例の任務から数日が経った頃、はやてに管理局から、クロノ経由でメールが来た。
 なにやら士官学校や魔法訓練校の資料付きで、入局への誘いがかかっているのだとか。という訳
で返事こそ保留なものの、見学できるところを見に行くらしい。

「このバリアフリーな八神家がバリアーだらけになるから、楽しみにするがいい」
「その場合、お宅の股間がバリアフリーになる予定やからそのつもりで」

 はやてがにこやかに告げたマニュフェストに戦慄しつつも、読みたい本と観たい映画のために志
願して留守番を敢行する。

「こんにちはーっ…… あれ、けーとくんだけ!? そしてどうして部屋の隅に!?」
「留守番だ。隅っこで布団被ってればおとなしくできると思ったんだ」
「何もしなければいいだけなんじゃないのかなぁ……」

 とまぁそんな感じに、事情を知らないなのはがやってきた。
 なんでも嬉しいことに、ケーキを焼いて持ってきたのだとか。小腹が空いていたこともあって、
ありがたく食すことにする。

「うまいうまい」
「そ、そお? ……えへへっ。いっぱい焼いたから、たくさん食べていいよ?」
「まずは醤油だな」
「混ぜたら危険だよ! そのまま食べるの!」
「人生チャレンジ精神が大切だぜ?」
「人の料理で未知の領域にチャレンジしないでよー……」
「冗談だ。ともあれやはりと言うべきか、さすがと言うべきか」

 甘さは多少強いがフルーツの酸味もあり、味にすごいまとまりがあるように思う。職業が魔法使
いなおかげでたまに忘れそうになるが、この人パティシエの娘でした。
 しかしそれを考慮してなお驚嘆に値するのは、ホイップクリームをなのはが自力で泡立てたとい
うこの事実。

「偉いね」
「腕が棒みたいになったんだから。もっと褒めてくれないと割に合わないよ……」
「えろいね」
「全然褒めてないよ! むしろおとすめ……お、おとすめてる? あれ?」
「貶める」
「……お、お、おとしめてるよ! うん!」

 なのはは顔はおろか、首筋まで真っ赤にして息を巻いた。小学生には非常に難しい漢字なことだ
し、美味しいケーキに免じて追及はしないでおこう。

「…… けーとくんの沈黙って、人の心をざくざくえぐるよね」

 せっかく黙ったらこの言われよう。俺はいったいどうすればいいのだ。

「まあいい。はやてたちはいないから、残りは帰ってくるまで冷やそう。ごちそうさま」
「うん! そういえば、リーゼさんもシグナムさんたちも、誰もいないの? 何してるのかな?」
「ミッドチルダへ、『ミッドクリフ』を観に」
「ミッドがひどいことになってるよ!?」
「語呂が良かったんだ。あと、さっきの醤油の瓶を見てたら周瑜に脳内変換されたんだ」
「どういう回路になってるんだろ……所々ショートしてないかなぁ?」

 そう言って俺の頭をぺたぺた撫でる無礼者に、とりあえず見学の件を説明する。

「……ちょうど良かったかも。あの、あのね、けーとくん。ちょっと、お話があるんだけど」
「ごめん俺模擬戦はぷよぷよだけって決めてるんだ」
「話す前から誤解されてる!? 違うよ、その……すずかちゃんのことなんだけど」
「鈴鹿サーキットが何だって?」
「この人ちっとも話を聞く気がないよぉ……」

 げんなりするなのはだった。……待て。すずか?

「すずかがどうした」
「あ、うん。アリサちゃんとも話してたんだけど……最近、様子がヘンなの。何か知らない?」
「アリサとなのはが知らんことを俺が知ってるとお思いか……」
「……けーとくんの名前が出ると、あたふたするんだけど」

 おぉう。

「……」
「あっ、こ、心当たりあるんでしょ、絶対っ」
「なななぜ言いきれる」
「顔見れば分かるもん! ……い、今さら顔に洗濯バサミつけても無駄だよ、無駄無駄!」
「オラオラ」
「言ってるのにどんどん付けてるよこの人! ……け、けーとくん、それ反則……!」

 まつ毛の一本一本にぶら下げようとしたところ、ついになのはが音を上げた。

「け、結局はぐらかされちゃったよぉ……うぅ……」
「まあ俺から言うより、ご本人から聞いた方がいいかと。違いますか」
「う……わ、わたしも、同じことしたことあるからなぁ……」
「洗濯バサミをか? 常習者だったとかマジで引くわ」
「隠し事の方だよっ、ばかばかばかぁ!」

 顔についてる洗濯バサミをひっぺがそうとするなのはと、逃げる俺。疲れるぜ。





 そしてすずかからメールが来たのは、ちょうどその晩のことでした。



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