姉妹はここ最近非常に不機嫌であった。
 どのくらい不機嫌かというと、ネズミと間違えて某Gの付く虫を触った時くらい不機嫌だった。
 監視対象が妙に元気なのはまだいい。
 しかしその監視対象を、変な同居人が毎日そこらじゅう連れ回しているのはどういうことか。
 変身、もとい変装して今まで尾行を続けてきたが、猫の姿でいるのはこれでも疲れるのだ。
 デパ地下のお弁当売り場やら喫茶店の奥やらに潜入するこちらの苦労も考えてほしい。
 一体何度野良猫扱いされて、保健所の連中に追っかけ回されたことかわからない。
 捕まったらガス室行きなのだから逃げる側も必死だ。だからといって人前で変身を解くのは後が手間なのだ。
 今日という今日こそはあの妙な男児を誘きだし、こてんぱんのぼっこぼこのぎったぎたのけちょ
んけちょんにして、もう二度と監視対象に近づけなくしてやる。
 というか泣かす。
 本来負っている任務の為というより、彼女たち自身の健康のために、姉妹はそう決心していた。
このままだと疲れるどころの話ではない。心身の平穏が必要だ。
 序でに言うと魚が食べたい。焼き魚を作る暇も最近は無かった気がする。そう思うとさらに決意
は深まるばかりだった。
 ではとりあえず作戦を実行するとして計画段階、どうやって誘き出すか――何らかの材料が必要
である。あの少年が心牽かれる何かが。
 と思って窓から侵入したのが、およそ5分ほど前の話である。そして姉妹は「それ」を見つけた
時、これは、これこそはと確信した。
 喫茶「翠屋」のチラシ。
 シュークリームやらケーキやらの割引券である。
 ペンを取っていかにも「緊急サービス! 後から書き足しました!」的な感じで「男性限定!」
と付け加えた。
 これでもう間違いなく釣れるはずだ。最近の彼らの行き先にはあの喫茶店が何度かあった。しか
もその店舗を発掘したのは彼だそうではないか。食指が動くこと間違いなし。

 (……おなかへった)
 (シュークリームたべたい……)

 という個人的欲求を押さえ込んで、彼女たちはペンを置き息を吐いた。ぐうと腹がなるのは姉妹
で同時だ。そういえば今日は朝食も食べていなかった。おなかへった。くそう。

 許すまじ。と憎悪を深めつつ、もと来た道を姉妹が引き返す途中にそれはあった。
 窓際、彼女たちが入ってくるときは死角になっていた位置に、土鍋がおいてある。
 その中には何と、ちょうど子猫が二匹入れるだけのスペースがある。
 さらにはパック入りのおさかなが、これ見よがしに置いてあるではないか。しかも二尾。
 ごくり、と姉妹は生唾を飲み込んだ。
 どうしてこんな窓際にそんなものが、という疑問はこの際さて置く。
 さて置いて、これを見過ごしておけるだろうか。睡眠するにはうってつけの場所、しかもその中
央にはご馳走が鎮座している。
 繰り返すようだが姉妹はとても疲れていたしお腹が減っていたしでそれはもう大変だったのだ。
これを無視するのが無理な話である。
 姉妹はゆっくりと鍋の方へと歩を進め、前足を突っ込み、そして……





 ごとん。





「はやて! ぬこ! 土鍋にぬこ捕まえた! 料理してもらおう! ちょっとDIO様呼んできて!」
「にゃぁぁぁっ!?」

 トラップにかかっていた猫を蓋をした土鍋ごと持って行くと、中から驚いた猫の鳴き声がした。

「朝日が出てるから無理やと思う」
「きちんと突っ込んでくれるあなたが好きです」
「というかあかん! 料理したらあかんやろ! ほら、出ておいでー、こわくないよー、食べへんよー」
「……にゃぁ」
「……にゃー」

 はやてが蓋をあけると、ゆっくり顔を出すぬこたち。いいなぁ。かわいいなぁ。

「……じゅるり」
「にゃぁぁぁああっ!!」
「にゃああぁぁぁっ!!」

 可愛すぎて食べちゃいたいと誉めてあげたのに、ぬこたちは窓から何処かへ走り去ってしまった。

「あー! あほー! ネコさん行ってもーたやん!」
「うん。おかしいね」
「おかしいね、とちゃう! せっかく可愛いかったのに! エサあげてみたかったのにー!」
「そうだね。じゃあケーキ切る前にコーヒー淹れようね」
「話逸らすなぁ!」

 そんな感じで、はやての誕生日が平和にはじまったのでした。
 そういえば翠屋のクーポン、期限切れてたな。後で捨てとこ。



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