろう。

「またベギラゴンを避ける作業がはじまりますね……」
「あいつらどうして連発できんだよ……」
「……やめてくれ。危うく丸焼きにされそうになったのを思い出しそうだ」

 別の意味でもリスクが大きいようだった。





 空が茜色に染まる頃、フェイトはひとり草原をとぼとぼと歩いていた。
 気分転換の外出許可はクロノからの、完全敗北のショックが抜けていない彼女への気遣いであっ
た。できることならとっとと任務を説明し、捜索対象を教えて持ち場に配置したいのが彼の本音だ
ったが、今のフェイトは精神的に参っている。この状態で戦場に出そうものなら、本来の力を出し
きれぬまま重大な事故へ繋がりかねない。フェイトのメンタル面がさほど強くないことを、彼女の
過去から知っているクロノには、それがよくわかっていた。

「……はぁ」

 しかしその気遣いは同時に、フェイトに現実を突き付けることにもなった。
 すなわち、自分は負けたこと。まだ任務を与えられていないのは、打ちのめされているのが目に
見えて分かるからだ、ということをだ。
 つまりフェイトは今、母の死のショックほどではないにしろ、深い失意の底に居た。
 友達になりたいと言い、その意味を教えてくれたなのは。自分の裁判のために走り回ってくれた
クロノ。彼らもそうだし、もっと多くの人の力になることが、償いになるのだと信じた。しかし敵
は強く、己の刃は届きすらしない――。

「……はぁ……」

 ため息ばかりがこぼれてくるのも仕方のない話であった。歩けど歩けど気は晴れず、鬱屈とした
気分が胸の底にたまっていくばかり。自然と顔は伏せがちになっていた。

「わっ」

 そうしてそのうち、ぶつかった。顔を上げると自分と同じ、子供くらいの背中がある。

「ごっ、ごめんなさい。その、前を見ていなくて……」
「後ろに目がついていると申したか」
「いや、その、そういうわけじゃ……えっ?」

 聞き覚えのある声。おどけた口調。フェイトは驚いて顔を上げた。目の前に立っていたのは――

「お、見つかった。こんちあ。久しぶり」
「こっ……こんにちは……え? あ、あれ?」

 例のあの人だった。



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