年明け。ごろごろしながら本を読んでいると、突如はやてが背中に座ってきた。そのままゆさゆ
さされる。

「重い。なんでい」
「なー、さっきから何を読んで……それ広辞苑やん。私のやん」
「卑猥な単語に蛍光ペンで印つけてやろうと思って」

 私の広辞苑がとてつもないやり方で汚される、とはやては戦慄する。

「いま『らめえええ!』って言ってるよ。早く助けないと中身が全部みさくら語になるよ」
「それ欲しいんやけど」

 何言ってんのこの人。

「それはともかく、勉強しよ。なーなーなー、勉強しよ」
「人の背中でうつ伏せにならないで。なんの勉強?」
「聖祥の入学試験」
「あー……そうだねえ。早いうちからやっときますか」
「と思ったんやけど、私にはお宅がどんな類いの卑猥な単語をマークするか見届ける作業が」
「とんだ羞恥プレイだ」
「早く。ほら早く」
「死ねばいいのに」

 肩の横でにやにやしながら急かすはやてから這いずるように逃げ、とりあえずこたつへ。
 勉強するのである。俺とて万が一にもすっ転ばないよう、万全にせねばならん。正直試験範囲も
把握したいし。

「でも入っても、はやてとは別々なんだよねえ」
「小学校は共学やのにな。そのままにしとればええのに」
「まあどうせ通学はふたり一緒ですけどね」
「部活の朝練とかさえなかったらな」
「でも今の連中とはあと一年か。ちょい寂しい気もするけど。いろいろあったし」
「学級活動での委員決めとかな。あれは面白かったなー、もめにもめて」
「俺が『そんなことより野球しようぜ!』って言ったら、先生が乗って本当に野球になったんだよね」
「あの後決め直したら丸く収まったんよな」
「ノーベル平和賞だよね」

 しばらくぐだぐだと思い出を語らってから、さてやるか、と買い置きの参考書を広げる。

「……」
「……」
「……オリヌンティウス」
「……」
「オリヌンティウス」

 なんなんだ一体。

「オリーシュは激怒した。オリーシュには魔法がわからぬ。けれどネタに対しては人一倍敏感であった」
「『このフライパンで何をするつもりだったか。言え!』」
「オリーシュは言った。『待て慌てるな。これは孔明の罠じゃ』」
「『こやつめ。ハハハ』暴君は笑った」
「オリーシュはフライパンを、中身ごと振りかぶった。完」

 やり遂げた漢の顔になっているはやてのほっぺたをとりあえず引っ張る。

「暴君は犠牲になったんや……オリーシュの犠牲にな……」

 堪えてないようなので、もう片方も引っ張る。

「まさか開始30秒で集中が途切れるとは思いませんでした」
「目の前に顔があると喋りたくなる」
「隣に来ればいいんじゃね」
「ええの?」
「目の前で『走らないメロス』とかやられるよりかは」
「わろすわろす」

 チョップしようとしたが避けられた。そのままとてとてと回り込み、隣のスペースにすとんとおさまる。

「んーっ……なんや、せまいなぁ」
「分かってて来る方も来る方だと思います」
「肩当たる。肩が」
「気を付けないと、俺の肩からは緑色の液体がにじみ出るよ」
「溶かしてスペースを確保する気か……」
「溶かすといえば、塩酸の色は?」
「無色透明。BTBやと黄色、PPは変わらん。紫キャベツ液なら赤」
「大したヤツだ」
「やはり天才……」

 自分で天才とか言ってるよこの人。

「知識はいいか。数学やろうぜ数学」
「算数な。早く解けた方が何か命令、とかどう?」
「俺の利き腕側にいるはやてが超有利だよねそれ」
「6秒に1回、緑コウラの直撃を模したクラッシュが腕を襲う予定や」
「緑当てるのうますぎだろ」
「そして8秒に1回のペースで赤コウラによる追撃も加わります」
「3度目に同時攻撃が発生するのは開始から何秒後?」
「72秒」
「すごいね」
「ふふー。いと容易し」
「そんなにアイテムボックスないけどね」
「バランス崩壊しとるよね」

 勉強しました。





「そんな感じです」
「ええと……え? あ、うん……べ、勉強?」

 過去問を持ってきてくれたなのはに勉強の様子を説明したら、しきりに首をかしげていた。



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